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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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56/69

#56 密告

目を開けたら、天井が白かった。


 ギルドの医務室だ。

 消毒液の匂いが鼻を突く。

 右腕を上げようとして、指先にまだ痺れが残っていることに気づいた。


「あ——起きた」


 ソフィアの声だった。

 ベッドの脇の椅子から身を乗り出してくる。

 青い瞳に濃い隈がある。顔色も悪い。


「ソフィア……ここは」


「ギルドの医務室よ。ダンジョンから運び出して三日。やっと目を覚ましたのね」


 三日。

 カイトは記憶を辿った。

 呪核に触れた。喰おうとした。逆に侵食された。そこから先がない。


「……俺を担いで上がったのか。19Fから」


「18Fまで担いだ。そこで他のパーティに合流して、地上まで運んでもらった。あんたは一度も目を開けなかったわ」


 ソフィアの声が震えていた。

 三日間、眠らずにカイトの体に治癒を流し続けたのだろう。

 目の下の隈がそれを物語っている。


 カイトは上体を起こした。

 頭が重い。

 体の中の核紋を探る。

 闇F級、水D級、地E級、炎C級、地C級、風B級——全てある。

 だが配列が乱れていた。

 呪核に触れた時の反転エネルギーが、器の内壁をわずかに侵食している。


「治癒は?」


「三日間ぶっ通しで流し続けた。侵食は止まったけど、完全に消えてない。あんたの器の端が——少し焼けてる」


「悪かった」


「悪かったで済むと思ってるの?」


「思ってない。だから——次からは選ぶ」


 ソフィアが瞬きをした。


「選ぶ?」


「全部いけると思ってた。俺の器なら何でも入ると。甘かったんだ。呪核は器を壊す。同じ失敗は二度としない」


 右手を開いて閉じた。

 痺れが少しずつ引いていく。


「選別吸収だ。有用なものだけを選んで取り込む。質の悪い核紋には手を出さない。……通じないものがあるって認めるのは癪だけどな」


 ソフィアが大きく息を吐いた。

 椅子の背にもたれかかる。


「あんたがそういう判断をするようになったなら——三日間起きてた甲斐はあったわ」


「起きてたのかよ。寝ろ」


「あんたが意識不明の時に寝られるわけないでしょ」


 カイトは何も言えなくなった。

 ソフィアから目を逸らし、窓の外を見る。

 カスカーラの青い空が広がっている。


「……それで。三日間で何かあったか」


 ソフィアの表情が変わった。

 隈の下の瞳に、硬い光が宿る。


「あった。大きいのが一つ」


「何だ」


「ギルドの審問会が開かれることになった」


 カイトは振り返った。


「審問会?」


「あんたの核紋喰いのこと。誰かがギルド幹部に密告したの。『カイト・アッシュフォードは他者の核紋を奪取する禁忌の能力を持っている』って」


* * *


 密告の経緯を、ソフィアは淡々と語った。


 カイトが意識を失った初日。

 ギルド本部の幹部室に、一通の告発状が提出された。

 内容はその能力の危険性を訴えるもので、人間の核紋を奪取できる可能性にまで言及していた。


 告発者の名は伏せられていたが、ギルド内の噂は早い。

 翌日には密告者の正体が割れていた。


「ヴェルナー・グリフォンハートよ」


 カイトの目が細くなった。


「あいつか」


「あんたが呪核で倒れたのを知って、動いたんでしょうね。意識不明の間に審問を通してしまえば、反論される前に登録抹消に持ち込める」


「姑息な手を使いやがる」


「でもね——」


 ソフィアが声を落とした。


「ヴェルナー一人の判断じゃないと思う。告発状の文面が、あいつにしては整いすぎてる。法的な論拠の組み方が素人じゃない。誰かがヴェルナーの嫉妬を利用して、告発状を書かせた」


「ヴァレンシュタイン派か」


「ギルド幹部の中に、深層情報の独占を狙ってる連中がいる。平民の銀級が未踏破区域に到達したら、情報の流通を管理できなくなるでしょ」


 カイトはベッドの縁に足を下ろした。

 立ち上がると、一瞬だけ視界が揺れた。

 ソフィアが腕を掴む。


「まだ安静にしてなさい」


「審問会はいつだ」


「明後日。出頭命令が出てる。……あんたと、私に」


 カイトはソフィアの手を振り払い、窓に歩み寄った。

 ガラス越しに、ギルド本部の塔が見える。

 あの中で、自分の力を禁忌として裁こうとしている連中がいる。


 拳を握った。

 だがすぐに力を抜いた。


「……感情的になっても仕方ねぇ。あいつらが何を狙ってるか、わかった上で行く」


「カイト」


「俺の力は——俺が決める。ギルドの幹部にも、ヴェルナーにも渡さない」


 窓ガラスに映った自分の灰色の瞳が、冷たく光っていた。


* * *


 その夜、カイトは医務室のベッドに戻された。


 ソフィアに「まだ安静」と念押しされ、渋々横になった。

 だが目を閉じても眠れない。

 体の中で核紋の配列がまだ軋んでいる。

 呪核の侵食痕が、器の端を鑢で削るように刺激し続けていた。


 天井を見上げた。

 薄暗い医務室に、窓から差し込む月光が白い帯を作っている。


 空の器。

 その能力を知った時、カイトは万能感に酔っていた。

 吸収すれば強くなれる。もっと取り込めば、もっと強くなれる。

 だが呪核がその幻想を砕いた。

 通じないものがある。喰ってはいけないものがある。


 そして今、その力そのものが攻撃材料にされている。


 ヴェルナーの顔が浮かんだ。

 あの男の嫉妬は純粋だ。

 金級の自分より強い銀級がいる。

 その事実に耐えられなかったのだろう。


 だがヴェルナーの背後にいる連中は、嫉妬では動かない。

 深層情報の独占。

 帝国との取引。

 ギルド内の利権構造。


 カイトはスラムで育った。

 権力者が弱者を排除する手口は、嫌というほど見てきた。


「……上等だ。俺は俺のやり方で戦う」


 寝返りを打った。

 右腕の痺れが、枕に触れるたびに微かに疼いた。


* * *


 翌日、カイトはギルドの酒場に降りた。


 空気が変わっていた。

 三日前までは「銀級の新星」として好奇の目を向けていた冒険者たちが、今はカイトの周囲に微妙な距離を取っている。

 密告の噂は、もうギルド中に広まっているらしい。


「核紋を奪うってのは本当なのか」

「他人の核紋を奪うって——人間のもいけるのか?」

「近寄るなよ。喰われたらどうする」


 囁き声がカイトの背中を刺す。

 だがカイトは足を止めなかった。

 カウンターに座り、食事を頼んだ。


 隣のテーブルで、見覚えのある鉄級の冒険者が席を立った。

 目が合っても、すぐに逸らされた。


 ソフィアが向かいに座った。


「気にしてないふりが上手いわね」


「ふりじゃない。気にしてたら飯が不味くなる」


 パンを千切って口に放り込む。

 味はしなかった。

 だがカイトはそれを顔に出さなかった。


「明日の審問会、どうするつもり?」


「行く。出頭命令だからな」


「作戦は?」


「作戦も何もない。事実だけ話す」


 ソフィアが眉をひそめた。


「あんた、あの力のことを全部話すの?」


「隠す理由がない。俺は魔物の核紋を喰って強くなった。人間からは奪ってない。それが全部だ」


「でも——」


「心配すんな。俺はギルドの規約を破ってない。あいつらが俺を裁きたいなら、先に規約を変えろって話だ」


 パンを飲み下した。

 カウンターの向こうで、酒場の店主が複雑な表情をしている。

 カイトに同情しているのか、恐れているのか、判断がつかない顔だった。


「密告? ……ヴェルナーか。あの野郎、やってくれるな」


 カイトの灰色の瞳が、酒場の喧騒の向こうを見据えていた。

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