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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#06 暗闘の狩人

三日目にして、カイトはソフィアの戦い方を理解し始めていた。


「左、二体」


 囁くようなカイトの声が、暗闇の通路に落ちる。

 ソフィアは迷わず左に半歩ずれ、剣を横一文字に構えた。


 岩壁の裏から飛び出したゴブリンが、彼女の刃に突っ込む。

 一体目が弾かれ、二体目が槍を突き出す。

 ソフィアの剣がそれを払い——露出した脇腹に、背後から回り込んだカイトの短剣が突き刺さった。


「右からもう一体来る」


「見えてるの?」


「見えてる」


 暗視は闇を昼に変える。

 松明の明かりすらない1Fの深部で、カイトの灰色の瞳はゴブリンの体温を、息遣いを、壁に映る影の揺らぎを捉えていた。


 ソフィアが剣を翻す。

 右から飛び込んできたゴブリンの首を、一太刀で落とした。


「三体。片付いたわね」


「ああ。次、行くぞ」


* * *


 パーティを組んで三日。

 二人の連携は、驚くほどの速さで形になった。


 カイトが暗視で索敵し、敵の位置と数をソフィアに伝える。

 ソフィアが前衛で受け止め、注意を引きつける。

 その間にカイトが側面か背後に回り込み、短剣で急所を突く。


 役割は単純だ。

 だが単純だからこそ、迷いがない。


「あんたの暗視、どのくらい先まで見えるの?」


 2Fへの階段を降りながら、ソフィアが訊いた。

 プラチナブロンドのポニーテールが、暗闇の中で微かに揺れる。


「はっきり見えるのは30歩先まで。それより遠いと、輪郭がぼやける」


「充分よ。松明持ちの冒険者は10歩先が限界だもの」


 2Fに降りると、空気が湿り気を帯びた。

 苔の匂いと、かすかな腐臭。

 ゴブリンの巣が近い。


「群れだ。7……いや、8体」


 カイトが立ち止まり、短剣を握り直す。

 前回、一人で来たときは十二体に囲まれて死にかけた。

 体中に残った傷跡が、あの日の痛みを覚えている。

 だが今は違う。隣に剣を握る女がいる。


「正面から行くわ。数が多いけど、あんたが背後を取れるなら」


「任せろ」


 ソフィアが駆け出す。

 水属性の淡い光が剣に纏わりつき、暗闇を青白く照らした。


 ゴブリンの群れが一斉にソフィアに向かう。

 彼女の剣が弧を描き、先頭の二体を斬り伏せた。

 残りの6体が叫び声を上げ、四方から殺到する。


 その背後に、カイトがいた。


 暗視で全体を俯瞰する。

 6体の動きが手に取るようにわかる。

 ソフィアの死角に回り込もうとしている三体——そのうち一体の背中に短剣を叩き込んだ。


 悲鳴。

 振り向いた二体目の喉を薙ぐ。


「ソフィア、右!」


「わかってる!」


 彼女の水流が残りの三体を薙ぎ払い、壁に叩きつけた。

 カイトがとどめを刺す。


 8体。

 一分もかからなかった。


「……前に一人で来た時は、十二体に囲まれて逃げ帰ったのに」


「一人と二人じゃ別の生き物よ。パーティってそういうものでしょ」


 ソフィアが剣についた血を払い、微笑む。

 カイトは頷きかけて、足を止めた。

 倒したゴブリンの体から、淡い光が浮かび上がっている。


 核紋の欠片。


 掌を近づけると、核紋が脈動する。

 空の器が、中身を求めて震えている。


「喰うか?」


 ソフィアの問いに、カイトは少し考えてから手を伸ばした。


「喰らう」


 光が掌から流れ込む。

 微かな痛み——頭の奥がずきりと軋む程度。

 ゴブリンのF級の核紋は、もう体への負荷がほとんどない。

 だが吸収のたびに、カイトの灰色の瞳が一瞬だけ金色に変わる。


 ソフィアがそれを見ていた。


* * *


 3Fに降りたのは、パーティを組んで五日目のことだった。


 通路が広くなり、天井が高い。

 ゴブリンの数が増え、個体も一回り大きい。

 だが連携は日を追うごとに研ぎ澄まされていた。


 カイトが索敵する。

 ソフィアが前衛で引きつける。

 カイトが死角から仕留める。


 言葉が少なくなった。

 目配せと、短い合図だけで動けるようになっていた。

 カイトが右手を振れば「右に敵」。拳を握れば「俺が行く」。ソフィアが剣先を下げれば「任せた」。


 3Fの群れを三つ潰し、最奥の広間に到達した頃には、二人とも呼吸が上がっていた。


「今日だけで20体は倒したわね」


「ああ。核紋は四体分喰った」


 カイトは自分の手を見下ろした。

 吸収を重ねるたび、闇の中での視界が鮮明になっている。

 最初は三十歩先がぼやけていた暗視が、今は五十歩先まではっきりと見える。

 それだけではない——足の運びが速くなっている気がする。


「俊敏性か。ゴブリンの核紋から、速さも吸い取ってるのかもしれない」


 実際、さっきの戦闘でもソフィアの剣より先にゴブリンの背後に回り込めた。

 以前なら間に合わなかった距離を、今は一瞬で詰められる。


「ゴブリンって足が速いものね。小柄で素早い分、暗視だけじゃなくて身体能力にも核紋の特性が出てるのかも。……ねぇ、カイト」


「何だ」


「あんたの目、喰うたびに綺麗に光るのね」


 カイトの足が止まった。


「……何言ってんだ」


「本当よ。灰色の瞳が金色になって、ぱっと光る。毎回見てるから間違いない」


「やめろ、気持ち悪い言い方するな」


 カイトは顔を背け、足早に歩き出した。

 耳の先が熱い。

 ソフィアが小さく笑った気がしたが、聞こえなかったことにした。


「綺麗って言ったのが気に障った?」


「うるせぇ。黙って歩け」


「あら、照れてる」


「照れてねぇよ!」


 声が洞窟に反響した。

 奥でゴブリンが何かに驚いて逃げる足音がする。

 カイトは自分の声量に舌打ちし、ソフィアは肩を震わせて笑いをこらえていた。


* * *


 ギルドに戻ると、受付の窓口が混み合っていた。

 3Fまでの依頼を複数こなしたカイトとソフィアの報告を、受付嬢が目を丸くしながら処理する。


「ゴブリン23体……5日間で、石級の方がこの数は」


「銅級昇格の基準に達してるだろ」


「は、はい。実は本日、ギルドからの昇格試験通知が……」


 受付嬢が差し出した封筒に、赤い封蝋が押されていた。


『銅級昇格試験のご案内——カイト・アッシュフォード殿』


 カイトは封筒を握りしめた。

 石級から銅級へ。

 それはギルドに登録した時には誰も信じなかった一歩だ。

 受付嬢も、周囲の冒険者たちも、誰もが嘲笑していた。

 核紋なしの少年が冒険者になるなんて自殺行為だと。


「やったじゃない」


 ソフィアが隣で微笑む。


「まだ受かってない」


「受かるわよ。あんたの実力は私が一番知ってる」


 カイトは封筒を革鎧の内側にしまった。

 指先が微かに震えていた。

 興奮ではない。

 核紋が、空の器が、次の獲物を求めて脈動していた。


 銅級になれば、もっと深い階層に潜れる。

 もっと強い魔物がいる。

 もっと強い核紋を喰える。


 まだ足りねぇ。


 カイトはギルドの掲示板を見上げた。

 銅級以上の依頼が並ぶ上段。

 4F、5Fの魔物討伐。スライム駆除。ゴブリンキング調査。

 どれも石級では手が届かなかった依頼だ。


 掌の中で封筒が、確かな重みを持っていた。

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