#63 星脈の化身
翌朝、カイトは21Fの空洞に戻った。
化身は同じ場所にいた。
空洞の中央に佇み、白銀の光を纏ったまま微動だにしない。
二つの輝点がカイトを捉え、星脈が警告するように脈動した。
昨日吸収した四属性のエネルギーはまだ体表に残っている。
赤、青、茶、緑の光が白銀の体を彩り、化身は昨日より一回り大きかった。
「昨日のうちに考えた。属性魔法は全部吸収される。なら、魔法を使わなければいい」
「体術だけで? あの光の体に触れるのよ?」
「触れる方法がある。俺の吸収能力だ」
ソフィアが目を見開いた。
「吸収能力を攻撃に使う。化身に触れた瞬間に、バリアごと核紋を引き剥がす」
「できるの? そんなこと」
「やったことはない。だが理屈は通る。こいつの体は星脈のエネルギーで構成されてる。俺の力はエネルギーの吸収だ。触れた瞬間に引き抜ければ、体の構造が崩壊するはずだ」
「引き抜いた核紋はどうするの」
「喰わない。引き剥がすだけだ。選別吸収は俺の方針だろ」
カイトは短剣を抜いた。
星脈鉄で鍛えた短剣の刃が青白い光を反射する。
魔法は使わない。
体術と短剣、そして吸収能力の三つだけで化身に挑む。
「ソフィア。お前は後方で待機しろ。魔法は絶対に使うな。俺が倒れたら引きずって逃げろ」
「引きずるって、あんた」
「頼んだ」
カイトは空洞に踏み込んだ。
化身が反応した。
右手から光の槍が射出される。
風を使いたい衝動を抑えた。
属性を使えば吸収される。
カイトは己の脚力だけで横に跳んだ。
吸収で得た身体強化が生きる。
地E級の怪力が脚に宿り、オークジェネラルを殴り倒した筋力が跳躍を生む。
暗視で化身の動きを先読みし、光の槍が飛ぶ軌道を予測する。
化身の腕の角度から、射出のタイミングが読める。
二発目の光槍が左を抉った。
床の石が蒸発し、穴が開く。
三発目が頭上を通過した。
風圧で髪が焦げた。
カイトは化身との距離を詰めた。
十メートルが七メートルに。
五メートルに。
化身が両手を広げた。
星脈のバリアが展開される。
白銀の光の膜が化身の周囲を球状に包み、物理的な接近を拒絶する。
バリアの表面から熱が放射され、三メートル以内の空気が歪んでいた。
バリアに触れれば焼ける。
だが空の器の手なら。
カイトは右手を握った。
吸収の感覚を指先に集中させる。
いつもは倒した魔物の核紋に触れた時に自動的に起動する力だが、今は意図的に起動させる。
体の中を探った。
この力の根源は属性ではなく、もっと深い場所にある。
核紋が「空」だった頃から持っていた力。
本能。
掌が淡い金色に光った。
指先が熱い。
吸収の力が外に向かって脈動している。
短剣を左手に持ち替え、右手をバリアに向けた。
光の槍が正面から飛んできた。
カイトは体を捻って避けた。
槍が肩を掠め、肉が焼ける痛みが走る。
焦げた布と皮膚の匂い。
構わない。
あと三歩。
化身が後退しようとした。
だが空洞の中央から離れられない。
門番としての制約がある。
百年間守り続けたこの場所を、離れることができない。
二歩。
バリアの熱が顔を焼く。
肌が乾燥し、唇が割れた。
一歩。
カイトの右手がバリアに触れた。
焼ける、はずだった。
空の器の吸収力がバリアの表面を捉え、エネルギーを引き剥がし始めた。
白銀の光が金色の掌に吸い込まれていく。
バリアの一部が薄くなり、光が途切れた。
化身が震えた。
「オ前……何ヲ……」
「喰うんじゃない。剥がすだけだ」
バリアの一部が裂けた。
光の膜に穴が開き、化身の体が露出する。
そこに左手の短剣を突き立て、裂け目を広げる。
星脈鉄の刃がバリアの断面を切り裂いた。
化身が絶叫した。
声というよりも、星脈全体が悲鳴を上げるような振動。
空洞全体が揺れ、床が波打つ。
天井から結晶の破片が降り注ぐ。
カイトの右手がバリアの内側に入った。
化身の胸。核がある場所に触れた。
指先に硬い結晶の感触。
これが核だ。
吸収能力が全力で起動した。
バリアの構造そのものを引き剥がし、化身の体を支えているエネルギーの根幹を掴む。
吸い込むのではなく、引き抜く。
根を土から引き抜くように、力を込めて。
引き抜いた。
化身の体が罅割れた。
白銀の光が断裂し、人型が崩壊していく。
光の破片が空洞に飛び散り、星脈の光脈に吸い込まれて消えた。
最後に二つの輝点が一瞬だけカイトを見つめ、消滅した。
カイトは床に膝をついた。
右手が痺れている。
吸収能力を意図的に攻撃として使った反動が、腕全体に残っていた。
指が動かない。
肩まで痺れが広がり、右腕がだらりと垂れた。
化身が消えた場所に、一つの核紋が浮かんでいた。
純粋な星脈エネルギーの核紋。
白銀の光を放ち、静かに回転している。
今まで見たどの核紋よりも美しい光だった。
喰いたい。
目が金色に染まりかけた。
本能が手を伸ばせと叫んでいる。
あの光を喰えば、星脈の力が手に入る。
だがカイトは手を伸ばさなかった。
「取り込まないの?」
ソフィアが近づいてきた。
肩の火傷に手を当て、治癒の光を流し込みながら。
冷たい水の感触が火傷の痛みを和らげる。
「喰いたい。正直言えば、相当欲しい」
白銀の核紋を見つめた。
空の器の本能が叫んでいる。
全身が核紋に引き寄せられ、足が勝手に動きそうになる。
「だがまだ早い。星脈の純粋エネルギーなんか、今の器に入れたら壊れる。選別吸収ってのは、欲しいものを我慢する判断だ」
核紋が床面の星脈に溶け込んでいく。
アビサルの光A級と同じように、星脈が保存した。
白銀の光が光脈の中に沈み、脈動に溶け込んだ。
「またこれか。星脈が勝手に保存してくれる」
「あとで取りに来られるってことよ。器が整ったら」
「そうだな」
カイトは立ち上がった。
右手の痺れが引き始めている。
指を握り、開いた。
感覚が戻る。
吸収能力を攻撃手段として使えるという発見は大きい。
属性魔法が通じない相手にも、直接触れれば核紋構造を破壊できる。
新しい武器だ。
空洞の奥に通路が続いていた。
化身が守っていた領域の先だ。
ソフィアと並んで通路を覗き込む。
闇だった。
星脈の光が途切れ、純粋な暗闇が通路の先に広がっている。
暗視が再び機能する領域。
暗闇の中に、複数の気配が蠢いている。
星脈の化身とは異なる、生々しい殺気。
「こいつらが門番だとしたら、奥にいるのは何だ」
「22Fね」
「行くの?」
「行く」
カイトは短剣を握り直した。
門番を超えた先に、次の壁が待っている。




