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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#47 星脈の異空間

16Fへの階段を降りた瞬間、足が浮いた。


 比喩ではない。

 文字通り、カイトの体が地面から五センチほど持ち上がった。


「なんだ」


 風属性は使っていない。

 体が勝手に浮いている。


「重力が……おかしい」


 ソフィアが壁に手をついてバランスを取った。

 髪が不自然な方向にたなびいている。上でも下でもない、斜めに。


「足元を見ろ」


 マルクの声に視線を落とした。

 床面の石畳が消えていた。

 代わりに、白く脈動する光の筋が地面を走っている。


 星脈だ。


 露出した星脈が床を埋め尽くし、壁面にも天井にも張り巡らされている。

 通路全体が白い光に包まれ、影という概念が消失していた。


「暗視が要らないな」


 カイトは闇属性を切った。

 星脈の光だけで、空間の隅々まで見通せる。


「これが16Fか」


 エルザが壁面の星脈に手を伸ばし、触れる直前で止めた。


「直接触れない方がいいわ。星脈のエネルギーが凝縮されすぎている。人間の核紋と干渉する可能性がある」


「俺の核紋は干渉どころか共鳴してるぞ」


 カイトの体内で、五つの核紋が同時に震えていた。

 闇。水。地。炎。風。

 全てが星脈の光に呼応して、低い振動を繰り返している。


「痛くはないのか」


「痛くはない。ただ——うるさい」


 体の内側から響く振動が、頭の奥にまで伝わってくる。

 不快ではないが、集中力を削がれる感覚があった。


「ここにいるだけで核紋に負荷がかかる。長居はできないわね」


 ソフィアが水属性の結界を薄く展開し、四人を包んだ。

 結界の内側で星脈の共鳴が和らぐ。


「ありがたい」


「長時間は持たないわよ。私の魔力にも限界があるから」


 四人は重力の乱れに足を取られながら、通路を進んだ。

 壁が不規則に膨らみ、天井が低くなったり高くなったりする。

 空間そのものが生き物の体内のように脈動していた。


「前方に何かいる」


 マルクが盾を構えた。


 通路の先に、影が揺れていた。

 いや——影ではない。

 光だ。


 星脈の白い光と同じ色をした何かが、通路の中央に浮かんでいる。

 体の輪郭が半透明で、内部に星脈のエネルギーが渦巻いているのが見える。


 四足獣の形をしていた。

 狼に似ているが、体長は三メートルを超える。

 半透明の体表面に、脈動する星脈の光の筋が走っている。


「これが……深層獣か」


 エルザが息を呑んだ。


「ギルドの記録にはない魔物。16F以降にしか生息しない」


 深層獣が咆哮した。

 音ではなく、星脈の振動として伝わってくる。

 カイトの核紋が激しく脈動し、ソフィアの結界にひびが入った。


「来るぞ!」


 カイトは短剣を抜き、深層獣に斬りかかった。

 星脈鉄の刃が半透明の体を切り裂く——はずだった。


 短剣が素通りした。


 刃が深層獣の体を通過し、手応えがない。

 まるで煙を切ったような感触だった。


「物理が効かない——!」


「魔法で!」


 カイトは右手に炎を集中させ、至近距離で叩き込んだ。

 赤い炎が深層獣の体を包む。


 だが——炎が吸い込まれた。


 深層獣の半透明の体が赤く染まり、カイトの炎を内部に取り込んでいく。

 そして、深層獣の口から赤い光球が放たれた。


 カイトの炎が、そのまま反撃として返ってきた。


 カイトは咄嗟に風属性で横に跳んだ。

 光球が壁面に着弾し、星脈の結晶が砕け散る。


「吸収して反撃に転じやがった」


「属性攻撃を取り込んで、そのまま返すのか。厄介ね」


 ソフィアが水の壁を展開して光球を受け止めた。

 だが水の壁も半分が吸収され、残りが蒸発する。


「水もダメだ!」


「マルク、下がれ。エルザも」


 カイトは宙に浮いた。

 風属性で高度を取り、深層獣を見下ろす。


 物理は効かない。

 属性攻撃は吸収される。

 吸収された攻撃は反撃に転じる。


 なら——吸収しきれない量を叩き込めばいい。


「違うな」


 カイトは首を振った。

 量で押しても、吸収量が増えるだけだ。反撃も大きくなる。


 問題は「吸収」にかかる時間だ。


 炎を吸収している間、深層獣の体が赤く染まっていた。

 赤い光球を放つまでに、1秒ほどの間があった。


 1秒。


「吸収してから反撃まで1秒。なら——」


 カイトは右手に炎を灯した。

 深層獣に向けて放つ。

 体が赤く染まる。


 0.5秒後——吸収が完了する前に、左手から水の奔流を叩き込んだ。


 深層獣の体が赤から青に切り替わる。

 炎の吸収が中断され、水の吸収に移行する。


 さらに0.5秒後、足元の地面を地属性で隆起させ、深層獣の体を下から突き上げた。


 体が茶色に切り替わる。

 水の吸収が中断。


 そして風の刃を叩き込む。


 炎。水。地。風。

 0.5秒間隔で四つの属性を連続で切り替える。


 深層獣の体が赤、青、茶、緑と目まぐるしく変色した。

 一つも吸収しきれない。反撃に転じられない。

 内部のエネルギーが暴走し、半透明の体に亀裂が走り始める。


「処理落ちだ。喰らいきれないだろ」


 カイトは最後に炎と風を同時に放った。

 火炎の渦が深層獣の体を貫く。


 半透明の体が砕け散った。

 星脈のエネルギーが霧のように拡散し、通路を白い光で満たした。


「……倒した」


 マルクが盾を下ろした。


「属性を高速で切り替えて吸収のパターンを壊す。カイトの多属性保持だからできる戦術ね」


 エルザがメモを取っている。


「一属性しか持たない冒険者には対処不能。金級以上を推奨する理由がわかったわ」


 カイトは地面に降り立った。

 核紋の負荷がじわりと体を圧迫している。四属性を0.5秒間隔で切り替える動きは、同時発動以上に核紋を酷使する。


「ソフィア、回復を頼む」


「わかったわ。動かないで」


 ソフィアの水属性の治癒がカイトの体を包んだ。

 核紋の脈動が徐々に落ち着いていく。


 カイトは深層獣が消えた場所を見つめた。


 散らばった星脈のエネルギーの中に、小さな光の欠片が浮かんでいた。

 核紋の欠片だ。


 だが——色がおかしい。


 今まで取り込んできた核紋の欠片は、属性に応じた色をしていた。

 炎なら赤。水なら青。地なら茶。風なら緑。闇なら紫。


 目の前の欠片は、そのどれでもなかった。

 白銀。

 星脈そのものと同じ色。


「何だ、これは」


 カイトは欠片に手を伸ばしかけて、止まった。


 五つの核紋が警告するように震えている。

 喰えるのか、受け付けないのか。

 喰っていいのか、触れてはいけないのか。


 判断がつかない。


「カイト?」


 ソフィアが声をかけた。


 カイトは手を下ろした。

 白銀の欠片がゆっくりと光を失い、消散していく。


「……今のは見送る」


「珍しいわね。あんたが喰わないなんて」


「喰えるのか、これ……?」


 カイトは消えた欠片の残光を見つめた。

 右腕の石化痕が、星脈の光と同じリズムで脈動していた。

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