#57 ギルド審問
審問会場は、ギルド本部の最上階にあった。
円形の石造りの部屋だ。
中央に被告席。
その正面に審問官席が半円を描いて並び、七人の幹部が着席している。
傍聴席には二十人ほどの冒険者が詰めかけていた。
カイトは被告席に座った。
木の椅子が硬い。
左手にソフィアが立っている。
証人として召喚されているが、まだ発言の順番ではない。
「審問を開始する」
中央の審問官が立ち上がった。
白髪に深い皺。
ギルド本部の法務長官、バルトロメウス。
この男は派閥とは無縁の古株だとソフィアが教えてくれた。
「本件は、冒険者カイト・アッシュフォードの能力に関する告発に基づく審問である。告発内容を読み上げる」
書記官が巻物を広げた。
「カイト・アッシュフォードは、他者の核紋を奪取する能力——通称『核紋喰い』を有している。この能力は魔物のみならず人間の核紋にも適用可能であり、ギルドに所属する全冒険者の安全を脅かす。よって、冒険者登録の即時抹消を求める」
会場に低いどよめきが走った。
カイトは腕を組んだまま、正面を見ている。
視界の端に、傍聴席のヴェルナーが映った。
金級プレートが胸元で光っている。
表情は自信に満ちているが、指先が膝の上で小さく動いていた。
* * *
「証人、ヴェルナー・グリフォンハート」
ヴェルナーが証言台に立った。
背筋を伸ばし、審問官たちを見渡す。
「私はこの目でカイト・アッシュフォードの能力を確認しました。15Fでの結晶竜戦において、この男は倒した魔物から核紋の欠片を吸収し、自分の力に変えた。このような能力は前例がない。そして——もし人間に対しても使えるのであれば、我々全員が危険に晒されます」
傍聴席がざわついた。
審問官の一人が身を乗り出した。
痩せた顔に鋭い目をした男だ。
この男がヴァレンシュタイン派の幹部だとカイトは直感した。
「証人に確認する。カイト・アッシュフォードが人間の核紋を奪取した事例は?」
「直接の目撃はありません。しかし——」
「目撃がないのに、なぜ人間にも適用可能だと判断したのですか」
バルトロメウスが遮った。
派閥の幹部が一瞬、不快そうに口元を歪めた。
ヴェルナーは動揺を隠して言葉を繋いだ。
「核紋の構造に人間も魔物も差はないと聞いています。魔物の核紋を吸収できるなら、人間の核紋も——理論上は可能なはずです」
「理論上、ですか」
バルトロメウスがゆっくり頷いた。
「では、被告に弁明の機会を与えます。カイト・アッシュフォード」
カイトは腕を組んだまま、動かなかった。
沈黙が落ちた。
五秒。十秒。
傍聴席がざわつき始める。
「黙秘するつもりか」
派閥の幹部が苛立った声を上げた。
カイトは相手を見なかった。
天井の石造りの梁を眺めている。
「発言を拒否するなら、告発を認めたものと——」
「別に黙秘してるわけじゃない」
カイトが口を開いた。
低い声が円形の部屋に響く。
「話を聞いてただけだ。ヴェルナーの証言が終わるのを待ってた」
カイトは腕を解き、前に身を乗り出した。
灰色の瞳が審問官席を一人ずつ見渡す。
「その通りだ。俺はダンジョンの魔物を倒して核紋を喰らう能力を持っている」
会場が静まった。
「闇F級はゴブリンから。水D級はリザードマンから。地はオークとストーンゴーレムから。炎は炎竜から。風はワイバーンから。全部、俺が自分の手で倒した魔物の核紋だ」
カイトの声は淡々としていた。
「人間の核紋を喰ったことはない。これからもない」
一拍、間を置いた。
「だが——ダンジョンの魔物から核紋を喰うのは、俺の権利だ」
派閥の幹部が口を挟もうとした。
カイトはそれを無視して続けた。
「ギルドの規約のどこに、冒険者の能力の使い方を制限する条項がある?」
空気が変わった。
バルトロメウスが法務官に目配せした。
法務官が分厚い規約書を広げ、頁を繰り始める。
長い沈黙があった。
「法務長官」
法務官が顔を上げた。
「冒険者の能力行使に関する制限条項は——現行規約には存在しません。禁止されているのは他の冒険者への直接的な加害行為のみです。能力の種類や取得方法に対する制約は、設けられておりません」
ヴェルナーの顔から血の気が引いた。
派閥の幹部が立ち上がった。
「しかし、前例のない危険な能力だ。規約になくとも——」
「規約にないものを裁くことはできない」
バルトロメウスが短く言った。
「本審問は、現行規約に基づく限り結論を出せない。保留とする。追加調査が必要であれば、規約改定の手続きを踏むように」
木槌が鳴った。
* * *
審問会場の扉を押し開け、カイトは廊下に出た。
背後で傍聴席の冒険者たちがざわめいている。
ソフィアが隣に並んだ。
「上手くいったわね」
「上手くもなにもない。事実を言っただけだ」
「あんたが最初に黙ってたの、計算?」
「ヴェルナーが勝手に墓穴を掘るのを待ってただけだ。あいつの証言には証拠がなかった。目撃していないのに人間にも使えるなんて言えば、審問官に突っ込まれる」
ソフィアが小さく笑った。
「スラム育ちの知恵ね」
「生き残るには頭を使うしかなかった。それだけだ」
廊下の角を曲がったところで、足を止めた。
壁にもたれて立っている人物がいた。
白髪に厳つい体格。
ギルドマスター、グレゴール。
普段はめったに表に出てこない男だ。
「グレゴールさん」
ソフィアが緊張した声を出した。
グレゴールはカイトを真っ直ぐ見た。
深い皺の刻まれた顔に、表情らしい表情はない。
「審問、聞いていた」
「盗み聞きか。ギルドマスターが随分と暇だな」
「減らず口を叩くな、小僧」
グレゴールが一歩近づいた。
巨体が廊下の光を遮る。
「お前の力は——使い方次第だ」
カイトは目を逸らさなかった。
「知ってる」
「知ってるだけでは足りない。証明してみせろ。お前の核紋喰いが脅威ではなく、ギルドの武器になると。行動で示せ」
グレゴールはそれだけ言うと、背を向けて廊下の奥に消えた。
重い足音が石の床に響き、やがて静かになった。
カイトは壁に肩をつけた。
「証明してみせろ、か。……面白い。やってやるよ」
ソフィアがカイトの横顔を見ている。
灰色の瞳に、審問前にはなかった光が宿っていた。
廊下の反対側では、ヴェルナーが壁に拳を叩きつけていた。
音がくぐもった石の通路に響く。
「なぜだ。禁止条項がないなんて、そんな馬鹿な話が」
告発状を用意してくれたギルド幹部に目を向けた。
だが幹部はヴェルナーを見ずに、足早に廊下を去っていく。
振り返りすらしなかった。
ヴェルナーは追いかけようとして、足が止まった。
金級のプレートが揺れている。
その金色の光が、ひどく安っぽく見えた。




