#45 銀級冒険者の実力
ギルド本部の受付は、朝から騒がしかった。
「15Fボス、ワイバーン亜種。単独パーティで撃破」
受付嬢が報告書を読み上げた。
声が震えていた。
「討伐者、カイト・アッシュフォード。パーティメンバー、ソフィア・ヴァイスリッター。銀級二名」
ロビーに集まった冒険者たちがざわめいた。
「ワイバーン亜種って、12Fの雑魚じゃないぞ。15Fの主級だろ」
「翼幅10メートル超って、竜種に近い個体じゃないか」
「しかも二人で倒したのか? パーティ四人じゃなく?」
「マルクとエルザは新通路に入れなかったらしい。星脈の密度が高すぎて」
カイトは受付の前に立ち、素材の鑑定書を受け取った。
ワイバーン亜種の鱗と翼膜。
金貨五十枚以上の値がついている。
「カイトさん。これで15Fの主級を二度撃破ですね。結晶竜と、今回のワイバーン亜種」
「ああ」
「銀級の実績記録を大幅に更新しています。正直、金級に匹敵する戦績です」
カイトは鑑定書を折り畳み、ポケットに入れた。
「金級は別にいらない。次の階層に進む許可だけくれ」
「16F以降は推奨ランク金級以上ですが、実績を考慮すれば特例許可が出せるかもしれません。上に掛け合ってみます」
「頼む」
ソフィアがカイトの横に並んだ。
「あっさりしてるわね。金貨50枚よ?」
「金はマルクとエルザの装備更新に回す。あいつらも早く深層に連れて行きたい」
「あんたって、お金に興味ないのね」
「興味がないんじゃない。使い道が決まってるだけだ」
* * *
昼過ぎ。
ギルド併設の酒場「銅の角杯」。
カイトとソフィアがテーブルについた。
マルクとエルザも合流し、四人でワイバーン亜種の戦闘報告をしていた。
「翼の付け根を短剣で切ったのか。空中戦でか?」
「石柱を打ち上げて足場にした。風属性の加速で飛んだ」
「風属性って……お前、いつの間に」
「喰った。ワイバーンの核紋を」
マルクが杯をテーブルに置いた。
「お前、もう6属性か」
「ああ。闇、水、地、炎、地、風」
「頭おかしいな」
「褒めてるのか」
「呆れてんだよ」
エルザがノートを広げた。
「風B級の吸収で、核紋の総容量はかなり圧迫されているはずよ。次にC級以上を喰ったら」
「わかってる。慎重にやる」
エルザが眼鏡の位置を直した。
カイトが自分から「慎重にやる」と言ったことに驚いたらしい。
「……何か変わった?」
「別に」
ソフィアがエールを口に運びながら、小さく笑った。
酒場の扉が開いた。
ヴェルナー・グリフォンハートが入ってきた。
金のプレートが揺れている。
後ろに部下はいない。
一人だ。
ヴェルナーはカイトたちのテーブルを見つけ、足を止めた。
数秒の沈黙。
ヴェルナーがカウンターに向かい、ワインを一杯注文した。
席についてグラスを傾け、カイトの方を見た。
「銀級風情が15Fのボスを倒した?」
声が酒場に響いた。
周囲の冒険者たちが視線を向ける。
「報告書を読んだが、にわかには信じがたいな。ワイバーン亜種を二人で? しかも銀級の?」
カイトはエールを飲み続けた。
返事をしなかった。
「報告書の捏造ではないのか。ギルドも確認が甘い」
「ヴェルナー」
ソフィアの声が冷たかった。
「あんた、15Fの結晶竜に全滅したわよね。カイトに助けられて」
酒場が静まった。
ヴェルナーの顔が赤くなった。
「あれは……状況が悪かっただけだ。装備の相性が」
「装備の問題じゃなかったでしょ。実力の問題でしょ」
ソフィアの一言が、酒場の空気を変えた。
周囲の冒険者たちがヴェルナーを見る。
同情ではない。
冷ややかな視線だった。
ヴェルナーが立ち上がった。
「黙れ。没落騎士の娘が」
「座ってろ」
カイトの声だった。
静かだった。
怒りではない。
ただの事実を告げる声。
「報告書が嘘かどうか、自分で見に行けばいいだろ」
ヴェルナーが口を開いた。
何か言い返そうとした。
カイトが右手を上げた。
ヴェルナーのグラスの中のワインが、音もなく消えた。
蒸発した。
風属性の極細の気流がグラスの中を通過し、液体だけを瞬時に気化させた。
グラスは無傷。
テーブルも無傷。
ワインだけが跡形もなく消えている。
酒場が凍りついた。
誰も声を出さなかった。
ヴェルナーが空になったグラスを見つめた。
何が起きたか理解するのに三秒かかった。
風属性。
銀級の冒険者が、金級の自分の目の前で、グラスの中身だけを蒸発させた。
触れもせず。
動きすら見えなかった。
ヴェルナーの手が震えた。
グラスを握る指が白くなっている。
「……いつから風を」
「最近だ」
カイトはエールを飲み干した。
立ち上がる気配はない。
座ったまま、ヴェルナーを見上げている。
灰色の瞳に敵意はなかった。
だが力の差が、目に見える形で示されていた。
ヴェルナーはグラスをテーブルに置いた。
手がまだ震えている。
何も言わず、踵を返した。
酒場の扉を押し開け、出ていった。
扉が閉まった後も、酒場は静かだった。
マルクが口笛を吹いた。
「グラスの中身だけ蒸発って。お前、いつの間にそんな器用なことできるようになったんだ」
「昨日の夜、一晩中練習した」
「そういう使い方するために練習したのか」
「違う。でも、使えるなとは思った」
エルザが小さく溜息をついた。
「風属性で液体を気化させるには、極めて精密な気流制御が必要よ。グラスを壊さずに中身だけ。B級でも上位の制御力だわ」
「昨日の暴走が嘘みたいだな」
ソフィアがカイトの横で静かに言った。
「暴走したから、制御の仕方がわかった。どこまでやると暴走するか、境界線が見えた」
「暴走してよかったって言いたいの?」
「お前の頬を切ったことは、よくない」
ソフィアは何も言わなかった。
ただエールを口に運んだ。
* * *
夕方。
四人が酒場を出ると、ギルド本部のロビーを通り過ぎた。
カイトの足が止まった。
ロビーの奥。ギルド幹部の執務室の前で、二人の男が小声で話している。
一人はギルド幹部のゲルハルト。
分厚い体格の中年で、金のプレートを着けた元冒険者だ。
もう一人の顔は見えなかった。
カイトの暗視が、唇の動きを捉えた。
——核紋なしの冒険者が、なぜこれほど——
——調査の必要が——
——上の判断を——
カイトは足を進めた。
振り返らなかった。
「どうしたの?」
ソフィアが聞いた。
「何でもない」
嘘だった。
だが今は気にしている暇がない。
16Fへの特例許可。
深層攻略の準備。
風属性の精密制御の訓練。
やることは山ほどある。
カイトはギルドの扉を押し開け、外に出た。
夕日がカスカーラの街を赤く染めている。
銀のプレートが夕日を反射して光った。
背後で、幹部の執務室の扉が静かに閉まった。
その向こうで交わされている会話の内容を、カイトはまだ知らない。




