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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#05 没落騎士の娘

昼前にギルドに着いたのに、掲示板の前にはもう人がいた。


 プラチナブロンドのポニーテール。

 背が高い。カイトより頭半分は上だ。

 引き締まった腕に革の手甲。腰には長剣。

 青い瞳が掲示板を眺めている。

 日に焼けた肌に、剣ダコのある掌。

 冒険者の体だった。


 カイトは近づいた。


「あんたが、あの紙を貼ったのか」


 女が振り向いた。

 整った顔立ちだが、化粧っ気はない。

 視線がカイトの全身を上から下まで一往復する。

 ボロボロの革鎧。包帯の巻かれた左腕。首に下がる灰色の石級プレート。

 全てを見て、それでも女は笑わなかった。


「カイト・アッシュフォード?」


「ああ」


「核紋なし、短剣・体術。——本気で書いたの?」


「嘘は書かねぇよ」


 女がカイトの石級プレートを見た。

 自分の首には銅級の茶色いプレートがかかっている。

 ランクが違う。格が違う。


 それでも女は、眉一つ動かさなかった。


「ソフィア・ヴァイスリッター。水属性B級。剣術と治癒魔法を使う」


「水B級って——何であんたがパーティを見つけられないんだ」


 ソフィアの表情が一瞬だけ翳った。

 目を逸らし、ポニーテールの先を指先で弄ぶ。

 長い指だった。剣を握る指であり、治癒魔法を紡ぐ指でもある。


「没落騎士の娘だから」


「は?」


「ヴァイスリッター家は百年前に爵位を剥奪された。理由は知らない。ただ、名前を出すと顔を背ける人が多いの」


 ソフィアが自嘲するように口元を歪めた。


「カスカーラのギルドで三つのパーティに声をかけた。全部断られた。水B級でも、没落騎士の名前がつくだけで厄介ごとに巻き込まれると思うみたい」


 カイトは腕を組んだ。


「百年前の話で今の実力に何の関係がある」


「……あんた、変わってるわね」


「スラムの孤児に家柄なんか分からねぇよ。戦えるか戦えないかだ」


 ソフィアが口元を緩めた。

 笑ったのかもしれない。

 一瞬だったから分からない。


「それで、核紋なしの石級が2Fでゴブリンの群れに突っ込んで、短剣を折って、全身血まみれで這って帰ってきた、と」


「……誰から聞いた」


「受付のアリアが話してたわ。あの子、心配してたのよ。石級の新人をいつも気にかけてる人なの」


 カイトは舌を打った。

 受付嬢の名前がアリアだということを、今初めて知った。


「あんた、魔法なしでゴブリンの群れを? 正気?」


「正気じゃなかったら冒険者なんかやってない」


 ソフィアが今度ははっきりと笑った。

 歯を見せて笑う顔は、さっきまでの翳りが嘘のように明るかった。


「いいわ。組みましょう」


「……本気か」


「あんたこそ本気でしょ。核紋なしで2Fに突っ込む馬鹿は、本気じゃなきゃやらない」


* * *


 その日の午後、二人は1Fに潜った。


 ソフィアの実力を確認するためだ。

 カイトが先行し、暗視で索敵する。

 暗闘の中で敵の位置を伝え、ソフィアが前衛で受ける。


「右の通路、二体。こっちに向かってる」


「了解」


 ソフィアが長剣を抜いた。

 刃が蛍光苔の光を反射して、青白く光る。


 ゴブリンが通路から飛び出してきた。

 ソフィアの長剣が一閃し、先頭の一体を両断した。


 速い。

 剣筋が見えなかった。

 踏み込みから振り抜きまで一拍。

 核紋なしのカイトとは、根本的に体の動きが違う。

 水属性の身体強化が剣術に乗っている。


 二体目が飛びかかる。

 ソフィアが左手を翳すと、掌から水流が噴き出した。

 水の弾丸がゴブリンの顔面に直撃し、体ごと吹き飛ばす。

 壁に叩きつけられたゴブリンが、びくりと痙攣して動かなくなった。


 三体目をカイトが仕留めた。

 ソフィアに気を取られたゴブリンの背後に回り込み、骨切り包丁で喉を突く。

 正規の短剣ではないが、刃物は刃物だ。


「暗視、本当にあるのね」


 ソフィアが血を払いながら言った。


「核紋は空なのに、暗闇で私より先に敵を見つける。不思議な子」


「子って言うな。一つしか違わねぇだろ」


「一つ上なら先輩でしょ」


 1Fを二時間で掃討した。

 ゴブリン十二体。

 カイト一人では一日がかりだった数を、半分以下の時間で片づけた。

 ソフィアが前衛を張り、カイトが暗視で索敵と側面攻撃を担当する。

 即席の連携だが、驚くほど噛み合っていた。


 ソフィアの剣術は確かだった。

 前衛としての立ち回りに無駄がない。

 魔物の攻撃を受け流し、最小限の動きで致命傷を与える。

 治癒魔法でカイトの古傷の痛みも和らげてくれた。

 左腕の包帯の上から青い光が沁み込み、ずっと疼いていた傷口が静かになった。


「すげぇな、あんた」


「普通よ。水B級なら治癒はこの程度できる」


「この程度って——左腕、昨日から痺れてたのに、もう感覚が戻ってる」


 ソフィアが小さく頷いた。

 治癒の腕は確かだが、本人はあまり誇らしそうにしない。

 できて当然、という顔をしている。


「——それより、あんたに聞きたいことがある」


 ソフィアの声が低くなった。

 青い瞳が真剣になっている。


「暗視。あれは核紋の力じゃないの? 鑑定に出ないのに、確かに使えている。どういう仕組みなの」


 カイトは迷った。

 一日組んだだけの相手に、全てを話すべきか。

 信じてもらえるかも分からない。

 嘘つきと思われたら、このパーティは今日で終わる。


 だが、嘘をつき続けるのは無理だ。

 核紋喰いの力は、戦闘中に必ず目に入る。

 あの金色の光が瞳に宿る瞬間を、ソフィアはもう見ているかもしれない。


 隠し通せるものじゃない。

 ならば、賭ける。


「……俺は、ゴブリンの核紋を喰った」


 ソフィアの眉が上がった。


「初日に倒したゴブリンの体から、光の欠片が浮いた。手を伸ばしたら、体の中に吸い込まれた。30秒くらい動けなくなって、灼熱が走って——終わった後、暗闇が見えるようになった」


「核紋を——喰った」


「信じなくてもいい。ただ、これが俺の力だ。もっと喰えば、もっと強くなれる。たぶん」


 ソフィアはしばらく黙っていた。

 ダンジョンの暗い通路で、二人の呼吸だけが聞こえる。

 水滴が天井から落ち、石床に弾ける音が遠くで響いた。


 カイトは身構えた。

 笑われるか、気味悪がられるか。

 どちらでも仕方ない。


 ソフィアは瞬きもせず、カイトの灰色の瞳を見つめた。

 長い沈黙だった。

 呼吸三つ分。


「吸収の間は——無防備になるの?」


「……ああ。30秒くらい動けなかった」


「なるほど」


 ソフィアが頷いた。

 一つ深呼吸をして、背筋を伸ばした。


「——信じるわ。だから、次に喰うときは私が守る」


 カイトの口が開いて、閉じた。

 言葉が出なかった。

 スラムで十一年、誰かに「守る」と言われたことは一度もなかった。

 孤児院の先生が名前をくれた時以来の——胸の奥が熱くなる感覚だった。


 喉の奥が詰まって、声が出ない。

 ソフィアはそれを待っていた。

 急かさなかった。


「……次も、頼む」


 声が掠れた。


 ソフィアは微笑んだ。

 暗闘の中でも、その青い瞳だけがはっきりと見えた。

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