#42 15Fの門番
それは騎士だった。
結晶の体に結晶の鎧。
右手に結晶の大剣を握り、左手に結晶の盾を構えている。
身長は三メートル。
人型だが、人ではない。
星脈の光を浴びて、全身が白く輝いていた。
「……ゴーレムか?」
「違うわ。ゴーレムは岩を寄せ集めた塊。あれは最初から『騎士の形』に結晶化した個体よ」
ソフィアが剣を抜いた。
結晶の騎士が首を動かした。
頭部の結晶に目はない。
だがカイトとソフィアの位置を正確に捉えている。
星脈の振動で周囲を感知しているのだろう。
「データがないって言ったわよね」
「ああ。だから今から調べる」
カイトは炎を右手に灯し、投げつけた。
C級の火球が結晶の騎士に直撃した。
そう思った。
炎が騎士の体表で結晶化した。
赤い炎が白い結晶に変わり、騎士の鎧に取り込まれる。
次の瞬間、結晶化した炎が弾丸のように跳ね返ってきた。
「っ——!」
カイトは横に転がった。
炎の結晶弾が背後の壁に激突し、結晶の破片が飛び散る。
「跳ね返された……!」
「反射能力。攻撃を結晶に変換して返す」
ソフィアが水流を放った。
B級の水属性が騎士の脚を狙う。
水が騎士の体表で結晶化した。
氷ではない。
純粋な結晶に変わり、水のエネルギーが白い弾丸として跳ね返る。
ソフィアが水の盾で自分の攻撃を受け止めた。
「水もダメ。属性攻撃を全部結晶化するのか」
「理屈は地属性の変形ね。外部からのエネルギーを結晶に変換する特殊な防御。ただし」
騎士が動いた。
三メートルの巨体が一息で間合いを詰めてきた。
大剣が横薙ぎに振られる。
カイトは伏せて回避し、床を転がった。
大剣が通過した空間に風圧が走り、壁面の結晶が砕ける。
「速い……!」
二撃目。
上段からの振り下ろし。
カイトは短剣で受けようとして、やめた。
受けたら短剣ごと腕が砕ける。
横に跳んだ。
大剣が床を叩き、石畳が粉砕された。
「炎も水も跳ね返す。正面から属性をぶつけても無駄か」
カイトは後退しながら考えた。
反射能力。
正面からの攻撃を結晶化して跳ね返す。
炎、水。おそらく風も同じだろう。
なら、属性攻撃以外で攻める。
「ソフィア、援護はいらない! 距離を取れ!」
「何する気?」
「属性で殴れないなら——足場を壊す」
カイトは地属性を足元に流した。
騎士が立つ床面を狙う。
岩盤が陥没した。
騎士の足元が崩れ落ちた。
地属性で床の構造を壊し、穴を開けた。
反射能力は騎士の体表にしか働かない。
足場の崩壊は跳ね返せない。
騎士が片膝をついた。
カイトは壁を蹴った。
風属性の加速を脚に乗せ、騎士の側面に回り込む。
風は騎士の体に当てない。
自分の移動にだけ使う。
それなら反射されない。
死角に入った。
騎士が盾を振り回すが、重い体では旋回が遅い。
カイトは騎士の背後に着地し、首の付け根を見た。結晶の鎧が薄い。
短剣を突き込んだ。
結晶が硬い。
短剣の刃がギリギリと音を立てる。
だが入った。
関節部の結晶は薄く、短剣の物理的な刺突は反射されない。
結晶化するのは属性エネルギーだけだ。
「通る——!」
短剣を捻り、抉った。
結晶の破片が飛び散り、騎士の首から亀裂が広がる。
騎士が立ち上がった。
大剣を振り回し、カイトを振り払おうとする。
カイトは短剣を抜いて跳び退いた。
壁を蹴り、天井の結晶柱に掴まる。
騎士が大剣を上段に構えた。
結晶の刃が白く光る。
「ソフィア、足をもう一回!」
「わかった!」
ソフィアが水流を騎士の足場に叩きつけた。
騎士の体ではなく、床に。
水が石畳を侵食し、騎士の足元がぬかるむ。
重い体が沈み込んだ。
カイトは天井から落ちた。
風属性を体にまとい、落下速度を加速させる。
騎士の首——亀裂の入った箇所に、短剣を叩き込んだ。
全体重と落下の勢いを乗せた一撃。
結晶が砕けた。
騎士の首が傾ぎ、体が大きく揺れた。
大剣が手から滑り落ち、床に突き刺さる。
カイトは着地し、もう一度跳んだ。
怪力を込めた拳で、亀裂の広がった首を殴り抜ける。
頭部が砕け散った。
騎士の巨体が、ゆっくりと後ろに倒れた。
結晶の破片が雪のように舞い上がり、星脈の光を反射して空洞全体が白く輝いた。
* * *
崩れた結晶の騎士の胸から、茶色い光が浮かび上がった。
核紋の欠片。
地属性。
カイトは手を伸ばしかけて——止めた。
「喰わないの?」
ソフィアが汗を拭きながら聞いた。
「地属性だ。俺はもう地C級を持ってる」
核紋の欠片が空中で明滅している。
手を伸ばせば喰える。
地属性の強化。岩壁生成の精度が上がるかもしれない。
だがカイトは手を下ろした。
「同じ属性を重ねても効率が悪い。器の容量には限りがある。ここで地を重ねるより、別の属性を取ったほうがいい」
「選ぶの?」
「ああ。もう何でもかんでも喰う段階じゃない」
核紋の欠片が光を失い、消散した。
カイトはそれを見届けた。
右腕の石化痕が静かに脈動している。
地C級を吸収した時の傷痕。
同じ属性を重ねれば、この痕がさらに広がるかもしれない。
「賢明な判断ね」
「褒めてんのか」
「珍しくまともなことを言ったから」
「うるせぇ」
カイトは短剣を鞘に戻した。
結晶の騎士の残骸を踏み越え、空洞の奥へ進む。
星脈の結晶が密度を増していた。
天井から垂れ下がる巨大な水晶の柱が、森のように林立している。
その間を縫うように、通路が続いている。
カイトは足を止めた。
空気が変わった。
結晶の森の向こうに、広大な空洞が広がっている。
天井は見えない。
洞窟の壁が遥か遠くまで後退し、ダンジョンの中とは思えない広さが現れた。
その空間の奥で、何かが動いた。
翼だ。
結晶の柱の隙間から、巨大な翼が見え隠れしている。
皮膜の翼。
爬虫類の鱗に覆われた、竜の翼。
カイトの核紋が一斉に震えた。
「ワイバーンか……?」
「違う。ワイバーンの群れなら12Fにもいた。でもあのサイズは——」
ソフィアが言葉を切った。
結晶の柱の向こうで、翼が広がった。
影が空洞の天井に届くほどの翼幅。
12Fのワイバーンの三倍はある。
結晶の隙間から、琥珀色の瞳が光った。
見られている。
「あれが15Fの主か」
カイトの声は静かだった。
だが掌に汗が滲んでいた。
翼を持つ影が蠢き、結晶の柱を揺らした。
欠片が降り注ぎ、星脈の光が乱反射する。
カイトは短剣の柄を握り直した。
右腕の石化痕が、心臓と同じ速さで脈動していた。




