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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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51/67

#51 ヴェルナーの焦燥

ギルドの受付嬢が読み上げた名前に、ヴェルナー・グリフォンハートの足が止まった。


「カイト・アッシュフォード。16F到達を確認。銀級冒険者として初の未踏破深層到達記録となります」


 ロビーが騒然とした。


「銀級で16Fだと?」


「未踏破区域だぞ。金級でも推奨外なのに」


「あの核紋なしの奴だろ? 嘘じゃないのか」


「嘘なわけあるか。深層獣の素材が証拠として提出されてる」


 ヴェルナーは壁に背を預けて立っていた。

 金のプレートが胸元で揺れている。

 重い。

 ここ数週間、このプレートの重さがずっと増し続けている気がする。


 16F。


 銀級の核紋なしが、16Fに到達した。

 金級の自分は、12Fで足踏みしている。


 拳を握った。

 爪が掌に食い込んだ。


* * *


 あの日以来、ヴェルナーは一度もパーティを組んでいない。


 15Fで部下を石化させ、当時まだ鉄級だったカイトに命を救われた。

 部下たちは石化から回復したが、全員が復帰を辞退した。

 正確には、グリフォンハート家との関係を理由に離れたのではない。

 ヴェルナーの判断力を信用できなくなったのだ。


 リヒトが言った一言が耳にこびりついている。


「ヴェルナー様の指示に従って突撃していなければ、石化は避けられました」


 正論だった。

 偵察もせず、結晶竜の能力も確認せず、正面から炎をぶつけた。

 装備さえあれば勝てると思っていた。

 その判断が、三人を石像に変えた。


 ヴェルナーは12Fの結晶洞窟に一人で立っていた。

 壁に囲まれた狭い空間。

 結晶の光が乱反射し、死角だらけの地形。


 ストーンゴーレムが壁面から這い出てきた。

 岩の拳を振り上げ、突進してくる。


 ヴェルナーは右手を突き出した。

 炎が迸る。

 B級の火力。

 ゴーレムの胸に直撃し、岩盤が赤熱する。


 だが止まらない。


 ゴーレムが炎の中を突進してくる。

 赤熱した拳がヴェルナーの胸に迫った。

 回避が遅れた。

 左肩に鈍い衝撃が走り、壁に叩きつけられる。


 鎧の肩当てが粉砕した。

 高級品だ。

 金貨五十枚。

 一撃で壊れた。


 ヴェルナーは壁に背をつけたまま、炎を連射した。

 三発。四発。五発。

 ゴーレムの右腕が溶け落ち、左脚が崩れ、ようやく動きが止まる。


 荒い息。

 額から汗が流れ、顎を伝って落ちた。


 12Fのゴーレム一体に、これだけ消耗する。

 炎B級。

 火力だけなら金級の中でも上位のはずだ。

 なのに、実戦で活かせない。


 制御が粗い。

 体術が足りない。

 判断が遅い。


 装備で誤魔化してきた限界が、一体のゴーレム相手に露呈している。


「……あいつは、これを短剣と体術で倒すのか」


 核紋なし。

 石級から始めた。

 誰の支援もなく、体一つで這い上がった。


 一方、自分はどうだ。

 グリフォンハート家の三男。

 家名で金級試験を優遇され、ヴァレンシュタイン家の資金で最高級の装備を揃え、支援要員を雇って前線に立ったことすらなかった。


 ゴーレムの残骸を蹴った。

 足の甲に鈍い痛みが走る。


「12Fの突破すらできない。私は何をやっている」


 壁を殴った。

 結晶が砕け、拳から血が滲んだ。


 十二階。

 カイトは十六階。

 四層の差。

 たった四層のはずが、ヴェルナーにはその距離が百階分に感じられた。


* * *


 ギルドに戻ったのは、日が沈んでからだった。


 受付で討伐報告を提出する。

 ストーンゴーレム一体。

 銅級向けの報酬額が提示され、ヴェルナーは唇を噛んだ。

 金級のプレートを首から下げて、銅級向けの報酬を受け取る屈辱。


 酒場に足を向けた。

 カウンターの隅に座り、安い麦酒を注文する。

 以前なら最上階の個室で高級葡萄酒を傾けていた。

 今はそんな金の使い方が馬鹿らしくなった。


 麦酒はぬるかった。


「失礼。お隣、よろしいですか」


 声が横から降ってきた。

 ヴェルナーは顔を上げなかった。


「席は他にもある」


「お話があるのですよ。ヴェルナー・グリフォンハート殿」


 家名で呼ばれて、ヴェルナーは横を向いた。


 ギルドの制服を着た中年の男が、温和な笑みを浮かべて立っている。

 胸元のバッジは管理部門の上級職員を示していた。

 名前は知らない。

 だが、何度か書類手続きの場で見かけた顔だ。


「私はギルド管理部門のレオンハルト。深層管理局の統括を務めております」


「深層管理局?」


「ええ。未踏破区域を含む、深層フロアの情報管理を行う部署です」


 ヴェルナーの眉が上がった。

 深層管理局。

 ギルドの中でも、特定の情報に触れる権限を持つ部門だ。


 レオンハルトは隣の席に座り、麦酒を注文した。


「カイト・アッシュフォードの16F到達。聞きましたか」


「聞いた。嫌でも耳に入る」


「そうでしょうとも。しかし、不思議だとは思いませんか」


 ヴェルナーの指が止まった。


「何が」


「核紋が空の少年が、半年で石級から銀級に上がり、金級推奨の深層フロアを突破している。異常な成長速度です。核紋の鑑定結果は一貫して『空』。なのに、闇属性の暗視、水属性の水中呼吸、地属性の怪力、炎属性の攻撃魔法、さらに風属性の飛行まで使用している報告がある」


 レオンハルトの声が低くなった。


「核紋が空のまま、5属性以上を行使できる冒険者。過去の記録に前例がない。あなたも現場で見ていますね? あの力に、不審な点がありませんか?」


 ヴェルナーの杯が止まった。


 不審。

 その言葉が胸の奥で何かに触れた。


 あの力は確かに異常だ。

 核紋なしが五属性を使う。

 誰がどう見てもおかしい。


 自分は半年前に「核紋なしのゴミ」と嗤った。

 その「ゴミ」が自分を救い、自分を追い越し、自分が辿り着けない深層に到達した。


「あの力が、不正なものだとしたら?」


 レオンハルトの言葉が、耳の奥で反響した。


 ヴェルナーは黙って麦酒を飲んだ。

 ぬるい液体が喉を滑り落ちていく。


 頭の中で、二つの感情がぶつかっている。


 一つは、あの日の背中。

 結晶竜のブレスを正面から受け止めた、ボロボロの革鎧の背中。

 あれを不正と呼ぶのか。

 あの覚悟を、インチキだと断じるのか。


 もう一つは、嫉妬だ。

 核紋なしの孤児に、名門の三男が置き去りにされた。

 努力では埋まらない差が、日に日に広がっていく。

 その苛立ちが、理性の隙間から染み出してくる。


 レオンハルトが立ち上がった。


「ご検討ください。深層管理局は、カイト・アッシュフォードの能力の正体に関する情報を求めています。もしお心当たりがあれば、いつでもご連絡を」


 名刺が一枚、カウンターに置かれた。


 レオンハルトが去った後も、ヴェルナーは動かなかった。


 麦酒の泡が消えていく。

 名刺の角が、カウンターの木目の上で白く光っている。


 カイトの力は異常だ。

 それは事実だ。

 だが不正と断じる根拠が自分にはない。


 根拠はない。

 だが、疑念はある。


 ヴェルナーは名刺を手に取った。


 指先が震えていた。

 あの日、SOSフレアを握った時と同じ震えだ。

 あの時は命を救われた。

 今度は——何をしようとしている。


 名刺をポケットに滑り込ませた。


 杯を置き、立ち上がる。

 酒場を出ると、夜風が頬を撫でた。

 ギルドの建物の向こうに、ダンジョンの入口が暗く口を開けている。


 十六階。

 あの男は、あの暗闇の奥にいる。


 ヴェルナーの目に、暗い光が宿った。

 拳を握る。

 爪が食い込み、掌に血が滲んだ。


「あいつの力の正体を——暴いてやる」


 声は夜に溶けた。

 ダンジョンの入口が、闇の中で静かに脈動していた。

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