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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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52/79

#52 18Fの亡霊

最初に剣が飛んできた。


 カイトは咄嗟に短剣で弾いた。

 金属同士がぶつかる硬い音が、18Fの回廊に響く。


 剣は虚空から現れた。

 柄を握る手も、腕も、体も半透明だった。


「亡霊だ」


 カイトの暗視が薄青い輪郭を捉えた。

 人の形をした半透明の影が、回廊の奥から三体、こちらに向かって歩いてくる。


 足音がない。

 床面を踏みしめる感触もなく、ただ滑るように移動している。

 だが手にした剣は実体を持ち、殺意を帯びた斬撃は肉を裂くだけの力がある。


「残留思念の実体化。18Fの特性ね」


 ソフィアが水の刃を構えた。


「過去にこのダンジョンで命を落とした冒険者の思念が、星脈のエネルギーで実体化している。生前の戦闘技術をそのまま再現するわ」


「面倒なタイプだな。深層獣のほうがまだ楽だ」


 カイトは短剣を構え直した。


 亡霊の一体が突進してきた。

 盾と槍を持った重装備の戦士型。

 盾で間合いを潰しながら、隙間から槍の穂先を突き出す正統派の戦い方だ。


 カイトは風で横に跳んだ。

 着地と同時に炎を右手に灯し、亡霊の側面に叩き込む。


 炎が半透明の体を貫いた。

 だが亡霊は消えない。

 炎が突き抜けただけで、ダメージがない。


「属性攻撃が効かない?」


「物理で核を壊すしかないわ。胸の中心に光の核がある。あれが残留思念の核心よ」


 ソフィアが水の刃で弓手型の亡霊を斬り裂いた。

 水が実体の弓を弾き、亡霊の胸に突き刺さる。

 光の核が砕け、亡霊が粒子になって消滅した。


「物理攻撃は通るのか。なら」


 カイトは怪力を右腕に込め、槍の穂先を掴んで引き寄せた。

 槍を握ったまま亡霊の胸に短剣を叩き込む。

 光の核が割れ、二体目が消えた。


 三体目の剣士型は逃げるように回廊の奥に消えた。


「追うか?」


「待って。奥にもっといるわ」


 暗視で回廊の先を覗いた。

 五体。

 いや、七体。

 亡霊の群れが、回廊の交差点で隊列を組んでいる。


「隊列? 亡霊が陣形を組むのか」


「生前の記憶が残っている証拠ね。軍隊経験のある冒険者の残留思念かもしれない」


* * *


 亡霊の群れを一体ずつ処理しながら18Fを進んだ。


 物理攻撃で核を壊す。

 単純だが、人間の戦い方をする相手は厄介だった。

 フェイントを使い、連携し、逃走してから再び奇襲する。

 魔物の本能ではなく、戦闘技術に基づいた判断で動いている。


 カイトの全身に浅い傷が増えていく。

 ソフィアの治癒で回復しながらの消耗戦だ。


 回廊を三十分ほど進んだ先で、広い空間に出た。

 天井が高い。

 壁面に星脈の結晶が露出し、青白い光で空間全体を照らしている。


 その中央に、一体の亡霊が立っていた。


 他の亡霊とは気配が違う。

 半透明の輪郭が他より鮮明で、ほとんど生きた人間のように見える。

 長剣を両手で構え、微動だにせずカイトを見据えている。


 銀色の鎧。

 背筋を伸ばした立ち姿。

 剣の構えに隙がない。


「強いぞ、こいつ」


 カイトの直感が警告を発した。

 体内の核紋が微かに震えている。


 亡霊の剣士が動いた。


 速い。


 長剣の一閃がカイトの首を狙う。

 短剣で受けた。衝撃で右腕が痺れた。

 怪力を込めた受けでさえ、押し返された。


「くっ」


 二撃目。

 横薙ぎの斬撃を後ろに跳んで避ける。

 風で距離を取ろうとした瞬間、亡霊の剣士が踏み込んできた。


 カイトの風による加速を読んでいる。

 跳躍の軌道に先回りするように、長剣が弧を描いた。


 短剣で弾く。

 火花が散った。

 だが剣士は弾かれた勢いを利用して回転し、返す刃で逆側から切り込んでくる。


 炎を左手に灯して放った。

 亡霊の体を突き抜ける。効果なし。

 水を右手に纏わせて斬りつけた。

 ソフィアの水属性とは違う、攻撃用の水刃。

 剣士の腕をかすめるが、切り傷が即座に修復された。


「全部見切ってやがる」


 地属性で床を隆起させ、足場を崩す。

 剣士は跳躍して回避。

 着地に合わせて怪力の拳を振る。

 剣士が長剣の腹で受け、カイトの拳を横に逸らした。


 五属性を順番に試した。

 全て対応された。


「あの剣士、あなたの攻撃パターンを全部見切ってるわ」


 ソフィアが背後から声をかけた。


「知ってる。厄介な奴だ」


「それと、カイト」


 ソフィアの声が変わった。


「あの剣。見て」


 カイトは剣士と間合いを取り、暗視の精度を上げた。


 長剣の鍔元に、彫刻が施されている。

 月と剣を組み合わせた紋章。

 色が褪せているが、形は明瞭だ。


「あの紋章——ヴァイスリッターの家紋よ」


 ソフィアの声が震えた。


 ヴァイスリッター。

 ソフィアの姓。

 没落騎士の家。


「こいつが……ヴァイスリッターの騎士?」


「百年前にこのダンジョンで命を落とした騎士の残留思念だと思う。あの剣の紋章は、私が子供の頃に見た実家の古い肖像画に描かれていたものと同じ」


 亡霊の剣士が再び構えを取った。

 半透明の顔に表情はない。

 だが構えの一つ一つに、武人としての誇りが滲んでいた。


 カイトは短剣を下ろした。


「ソフィア。お前がやれ」


「え?」


「俺の攻撃は全部見切られてる。だが——あいつが反応してるのは、俺だけだ。お前を攻撃してこない」


 確かにそうだった。

 亡霊の剣士は、戦闘中ずっとカイトだけを見ていた。

 ソフィアには刃を向けていない。


「血縁か、属性の共鳴か。理由はわからねぇ。だが、お前の水属性なら通じるかもしれない」


 ソフィアは唇を噛んだ。

 水属性を両手に集中させる。

 治癒用ではなく、最大出力の水流。


 ソフィアが一歩、前に出た。


 亡霊の剣士が動きを止めた。


 銀色の鎧の亡霊が、ソフィアを見ている。

 半透明の瞳が、何かを認識したように微かに揺れた。


 ソフィアの水が輝いた。

 B級の水属性が蒼い光を帯び、水の粒子が空間に広がる。


 亡霊の剣士の体が、震え始めた。

 水の粒子と剣士の残留思念が共鳴している。


 水の光が剣士を包んだ。


 亡霊の輪郭がゆっくりと薄れていく。

 怒りも執着もなかった。

 長剣を鞘に収めるように構えを解き、半透明の体が光の粒子に変わっていく。


 最後に——剣士の口元が、微かに動いた。


 声は聞こえなかった。

 だが、唇の動きが何かを伝えていた。


 ソフィアが息を呑んだ。


「……『守れ』って。あの人、最後にそう言った気がする」


 剣士の残留思念が消えた。

 蒼い光の粒子が天井に立ち昇り、星脈の結晶に吸い込まれていく。


 後に残ったのは静寂と、床の上に落ちた古びた長剣だけだった。


* * *


 カイトは長剣を拾い上げた。


 百年の歳月で刃は錆び、柄の革は朽ちている。

 だが鍔元のヴァイスリッター家の紋章は、不思議なほど鮮明に残っていた。


「錆だらけだな。使い物にはならない」


「でも大切なものよ。私にとって」


 ソフィアが長剣を受け取った。

 両手で抱えるように持ち、紋章に指を這わせる。


 その指先が止まった。


 長剣の柄の内側に、革の束が挟まれている。

 カイトが暗視で覗き込んだ。


「何か入ってるぞ」


 革を引き出した。

 古びた革表紙の手記だった。

 角が擦り切れ、綴じ糸がほつれている。

 表紙にヴァイスリッター家の紋章が刻印されていた。


 ソフィアの手が震えている。


 手記を開こうとして、指が滑った。

 もう一度。

 今度は両手で、慎重に表紙をめくる。


 最初のページに、褪せたインクで書かれた名前。


「——アルヴィン・ヴァイスリッター」


 ソフィアの声が掠れた。


「知ってるのか」


「知ってる。私の五代前の当主の弟よ」


 手記が微かに震えている。

 ソフィアの手が、止まらない。


 カイトは何も言わなかった。

 ソフィアの横に立ち、18Fの静寂の中で手記を見つめた。


 星脈の結晶が、蒼い光を静かに放っている。

 亡霊が消えた場所に、百年分の沈黙が横たわっていた。

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