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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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59/67

#59 20Fへの道

19Fの空気は歪んでいた。


 壁が呼吸するように膨張と収縮を繰り返し、床面に走る星脈の光脈が不規則に明滅する。

 上下の概念が時折ぶれて、足元が天井に見える瞬間がある。


「こっちだ。星脈の流れが太い方向に進む」


 カイトは壁面の光脈に手を当てた。

 体内の核紋が共鳴し、流れの方向を教えてくれる。

 呪核事件の前は、この共鳴に身を任せていた。

 今は違う。

 共鳴を感じ取り、判断して、進む。


「右の通路に気配があるわ。深層獣が二体」


 ソフィアが水属性の感知で周囲を探っている。

 視界が利かないこのフロアでは、ソフィアの感知が命綱だ。


「避けるか」


「避けられるなら避けた方がいい。あんたの核紋、まだ呪核の侵食痕が残ってるでしょ。無駄な戦闘は控えて」


「わかった」


 ソフィアが一瞬、驚いた顔をした。


「あんたが素直に言うことを聞くなんて」


「選別吸収ってのは、戦う相手も選ぶってことだ。喰わない核紋のために体力を消耗する理由はない」


 左の通路に入った。

 深層獣の気配が遠ざかる。

 カイトは風属性で空気の流れを読み、安全なルートを選んで奥に進んだ。


* * *


 19Fの中層に差しかかった頃、異変に気づいた。


 通路の壁面に、見慣れない光が走っている。

 星脈の結晶とは色が違う。

 白に近い透明な光で、脈動ではなく定常的に輝いていた。


「何だ、あれ」


 カイトは壁に近づいた。

 結晶が壁面から突き出している。

 拳ほどの大きさで、六角形の規則正しい形状だ。

 核紋の気配はない。


「核紋じゃない。純粋な星脈の結晶か」


 手を伸ばした。

 指先が結晶に触れた瞬間、体内の核紋が一斉に震えた。


 だが暴走ではない。

 むしろ——整列した。


 呪核に侵食されて乱れていた複数属性の配列が、結晶に触れたことで秩序を取り戻していく。

 闇が闇の位置に。

 水が水の位置に。

 炎、地、風。

 全ての核紋が、本来あるべき場所に収まった。


「……何だこれ。核紋が安定した」


 カイトは手を離し、もう一度触れた。

 同じ効果が再現される。

 結晶に触れている間、体内の核紋の乱れが消える。


「ソフィア、ちょっと来い」


 ソフィアが隣に立った。


「この結晶に触ってみろ」


 ソフィアが恐る恐る指先を当てた。

 青い瞳が見開かれる。


「水属性が——すごく澄んだ感じがする。核紋の中の不純物が洗い流されていくみたい」


「核紋を安定させる効果がある。取り込むんじゃなくて、整える。こういう使い方もあるんだな」


 カイトは壁面を探り、結晶をもう一つ見つけた。

 短剣の柄で慎重に削り出す。

 手のひらに収まるサイズの結晶が二つ。


「一つはお前に」


「え?」


「持っていれば、核紋が安定する。俺の治癒をお前に頼りっぱなしじゃ不公平だろ。これなら、お前の水属性の精度も上がる」


 ソフィアが結晶を受け取った。

 掌の上で透明な光が揺れている。


「あんたが人に物をあげるなんて、珍しいわね」


「道具の共有だ。パーティの戦力を上げるための判断」


「素直にプレゼントって言えないの?」


「うるせぇ」


 カイトはもう一つの結晶を胸元のポーチに仕舞った。

 ソフィアが結晶を掌で包み、目を閉じた。


「水属性の流れが整う。治癒の精度が上がりそう。これがあれば、あんたが暴走しかけた時の対応も早くなる」


「暴走する予定はねぇよ」


「予定してないから暴走って言うの」


 カイトは鼻を鳴らした。

 だがソフィアの言葉は正しかった。

 呪核で倒れた時、ソフィアの治癒がなければ死んでいた。

 この結晶で治癒の精度が上がるなら、パーティの生存率は確実に改善される。


「喰うだけが能じゃない、か」


 壁面の結晶帯を見上げた。

 透明な光が通路全体を照らしている。

 空の器の本質は、力を取り込むことだと思っていた。

 だが力を整えることにも、同じくらい価値がある。


* * *


 結晶の効果は、戦闘面でも即座に現れた。


 19Fの奥で深層獣と遭遇した。

 三体。

 半透明の体に星脈のエネルギーを纏った異形だ。


 以前のカイトなら、属性を連続で切り替えて処理落ちを狙う力押しの戦法だった。

 だが今は違う。


「ソフィア、左の個体を水で拘束してくれ。右は俺が風で引き離す。残りは——」


「中央を二人で挟む。いつもの連携ね」


 カイトは結晶を握り締めた。

 核紋が安定している。

 属性の切り替えが、以前より滑らかだった。


 風で右の深層獣を通路の奥に吹き飛ばした。

 同時にソフィアの水流が左の個体を壁面に縛りつける。


 中央の一体がカイトに突進してきた。

 カイトは地属性で床面を隆起させ、深層獣の足を止めた。

 すかさず炎を右手に灯す。

 溶岩弾——ではない。


 炎と地の同時制御は負荷が大きい。

 結晶で安定した今なら、もっと精密な使い方ができる。


 右手の炎を細く絞り、深層獣の胸部——核のある位置に向けて一点集中で撃ち込んだ。

 針のように細い炎が深層獣の体を貫通し、核を焼き切る。

 炎が消えた後に、焼けた星脈の匂いが立ち上った。


 深層獣が崩壊した。

 核紋の欠片が浮かび上がるが、カイトは手を出さなかった。


「喰わないの?」


「深層獣の核紋は不安定だ。呪核と同じリスクがある。選別吸収——見送る判断も、喰う判断と同じくらい重要だ」


 残り二体をソフィアと連携して処理した。

 以前より速い。

 結晶の安定効果と、選別吸収の方針が噛み合っている。

 無駄な吸収を避けることで、戦闘に集中できるようになった。


* * *


 19Fの最奥に辿り着いた。


 通路が大きく開け、天井の高い空間に出た。

 正面に下り階段がある。

 その先から——光が漏れていた。


 金色の光だ。


 カイトの体内の核紋が一斉に脈動した。

 結晶で安定しているはずの配列が、その光に引き寄せられて揺れている。


「あの光……属性がある。光属性だ。しかもかなり強い」


 ソフィアが水属性の感知を全開にした。

 表情が強張る。


「カイト。この先の気配——20Fのボスよ。とんでもなく大きい」


「どのくらいだ」


「結晶竜の三倍以上。……金色の核紋が見える。光属性で、A級クラスよ」


 カイトは階段の入口に立ち、金色の光を見下ろした。

 光が足元から脛を這い上がるように昇ってくる。

 その光の中に、圧倒的な存在感が渦巻いていた。


 胸元のポーチから結晶を取り出し、掌に載せた。

 核紋が安定する。

 呼吸を整えた。


「光属性のボスか」


 カイトの灰色の瞳が、金色の光を映して燃えていた。


「……こいつは、喰いたいな」

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