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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#43 ワイバーンの核紋

空洞に踏み込んだ瞬間、風が吹き上がった。


 翼の風圧だ。

 巨大なワイバーンが結晶の柱の上から飛び立ち、天井に向かって旋回した。

 翼幅は十メートルを超える。

 12Fで戦った個体の三倍。

 結晶竜クリスタとは体型が違う。こいつは空を飛ぶ。


 風が、来た。


 ワイバーンの口腔から緑白色のブレスが放たれた。

 風属性の圧縮された空気が刃になって、床を切り裂いた。


 カイトは横に跳んだ。

 床の石畳が斜めに割れ、断面が鏡のように滑らかだった。

 触れれば体ごと切断される。


「空中ブレスかよ……!」


「上を取られてる。地上戦じゃ不利よ!」


 ソフィアが水の壁を展開した。

 二撃目のブレスが水壁に叩きつけられる。

 水が弾け飛び、ソフィアの髪が乱れた。


「防げる?」


「二、三発が限界。あの風圧、B級よ」


 B級。

 ソフィアの水属性と同格。

 正面から受け続ければ、いずれ押し負ける。


 ワイバーンが旋回し、三度目のブレスを溜めた。


 カイトは足元を見た。


 結晶の柱が空洞の各所に立っている。

 天井に届くほどの高さ。

 あれを足場にできれば。


「地属性、使う」


 カイトは地面に掌を叩きつけた。

 地C級の力で岩盤を操作する。


 石柱が床から突き出した。

 カイトが立つ場所から垂直に、十メートルの高さまで。


 石柱の先端に飛び乗った。


「まだ足りねぇ」


 二本目を打ち上げた。

 一本目の頂上から、さらに上に。


 ワイバーンが旋回の頂点で向きを変えた。

 カイトを捉えている。


 ブレスが来た。


 カイトは石柱を蹴り、空中に飛び出した。

 ブレスが石柱を切断する。

 上半分が崩落していく。


 カイトは空中にいた。

 落下が始まる。


 風属性。


 マルクの風矢で見た使い方。

 風を纏い、空中での機動力を得る。

 カイトは体に風を巻きつけ、落下の軌道を変えた。


 横方向に加速した。


 ワイバーンの腹に向かって。


 短剣を逆手に構えた。

 怪力を右腕に集中する。


 ワイバーンが反応した。

 翼を叩きつけようとする。


 遅い。


 カイトは風の加速でワイバーンの翼の下を潜り、腹に短剣を突き立てた。


 鱗が硬い。

 だが怪力を乗せた一撃が鱗を割り、刃が肉に沈んだ。


 ワイバーンが絶叫した。

 空洞全体が揺れ、天井から結晶が落ちてくる。


 カイトは短剣を引き抜き、ワイバーンの体を蹴って離脱した。

 風を纏い、天然の結晶柱に着地する。


 血が降ってきた。

 ワイバーンの腹から垂れた黒い血が、結晶の柱を汚す。


「翼を落とせば飛べなくなる。ソフィア!」


「わかった!」


 ソフィアが水流を集中させた。

 B級の水圧をワイバーンの右翼の付け根に叩きつける。


 ワイバーンがブレスで水流を切り裂こうとした。

 その隙にカイトが石柱を蹴り、再び空中に飛び出した。


 三本目の石柱を打ち上げ、足場にして跳ぶ。

 ワイバーンの背面に回り込んだ。


 左翼の付け根。

 鱗が薄い。


 短剣を突き込み、捻った。

 肉を裂き、腱を切る手応えがあった。


 ワイバーンの左翼が垂れ下がった。


 バランスを崩したワイバーンが螺旋を描いて降下した。

 右翼だけでは体を支えられない。


 ソフィアの水流が右翼を叩いた。

 ワイバーンの巨体が傾き、墜落していく。


 床に激突した。


 衝撃波が空洞全体を揺らし、結晶の破片が嵐のように舞い上がった。

 カイトは結晶柱の上からワイバーンを見下ろした。


 翼を失った竜が床でもがいている。

 脚で立ち上がろうとするが、腹の傷が深く、血が地面に溜まっていた。


 カイトは柱から跳び降りた。

 風を纏い、着地の衝撃を殺す。


 ワイバーンの前に立った。


 琥珀色の瞳が、カイトを睨んでいる。

 口腔にブレスの光が溜まった。


 最後の一撃。


 カイトは正面から突っ込んだ。


 ブレスが放たれた。

 風の刃が真正面から迫る。


 右腕を前に出した。

 石化痕が白く光り、地属性の岩壁が腕の前に展開する。

 風の刃が岩壁を削る。

 押される。

 だが——止まった。


 岩壁の陰からカイトが飛び出した。

 怪力を込めた短剣を、ワイバーンの額に突き立てた。


 刃が鱗を割り、頭蓋を貫いた。


 ワイバーンが動きを止めた。

 琥珀色の瞳から光が消えていく。


 巨体がゆっくりと崩れ、床に倒れ伏した。


* * *


 ワイバーンの胸から、緑色の光が浮かび上がった。


 核紋の欠片。

 風属性。

 鮮やかな緑色の光が、空洞の中で脈動している。


 カイトの目が金色に変わった。


 体内の核紋が一斉に反応する。

 闇、水、地、炎、地。五つの属性が、六つ目の仲間を求めるように震えている。


「風B級……」


 ソフィアが息を切らしながら駆け寄ってきた。


「飛行能力よ。吸収すれば空を飛べるようになる。でも——B級の副作用は危険だって、エルザが言ってたわ」


 カイトは核紋の欠片を見つめた。


 飛べるようになる。

 空中戦ができるようになる。

 今までの地上戦の限界を超えられる。


 結晶の騎士の時は喰わなかった。

 同じ属性だったから。

 だがこれは違う。

 風属性はまだ持っていない。

 飛行能力は、この先の深層攻略に必要だ。


「喰う」


「カイト——」


「止めるなよ」


 手を伸ばした。


 緑色の光が掌に吸い込まれた。


 瞬間、全身に嵐が叩きつけられた。


 風が体の内側から吹き荒れる。

 皮膚の上を風が走り、髪が逆立ち、服が千切れそうになる。

 体内の核紋が六つになった。

 空の器が軋む。


 痛い。

 骨が、筋肉が、血管が。風に引き裂かれるような痛みだ。


 視界が緑に染まった。


 風の流れが見える。

 空洞の中の空気の動き、結晶の間を抜ける微風、ソフィアの呼吸が起こす小さな風。全てが見えた。


 背中に何かが生えた。


 風が形を取り、翼の輪郭を描いた。

 透明な、風でできた翼が一瞬だけ顕現した。


 体が浮いた。


「——っ!」


 制御できない。

 風が勝手に体を持ち上げる。

 床から離れ、一メートル、二メートル——


「カイト!」


 五メートル。

 十メートル。


 天井に向かって加速していく。


 止められない。

 風属性が暴走している。

 体中を流れる風が制御を受け付けず、カイトの体を弄んでいる。


 天井が迫った。


 結晶の柱の先端が目の前に。


 衝突の寸前——水の鎖が足首に巻きついた。


 引き戻された。


 ソフィアがB級の水属性を全力で放ち、水の鎖でカイトの体を引き寄せていた。

 両手を頭上に伸ばし、歯を食いしばっている。


「バカ! 暴走してるのよ!」


 水の鎖がカイトの体を引き下ろした。

 床に叩きつけられる——寸前で、ソフィアが水の膜でクッションを作った。


 背中から着地した。

 衝撃で肺の空気が全部吐き出された。


 天井を見上げた。

 視界がまだ緑色に染まっている。

 体の中で風が暴れている。

 止められない。

 止め方がわからない。


 ソフィアの顔が上から覗き込んだ。


「目。まだ金色のままよ」


 カイトの灰色の瞳が、金色に光り続けていた。

 核紋の暴走が、まだ収まっていない。


 体の中を風が駆け巡っている。

 核紋が軋み、器が悲鳴を上げている。


 六つ目の属性。

 空の器に詰め込むには——重すぎた。

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