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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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40/73

#40 銀級

銀のプレートは、思ったより軽かった。


 ギルド本部の受付。

 カイトの前に差し出された銀色のプレートが、窓から差し込む午後の光を弾いている。


「カイト・アッシュフォードさん。15Fボス・結晶竜クリスタ再生体の討伐、および金級パーティの救出の功績を認め、銀級への昇格を決定いたします」


 受付嬢の声が震えていた。

 感動ではなく、驚愕だ。


「石級から銀級まで——最短記録を更新しました」


 ロビーが騒然とした。


「核紋なしが銀級? 嘘だろ」


「嘘じゃない。15Fボスを二度倒してるんだぞ」


「金級パーティを救出して、そのまま再生ボスを倒したって?」


「鉄級なのにか? 鉄で15Fボスを?」


 声が飛び交う。

 カイトは銀のプレートを受け取り、掌の上で転がした。


 石。銅。鉄。銀。


 スラム街の孤児が、銀級冒険者になった。

 核紋が空の少年が、カスカーラで百人しかいない銀級の仲間入りを果たした。


「……軽いな」


「え?」


「鉄のプレートのほうが重かった。こっちのほうが上のランクなのに」


 受付嬢が小さく笑った。


「銀は軽い金属ですから。でも——重みは、これから増えていきますよ」


 カイトは銀のプレートを首にかけた。

 冷たい金属が鎖骨に触れる。


 後ろからマルクが肩を叩いた。


「おめでとさん、銀級様。俺はまだ銅だけどな」


「すぐ追いつく。お前の腕なら」


「嘘つけ。お前の成長速度に追いつける奴なんかいねぇよ」


 エルザが横から静かに言った。


「実績から考えて、マルクとエルザも近いうちに鉄級の推薦が出るはずよ。パーティの実績は個人にも反映されるから」


「マジで? やった」


「浮かれないで。鉄級になったら中級エリアの依頼が増えるわ。責任も増える」


「先生は相変わらず厳しいな」


「先生はやめなさい」


 ソフィアがカイトの隣に立った。

 何も言わず、カイトの銀のプレートを見つめている。


「……どうした」


「何でもない。ただ——あんたの首にかかってるのが石の灰色だった頃を思い出しただけ」


「遠い昔みたいに言うな。半年前だ」


「半年で石から銀よ。異常なのよ、あんたは」


「お前がいなかったら死んでた」


「知ってる」


 ソフィアの口元が微かに緩んだ。


* * *


 ロビーの隅で、ヴェルナーが壁に背を預けて立っていた。


 金のプレートが首元で揺れている。

 昨日まで誇りだったそれが、今は首を絞める枷のように重い。


 銀級昇格の歓声がロビーに響いている。

 カイト・アッシュフォード。

 核紋なし。

 自分が嗤った男が、自分を助けた男が、銀級になった。


 昨日の記憶が頭から消えない。

 結晶化ブレスを正面から受け止めた背中。

 石化した部下たち。

 這って退却した自分の惨めさ。


 ヴェルナーの部下たちはソフィアの治癒で石化が解除されたが、全員が負傷しており、しばらく戦線復帰はできない。

 金級パーティが壊滅した。

 最高級の装備を纏い、支援要員を揃えて挑んだ。それでも、15Fボスに手も足も出なかった。


 カイトが四人の仲間とテーブルを囲んでいる。

 エールを注文し、杯を掲げている。

 ボロボロの革鎧。質素な装備。

 だがあの四人は、結晶竜を倒した。二度。


 ヴェルナーは拳を握った。


 何か言わなければならない気がした。

 ありがとう——は、やはり言えなかった。

 謝罪——何に対しての謝罪かもわからなかった。

 悔しさは確かにあるが、口に出すのは違う。


 結局、何も言えなかった。


 ヴェルナーは壁から背を離し、ロビーを横切って出口に向かった。

 カイトのテーブルの横を通り過ぎる。


 カイトが顔を上げた。

 灰色の瞳がヴェルナーを捉える。


 一瞬、視線が交差した。


 ヴェルナーは足を止めなかった。

 唇を引き結び、拳を握ったまま、ギルドの扉を押し開けた。


 外の光が眩しかった。

 目が熱くなるのを、日差しのせいにした。


 扉が閉まった。


 カイトはヴェルナーの背中を見送った。


「……何も言わなかったな」


「言えなかったんでしょ」


 ソフィアがエールを口に運んだ。


「あの人のプライドは、ありがとうって言葉より重いのよ」


「面倒な奴だ」


「あんたも人のこと言えないわよ」


* * *


 夕方。

 四人でエールを三杯ずつ空けた。


 マルクが酔って歌い始め、エルザが眉をひそめた。

 ソフィアがカイトの隣で静かに杯を傾けている。


「ここからが本番だ」


 カイトの声は静かだった。


「銀級になった。15Fまでは攻略した。でも——まだ先がある」


「16F以降ね」


 エルザが酔ったマルクを横目で見ながら、地図をテーブルに広げた。


「あの壁の碑文、解読が進んだわ」


「読めたのか」


「一部だけ。でも重要な部分が判明した」


 エルザが地図に書き込んだメモを示した。


「碑文の全文はこう。『大崩落ノ後、星脈ノ奔流ヲ封ジ、器ヲ待ツ。空ノ器ニ封印ノ核ヲ託ス。ソレガ唯一ノ安定化ノ道ナリ』」


 テーブルが静まった。

 マルクの歌も止まった。


「封印の核?」


「大崩落で暴走した星脈を封じた何かが、ダンジョンの最深部にあるということ。そして——空の器を持つ者だけが、それに触れられる」


 カイトの核紋が微かに震えた。

 右腕の石化痕が脈動する。


「空の器。俺の核紋のことか」


「断定はできない。でも状況証拠は揃っている。星脈と共鳴するあなたの器。普通の冒険者が滞在できない新通路で安定するあなたの体。百年前の碑文が語る『空の器』」


「大崩落の封印の核が、最深部にあるかもしれない——ってことか」


「ええ。16F以降のどこかに」


 沈黙が降りた。

 酒場の喧噪が遠い。


 マルクが杯をテーブルに置いた。


「で、行くんだろ」


「当たり前だ」


「だよな。俺もだ」


「私も。観察者として、最深部を見てみたい」


 三人がカイトを見た。

 カイトはソフィアを見た。


「ソフィア」


「言わなくてもわかってるわよ。行くに決まってるでしょ。あんた一人で行ったら三日で死ぬんだから」


「……一日だな」


「自覚あるじゃない」


 四人が杯を掲げた。


「16Fへ」


 杯がぶつかる音が響いた。


 カイトはエールを飲み干し、窓の外を見た。

 夕日がカスカーラの街を赤く染めている。

 ギルドの建物の向こうに、ダンジョンの入口が見える。


 銀のプレートが鎖骨の上で揺れた。

 軽い。

 だが——重くなる。

 これから先の道で、いくらでも。


* * *


 深夜。


 カイトは一人で新通路の入口に立っていた。


 ギルドの進入禁止命令を破ったわけではない。

 通路の外側、10Fの壁面に空いた亀裂の前に立っているだけだ。


 白い光が奥から漏れている。

 星脈の光。

 脈動するように明滅する白光が、カイトの顔を照らしていた。


 体内の核紋が震えている。

 闇。水。地。炎。地。

 五つ全てが、同じ方向を指している。


 地底の奥。

 16F。未踏破領域。

 ギルドの記録にすら存在しない深層。


 その先に、何がいる。


 結晶竜より強い魔物か。

 大崩落の封印か。

 百年前の碑文が語る「核」か。


 何でもいい。


 カイトの目が金色に光った。

 闇の中で、星脈の光と核紋の光が重なった。


「何がいる。どんな核紋を持っている」


 声が通路の奥に吸い込まれていった。


 五つの核紋が地底の何かに呼応して震えている。

 右腕の石化痕が、星脈の白光と同じリズムで脈動していた。


「——喰ってやる」


 カイトは通路を見つめたまま、口の端を上げた。

 銀のプレートが星脈の光を反射して、白く輝いた。

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