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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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50/73

#50 深層獣の群れ

17Fは、16Fよりさらに歪んでいた。


 床が傾いている。

 壁面の星脈が異常に濃く、白い光が空間を埋め尽くして方向感覚を奪う。

 重力の乱れが激しく、一歩ごとに体の重さが変わる。


「右に傾いてる。体ごと持っていかれそうだ」


 マルクが盾を杖代わりにして踏ん張っていた。


「重力の偏りが16Fより大きいわ。ソフィア、結界の範囲を狭めて」


 エルザの指示に従い、ソフィアが水の結界を四人ぴったりに縮小した。

 結界の内側では重力が安定する。その代わり、四人は肩が触れ合うほど密集しなければならない。


「窮屈だな」


「文句言わないで。これでも魔力の消耗が激しいの」


 通路を進む。

 16Fとは構造が異なり、巨大な空洞が不規則に連なっている。

 天井が高い場所では星脈の光が滝のように上から降り注ぎ、低い場所では壁面から光が滲み出して霧のように漂っていた。


「広いな。飛ぶのに適した地形だ」


 カイトは風属性を薄く纏い、体を浮かせた。

 結界の外に出ると重力の乱れが体を引っ張るが、風属性の出力で相殺できる。


「カイト、離れすぎないで」


「わかってる」


 前方を偵察しながら進む。

 三つ目の空洞に差しかかったとき、カイトは足を止めた。


 空洞の中に、白い影が五つ。


「深層獣——5体」


 カイトの声が結界の中に響いた。


「5体同時?」


 マルクの顔が引きつった。

 16Fで一体倒すのに、四属性の高速切り替えを使い切った。

 それが五体。


「陣形は?」


 エルザが冷静に問う。


「散開してる。空洞の各所に一体ずつ。こっちに気づいてるかは——」


 咆哮が五つ重なった。


 星脈の振動が空洞全体を揺らす。

 五体の深層獣が同時にカイトたちに向かって動き始めた。


「気づいてたな」


「結界に反応したのよ。星脈のエネルギーと私の水属性が干渉して」


「理由は後だ。来るぞ!」


 カイトは風属性を全開にして上昇した。

 空洞の天井は高い。三十メートルはある。

 飛行の利点を最大限に活かせる空間だ。


「マルク、エルザを守れ。ソフィア——」


「わかってるわ」


 ソフィアが結界を解除し、攻撃態勢に切り替えた。


 カイトは高度二十メートルから深層獣を見下ろした。

 五体が地上で蠢いている。半透明の体に星脈の光が走り、それぞれが異なる色に脈動していた。


「上から行く」


 右手に炎を集中させ、左手に地属性を発動する。

 溶岩弾。

 炎で融解させた岩石を、上空から投下する。


 三発の溶岩弾が深層獣めがけて落下した。

 赤く燃える岩が空気を焼きながら、白い影に叩きつけられる。


 一体目が溶岩弾を吸収しようとした。

 体が赤く染まる。だが溶岩弾は属性攻撃と物理攻撃の複合だ。

 炎の部分は吸収されたが、岩石の質量までは吸い込めない。

 岩が深層獣の体を貫通し、地面に激突した。


「複合攻撃なら通る!」


 二体目にも溶岩弾を叩き込む。

 だが二体目は一体目の結果を見ていたかのように、体を平たく変形させて溶岩弾を避けた。


「避けた?」


 三体目が跳躍した。

 半透明の体が信じられない高さまで跳ね上がり、カイトの高度に迫る。


「学習してやがる!」


 深層獣は一体目への攻撃パターンを観察し、対策を立てていた。

 溶岩弾の軌道を予測して回避する個体。

 跳躍して空中のカイトに迫る個体。


 カイトは風で横に飛んだ。

 三体目の爪が空を切る。半透明の爪が星脈の光を纏い、空気を裂いた。


「ソフィア!」


「任せて!」


 ソフィアが水の結界を展開した。

 だが全体を覆うのではない。

 五体の深層獣の間に水の壁を立て、空洞を区切った。


 水の壁が三枚。

 五体の深層獣が、二体、二体、一体に分断される。


「一体ずつ潰す!」


 カイトは急降下した。

 分断された一体に向かって、炎と風を同時に放つ。

 火炎の渦が深層獣を包み込んだ。


 吸収が始まる。

 体が赤く染まっていく。


 だがカイトは止まらなかった。

 渦の回転を維持したまま、水属性を追加で叩き込む。


 炎から水への切り替えではない。

 火炎の渦の中に、水流を捻じ込んだ。


 蒸気爆発。


 炎と水が衝突し、爆発的な蒸気が深層獣の体を内側から破裂させた。

 半透明の体が飛散し、核紋の欠片が散らばる。


「一体目!」


 水の壁の向こうで、二体目が壁を食い破ろうとしていた。

 ソフィアの水属性を吸収しながら壁に体当たりしている。


「壁が持たない! 早く!」


 カイトは二体目に向かった。

 同じ手は通じない。

 火炎の渦を放つと、二体目は体を薄く広げて表面積を増やし、吸収速度を上げた。


「炎を学習してる」


 カイトは炎を切り、地属性に切り替えた。

 足元から石柱を打ち上げ、薄く広がった深層獣の体を串刺しにする。


 体が茶色に変色する。地属性の吸収。

 だが石柱の物理的な質量が体を貫通し、動きを封じた。


 その隙に、風の刃で細切れにする。


「二体!」


 三体目と四体目がソフィアの水壁を同時に突破した。

 二体が左右からカイトを挟み撃ちにする。


「マルク!」


「おう!」


 マルクが盾を構えて三体目の前に立ちはだかった。

 物理攻撃は効かないが、盾に張られた星脈鉄の防御紋が深層獣の突進を一瞬だけ弾く。


 一瞬で十分だった。


 カイトは四体目に集中し、四属性の高速切り替えを叩き込んだ。

 炎。水。地。風。

 〇・五秒間隔の連打。


 四体目が処理落ちを起こし、体に亀裂が走る。

 カイトは火炎の渦でとどめを刺した。


 三体目に振り返る。

 マルクが弾き飛ばされていた。


「マルク!」


「平気だ——腕が痺れただけ」


 エルザがマルクを引きずって後退させる。


 三体目がカイトに向かってきた。

 だがソフィアが横から水流を叩き込み、体勢を崩させる。


 カイトは降下し、地属性の石柱と風の刃の連携で三体目を仕留めた。


 四体。


「あと一体」


 五体目は動かなかった。

 空洞の隅で、他の四体が倒される様子を見ていた。

 半透明の体がゆっくりと色を変えている。赤、青、茶、緑——四色が順番に体表面を流れていく。


「学習が完了してやがる。俺のパターンを全部見てた」


 五体目が動いた。


 速い。

 他の四体とは段違いの速度でカイトに迫り、半透明の爪が短剣を弾き飛ばす。


 カイトは風で上昇して距離を取った。

 溶岩弾を放つ。五体目は正確に回避する。

 四属性の高速切り替えを仕掛ける。五体目は吸収速度を変化させ、処理落ちを防いだ。


「——厄介だな」


 ソフィアが叫んだ。


「カイト、追い込んで! 北側の壁に!」


 意図を理解した。

 カイトは五体目の退路を塞ぐように溶岩弾と風の刃を連射し、北側の壁面に追い込んだ。


 ソフィアが全力の水流を壁面に叩きつけた。

 水が壁の星脈と反応し、結界が形成される。

 五体目が壁面に張りつけにされた。


 カイトは火炎の渦を全力で放った。

 逃げ場のない五体目が吸収を試みるが、壁面の星脈結界がエネルギーの循環を遮断している。

 吸収が機能しない。


 火炎の渦が五体目を焼き尽くした。


「——5体」


 カイトは地面に降り立った。


 膝が震えていた。


 核紋の負荷が、今までにない水準に達している。

 体内で五つの核紋が軋みを上げている。器の壁に圧力がかかっているのが、はっきりとわかった。


「詰め込みすぎか……。器がきしむ」


 ソフィアが駆け寄り、治癒を施した。

 だが今回は、治癒の効きが遅い。

 核紋の負荷は外傷ではない。器そのものの問題だ。


「休みなさい。これ以上は危険よ」


「ああ」


 カイトは壁に背を預けた。


 五体の深層獣が消えた跡に、白銀の核紋の欠片が散らばっている。

 16Fの一体目と同じ色。星脈そのものの色。


 高純度の核紋だ。

 今までに取り込んだどの核紋よりも密度が高い。


 だが——不安定だ。

 欠片の光が明滅している。規則的ではなく、断続的に強弱を繰り返す。

 まるで壊れかけた心臓のように。


「あの核紋、喰えると思うか」


 ソフィアに聞いた。


「吸収できるかどうかと、していいかどうかは別の問題よ」


「わかってる」


 カイトは欠片を見つめた。


 吸収すれば、今の器の状態では容量が限界に近づく。

 不安定な核紋を取り込めば、体内で暴走するリスクがある。


 だが純度は高い。

 手に入れられれば、今までにない力が得られるかもしれない。


 カイトは手を伸ばしかけた。


 右腕の石化痕が痛んだ。


 鋭い痛みではない。

 内側から圧迫されるような、鈍い疼きだ。

 核紋が「これ以上は」と警告しているように感じた。


 カイトは手を下ろした。


 欠片が光を失い、ゆっくりと消散していく。


「喰えるけど、喰っていいかわからねぇ。……こんなの初めてだ」


 今まで、喰うか見送るかは単純だった。

 取り込めるなら取り込む。

 強くなるなら、何でも取り込む。


 だが器に限界がある。

 詰め込みすぎれば壊れる。

 壊れれば——死ぬ。


「選ばないといけないのか。何を喰って、何を見送るか」


 ソフィアが何も言わずに、カイトの隣に座った。


 治癒の光が静かにカイトの体を包んでいる。

 五つの核紋が少しずつ落ち着いていく。


 17Fの空洞は静かだった。

 星脈の白い光だけが、二人を照らしていた。

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