#41 未踏破の入口
壁面が脈動していた。
白い光が通路の表面を伝い、心臓の鼓動のように明滅する。
星脈の結晶だ。
拳大の塊が壁から突き出し、触れてもいないのに体内の核紋が震えた。
「ギルドの進入禁止命令、もう忘れたの?」
ソフィアの声が後ろから飛んでくる。
「忘れたわけじゃない。無視してるだけだ」
「同じことよ」
カイトは足を止めなかった。
新通路の奥に向かって歩き続ける。
右腕の石化痕が白い光を浴びて脈動していた。
星脈の結晶と同じリズムで。
「マルクとエルザは?」
「入口で待機。この先のエネルギー密度じゃ、普通の核紋持ちは十分も持たない」
「だから俺たちだけか」
「あんたの空の器なら星脈と共鳴して安定する。私はあんたの近くにいれば水属性が緩衝材になる。理屈はエルザの受け売りだけど」
通路が狭まった。
天井から垂れ下がる結晶が額をかすめる。
星脈の光が密度を増し、空気そのものが重くなっていた。
足元が変わった。
土と岩の地面が、結晶質の硬い床に切り替わる。
ここから先は、既存のフロアとは地層が違う。
「未踏破区域ってことは、この先のモンスターのデータがないのよ」
「知ってる」
「知ってて行くのね」
「知らないから行くんだ。知りたいだろ、この先に何がいるか」
ソフィアが溜息をついた。
だが足は止めなかった。
* * *
壁面の結晶が増えた。
通路の両側が白く輝き、暗視が要らないほどの明るさだ。
カイトの核紋が唸った。
五つ全て。闇、水、地、炎、地が同時に震えている。
体の内側から引っ張られる感覚。
この先に、何かがいる。
足を止めた。
「カイト?」
「静かに」
耳を澄ませる。
結晶の壁の向こうから、微かな振動が伝わってきた。
地面を踏みしめる重い足音。
一つじゃない。
三つ。
壁が砕けた。
結晶の破片が飛び散り、岩の拳が通路を塞ぐように突き出した。
ストーンゴーレム——だが、普通のやつとは違う。
体表が星脈の結晶で覆われている。
通常のストーンゴーレムより一回り大きく、結晶が脈動するたびに体が膨張する。
「変異型か……!」
三体が壁を割って通路に雪崩れ込んできた。
一体目が拳を振り下ろした。
カイトは横に跳び、結晶の壁に肩をぶつけながら回避する。
拳が床を砕き、破片が散弾のように飛んだ。
「通路が狭い。まともに戦えない」
「後ろに引く?」
「いや——押し通る」
カイトは右手に炎を灯した。
C級の赤橙色の炎が通路を照らす。
二体目が突進してきた。
カイトは炎を握り込み、左手で地面を叩いた。
地属性。
足元の岩盤が隆起し、ゴーレムの脚を挟み込む。
動きが一瞬止まった。
右手の炎を投げつけた。
だがゴーレムの結晶装甲に弾かれる。
炎だけでは足りない。
「なら——混ぜるか」
両手を合わせた。
右手に炎。左手に地属性。
二つの核紋が体内で接触した。
熱と圧力が掌の中で渦巻く。
溶岩弾。
赤黒い光が両手の間で生まれた。
岩を炎で溶かし、高温の投射体に練り上げる。
制御が難しい。
腕の中で核紋同士が軋む音がした。
撃った。
溶岩弾が二体目のゴーレムの胸を貫いた。
結晶装甲が溶け崩れ、核が焼き切れる。
ゴーレムが立ったまま崩壊した。
「一体!」
ソフィアが水流で三体目の脚を絡め取った。
転倒したゴーレムにカイトが接近する。
二発目の溶岩弾を叩き込んだ。
ゴーレムの上半身が溶解し、残った脚が痙攣して動かなくなった。
三体目——最も大きい個体が壁を蹴って突進してきた。
通路全体を塞ぐ巨体だ。
カイトは三発目を練り上げようとした。
だが右腕に痺れが走った。
二つの属性の同時制御。
まだ体が慣れていない。
核紋が軋み、指先の感覚が鈍くなる。
「くそ——」
溶岩弾が途中で崩れた。
ただの火の粉と岩の破片になって散らばる。
ゴーレムの拳が迫る。
ソフィアが前に出た。
水の壁が拳を受け止める。
B級の水属性が全力で押し返し、ゴーレムの腕を横に逸らした。
「今!」
カイトは炎だけを右手に集中させた。
C級の炎を至近距離からゴーレムの首に叩き込む。
結晶が赤熱した。
「ソフィア、冷やせ!」
水流が炎の直後に首を打った。
温度差攻撃。
結晶に亀裂が走った。
カイトは怪力を込めた拳を亀裂に叩き込んだ。
砕けた。
ゴーレムの首が飛び、巨体が膝から崩れ落ちた。
結晶の破片が雨のように降り注ぐ。
三体目が沈黙した。
* * *
通路に静寂が戻った。
カイトは壁にもたれ、右腕を押さえた。
痺れが引かない。
指先が震えている。
炎と地の同時制御は、体に無理をかけた。
「見せて」
ソフィアがカイトの右腕を取った。
石化痕の上から水属性の治癒を流す。
青白い光が腕を包み、痺れが少しずつ引いていった。
「溶岩弾。複数属性の組み合わせ攻撃ね」
「手応えはあった。二体は落とせた」
「三発目は崩れたわ。制御が粗い。腕が痺れたのもそのせいでしょ」
「……ああ」
「もう少し精度を上げないと、いざという時に頼れない技になるわよ」
カイトは右手を開いて閉じた。
痺れは引いたが、感覚がまだ鈍い。
溶岩弾の手応え。
炎と地を混ぜて、溶けた岩石の弾丸を生成する。
理屈は単純だ。
だが二つの核紋を同時に操る負荷が大きい。
三発が限界。いや、二発で限界だった。
「でも方向は正しい」
「え?」
「複数属性の連携だ。一つずつ使うより、混ぜたほうが強い。溶岩弾がうまくいけば、もっと色んな組み合わせができる」
ソフィアが腕から手を離した。
治癒の光が消えた。
「あんたの頭の中には『もっと強く』しかないのね」
「悪いかよ」
「悪くはないけど——体のことも考えなさい。壊れてからじゃ遅いのよ」
カイトは壁から背を離した。
通路の先を見る。
星脈の光がさらに強くなっている。
白い光が通路の奥で渦巻き、その先に広い空間が見えた。
「変異型のゴーレムが門番みたいに配置されてた。この先はフロアが変わる」
「15Fの境界線ね。未踏破区域の手前」
カイトは一歩踏み出した。
右腕の石化痕が脈動する。
体内の核紋が、通路の奥の何かに引き寄せられている。
足を進めた。
星脈の結晶が左右の壁から突き出し、通路が狭くなっていく。
その先——通路が途切れ、巨大な空洞に出た。
天井が見えないほど高い。
結晶の柱が天井から垂れ下がり、星脈の光で空間全体が白く輝いている。
綺麗だ、と思った。
だがその感想は一秒で消えた。
奥から、音が響いた。
鉄を引き裂くような咆哮。
空洞全体が震え、天井から結晶の粒が降り注ぐ。
カイトの体内の核紋が一斉に脈動した。
闇が、水が、地が、炎が、もう一つの地が——全て同じ方向を指している。
空洞の奥。
星脈の光に照らされた岩壁の向こうに、何かがいる。
カイトの目が一瞬、金色に光った。
「……でかいのがいる」
ソフィアが剣に手をかけた。
青い瞳が空洞の奥を見据えている。
「どのくらい?」
「結晶竜以上だ。間違いない」
咆哮が、もう一度響いた。
岩壁に亀裂が走り、向こう側から巨大な気配が滲み出してくる。
カイトは短剣を抜いた。
右腕の痺れはまだ残っている。
だが足は止まらなかった。




