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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#49 記憶の断片

地上に戻ったのは、夜半だった。


 ダンジョンの入口を出ると、カスカーラの街は静まり返っていた。

 星が出ている。月は半分だけ顔を出し、石畳の通りを青白く照らしていた。


「宿に戻ろう。明日、記憶の整理をする」


 ソフィアが言った。

 マルクとエルザは疲労が濃い。星脈の共鳴が二人の核紋にも影響したらしく、顔色が悪い。


「先に休め。俺はもう少しここにいる」


「一人で何をするつもり」


「考え事だ」


 ソフィアは数秒、カイトの横顔を見つめた。

 何か言いかけて、やめた。


「……一時間で戻りなさい。風邪を引くわよ」


「核紋喰いは風邪を引かない」


「引くわよ、普通に」


 マルクとエルザが先に宿へ向かった。

 ソフィアも振り返りながら路地に消える。


 カイトはダンジョンの入口の石段に腰を下ろした。


 目を閉じた。


 壁面の紋章から流れ込んだ記憶が、まだ頭の中に残っている。

 映像は薄れつつあるが、感覚として体に刻まれていた。


 暗闇の中の少年。

 空の核紋。

 裂けた大地。

 祈りの声。


 カイトは記憶の断片を一つずつ反芻した。


 少年は、自分とよく似ていた。

 ボロボロの服。痩せた体。空の器。

 何も持たないのに、大地が裂ける方へ歩いていった。


 あの少年は百年前の人間だ。

 大崩落の時代に生きていた誰か。

 記憶を残したのは別の人物——あの声の持ち主だ。


 女の声。

 若くはなかった。疲弊していた。

 だが祈りの言葉には、折れない芯があった。


『全てを喰らう力を持つ者が、いつか現れる』


 百年前の女は、空の器の存在を知っていた。

 いや——予見していた。

 空の器を持つ者が現れることを見越して、壁面に紋章を刻み、記憶を封じた。


「あの女は……大聖女か」


 大崩落を封じた大聖女アリーシア。

 エルザが解読した碑文にも、ソフィアが読んだ壁面の古代文字にも、同じ内容が記されていた。


 封印の核。

 大聖女が命と引き換えに作り出した封印の結晶が、ダンジョンの最深部にある。


 記憶の中で、大聖女は空の器の少年を見ていた。

 未来の後継者を予見して——メッセージを残した。


 カイトは目を開けた。


「百年前に死んだ人間の記憶が、俺の体の中にある」


 声に出して言ってみた。

 荒唐無稽な話だ。だが右腕の石化痕が脈動しているのは事実で、壁面の紋章が反応したのも事実だ。


「大聖女は後継者を予見していた。空の器に封印の核を託す——碑文にもそう書いてあった」


 つまり、自分は百年前から想定されていた存在だ。

 空の器を持って生まれ、核紋を喰い続け、最深部の封印に辿り着く者。


 偶然なのか。

 それとも、誰かに仕組まれていたのか。


 カイトは首を振った。

 考えても答えは出ない。


 だが一つだけ、確かなことがある。

 記憶の中の少年は、自分と同じ「空」だった。

 何も持たない。何も与えられていない。

 それでも、崩れゆく大地に向かって歩いた。


 あの少年が自分だったかもしれない。

 百年の時を隔てて、同じ器を持って生まれた別の人間。

 大聖女はその少年を見て、次の器を待つことを決めたのかもしれない。


 わかっているのは一つだけだ。


 封印の核は、この下にある。


「あの記憶に映った場所だ。この下に——何かがある。俺を呼んでるものの正体を突き止める」


 石段の横に足音が聞こえた。

 振り返ると、ソフィアが壁に背を預けて立っていた。


「一時間経ってないだろ」


「経ったわよ。あんたが考え込んでただけ」


 ソフィアがカイトの隣に座った。

 肩は触れない距離。


「壁面の古代文字、もう少し解読が進んだの」


「何がわかった」


「ダンジョンの成り立ちよ。百年前の大崩落で星脈が地上に噴出して、それが凝固してダンジョンになった。このダンジョン自体が大崩落の痕跡なの」


「知ってた。エルザの碑文解読で」


「でも壁面にはもっと詳しく書いてあった。最深部に封印の核がある。大聖女が命を捧げて作り出した封印の結晶。星脈の暴走を抑えている楔」


「楔が弱ってるから地震が起きてる、ってことか」


「たぶんね。新通路が開いたのも、封印が劣化して星脈が漏れ出してるからだと思う」


 カイトは空を見上げた。

 半分の月が雲に隠れようとしている。


「あの記憶の声は、俺に封印の核を託すと言った。喰えってことだろうな」


「空の器で封印の核を吸収する?」


「わからない。でも記憶の中では、空の器に核を預けると言ってた。預けるってのが吸収なのか別の何かなのかは——行ってみないとわからない」


 ソフィアは黙っていた。


「ソフィア」


「何」


「壁面の紋章は三つあった。中央は俺が喰えた。でも左右は無理だった。音と光——俺の力じゃ触れられない属性だ」


「三つの力が集うとき、封印は再び息を吹き返す。壁面にそう書いてあったわね」


「俺一人じゃ足りないってことだ。あと二人、別の力を持った奴がいる」


「西と北から感じた波動。あれが残りの二人?」


「かもしれない」


 風が吹いた。

 夜のカスカーラの海風が、二人の間を通り抜けていく。

 潮の匂いに混じって、ダンジョンの入口から星脈の微かな香りが漂ってくる。鉄と石と、古い記憶の匂い。


「あんた、さっきの記憶で何を見たの。全部は聞いてないわ」


「少年がいた。俺と同じくらいの歳の。核紋が空で、ボロボロの服を着て、膝を抱えてた」


「あんたみたいね」


「似てた。似すぎてた。そいつが大地の裂ける方に歩いていくところで、映像が終わった」


「その少年がどうなったかは」


「わからない。でも大聖女はそいつを見て、俺たちのような器が現れることを信じた。百年後の今まで待つことを決めたんだ」


 ソフィアは黙って聞いていた。

 海風が彼女のポニーテールを揺らしている。


「でも今はまだ、目の前のことだ。封印の核の場所はわかった。この下のもっと深い階層にある。まずはそこに辿り着く」


「17F以降も深層獣が出るわ。あの戦い方を続けたら核紋の負荷で体が持たない」


「持たせる。方法を考える」


「……あんたらしいわね」


 ソフィアが小さく笑った。


 カイトは立ち上がった。

 石段の上から、ダンジョンの入口を見下ろす。

 白い光が奥から微かに漏れている。

 星脈の脈動。百年前から止まらない鼓動。


「この記憶を残した人間は、百年前に死んでいる」


 カイトの声は夜の空気に溶けた。


「……なのに、俺の体の中でまだ生きてるみたいだ」


 右腕の石化痕が脈動した。

 壁面の紋章から流れ込んだ記憶が、核紋の奥底で静かに呼吸している。


 百年前の祈り。

 空の器への託宣。

 まだ声が、聞こえる気がした。


 ソフィアが隣に立ち、ダンジョンの入口を一緒に見つめた。


「行きましょう。明日じゃなくていい。少し休んでから——でも、早く」


「ああ」


 半分の月が雲から顔を出した。

 カスカーラの街を、白い光が照らしていた。

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