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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#39 ヴェルナーの崩壊

炎が、届かなかった。


 ヴェルナー・グリフォンハートは右手を突き出し、B級の炎を全力で放った。

 赤い炎の奔流が15Fの空洞を照らし、結晶竜クリスタの胸に叩きつけられる。


 結晶の鎧が赤熱した。

 表面がわずかに溶ける。だがそれだけだった。

 炎が止むと、溶けた部分が瞬時に再結晶化する。


「なぜだ……私の炎が通じない……!」


 結晶竜が首を持ち上げた。

 巨大な体が洞窟の天井に届くほどの高さまでそびえ立つ。

 口腔の奥で、白い光が渦巻いた。


 結晶化ブレス。


「ヴェルナー様、避けて!」


 部下の剣士が叫んだ。

 遅かった。


 白い光の奔流が部下三人を飲み込んだ。


 一瞬だった。

 剣を振り上げた姿勢のまま、三人が灰色に変わっていく。

 皮膚が石に。

 鎧が結晶に。

 瞳が硬質の鉱石に。


 石化。

 完全なる石化。


 三つの石像が、洞窟の床に立ち尽くしていた。


「——リヒト、マティアス、ユリウス」


 ヴェルナーの声が震えた。

 応える者はいない。

 石像になった部下たちの顔が、口を開けたまま固まっている。


 残った部下が一人。

 盾持ちのヘルマンが、ヴェルナーの前に立って結晶の盾を構えた。


「ヴェルナー様、撤退を」


「撤退だと? 私が? こんな——こんな獣ごときに——」


 結晶竜が二度目のブレスを溜めた。

 口腔の光が強まる。


 ヴェルナーは歯を食いしばり、再び炎を放った。

 全力。

 B級の炎をありったけ叩き込んだ。


 結晶竜はブレスで炎を打ち消した。

 白い光と赤い炎が衝突し、炎が押し返される。

 ヴェルナーの足が後退した。

 踏ん張れない。


「装備が悪いのか……もっと上等な杖があれば——」


 違う。

 装備の問題ではない。

 高級な杖を握り、最高級の鎧を纏い、回復薬を十本以上持ち込んで——それでも勝てない。


 結晶竜が翼を広げた。

 風圧がヴェルナーを押し倒す。

 顔面から石畳に叩きつけられた。


 鎧の胸当てに亀裂が入った。

 金貨百枚以上する鎧が、一撃で砕けた。


「ヴェルナー様!」


 ヘルマンが盾を構え、結晶竜に突進した。

 結晶竜の尾が横薙ぎに振られ、ヘルマンが壁に叩きつけられる。

 鈍い音。

 ヘルマンは壁にめり込んだまま動かなくなった。


 ヴェルナーは一人になった。


 結晶竜が首を下げ、ヴェルナーを見下ろした。

 結晶の瞳に、床に倒れた男が映っている。


 金級のプレート。

 高級な装備。

 だが中身が伴っていない。


 ヴェルナーの手が腰のポーチに伸びた。

 SOSフレアを掴む。


 指が震えた。


 助けを呼ぶ。

 金級の自分が。

 グリフォンハート公爵家の三男が。

 救援を、乞う。


 結晶竜がブレスを溜め始めた。


 迷う余裕はなかった。

 ヴェルナーはフレアを天井に向けて撃った。

 赤い光が洞窟の天井に弾け、炎の粒子が四方に散った。


 フレアの光を浴びながら、ヴェルナーは唇を噛んだ。

 血の味がした。


* * *


 カイトは走っていた。


 14Fの結晶の森を駆け抜ける。

 ソフィア、マルク、エルザが後を追う。


「SOSフレアだ。15Fから上がってきた」


「ヴェルナーのパーティか?」


 マルクが弓を構えたまま走る。


「あいつら今日15Fに入るって言ってたわ。結晶竜に挑んだのね」


 ソフィアの声に焦りがあった。


 15Fの入口に着いた。

 洞窟の奥から白い光が明滅している。

 結晶化ブレスの残光だ。


 カイトは足を止めなかった。

 15Fの空洞に飛び込んだ。


 見えた。


 結晶竜クリスタが洞窟の中央にそびえ立っている。

 その足元に、三つの石像。

 壁にめり込んだ盾持ちの男。

 そして——床に倒れたヴェルナー。


 結晶竜がブレスを放とうとしていた。

 口腔の白い光がヴェルナーを照らしている。


 カイトは跳んだ。


 怪力を両脚に集中し、岩盤を蹴る。

 三十メートルの距離を一息で詰めた。


 ヴェルナーの前に立ち、右腕を前に突き出した。


 結晶化ブレスが放たれた。


 白い光がカイトの正面から叩きつけられる。

 石化の波が右腕を這い上がった。


 だが——止まった。


 石化痕が腕の半ばで停止する。

 地C級の石化耐性が、結晶化ブレスを受け止めていた。


 腕の表面が灰色に変わり、結晶が張り付く。

 だが浸食しない。

 ブレスのエネルギーを石化痕が吸収し、右腕の中で分解している。


 カイトの足が後退した。

 衝撃は凄まじい。

 だが立っている。


 ブレスが止んだ。


 カイトは右腕を下ろした。

 結晶の欠片が腕から剥がれ落ちる。

 石化痕が腕全体に広がっていたが、機能は失われていない。


 背後で、ヴェルナーの息を呑む音が聞こえた。


「核紋なしの……お前が……」


 カイトは振り返らなかった。


「立てるか」


「な、何を——」


「立てるかって聞いてる。立てるなら下がれ。立てないならそのまま伏せてろ」


 結晶竜が咆哮した。

 洞窟全体が震え、天井から結晶の破片が降り注ぐ。


 マルクの矢が飛んだ。

 風属性の矢が結晶竜の顔面に当たり、注意を引く。


「エルザ、関節だ!」


「わかってる!」


 エルザの炎が結晶竜の首の付け根に集中する。

 ソフィアの水流が同じ箇所を冷却。

 前回と同じ温度差攻撃だ。


 結晶にヒビが走った。


 カイトは走った。

 右腕に残る石化痕が痛む。

 だが動く。


 怪力を右拳に込め、ヒビの入った結晶の関節に叩き込んだ。


 砕けた。


 結晶の破片が飛び散り、結晶竜が首をのけぞらせた。

 二度目のブレスを溜めようとするが、首の関節が損傷して角度が定まらない。


「マルク、翼!」


「任せろ!」


 マルクの風矢が翼の付け根を貫いた。

 結晶竜が体勢を崩す。


 カイトは左手に炎を灯した。

 C級の炎。

 赤橙色の高温の火球を結晶竜の胸に叩き込む。


 炎が結晶の鎧を溶かし、その下の核に到達した。


 結晶竜が最後の咆哮を上げ、崩れ落ちた。


 洞窟が静まった。


* * *


 結晶の破片が降り積もる床の上で、ヴェルナーは座り込んだまま動けなかった。


 カイトの背中が目の前にある。

 結晶の光を浴びて輝いている。

 ボロボロの革鎧。

 鉄級の黒いプレート。

 灰色の石化痕が右腕を覆っている。


 あの男は正面からブレスを受け止めた。

 結晶化ブレスを。

 自分のパーティが三人まとめて石化した、あの攻撃を。


「核紋なしのお前が……なぜ結晶化ブレスに耐えられる」


 声が掠れていた。

 認めたくない。

 だが見た。

 自分の目で。


 カイトが振り返った。

 灰色の瞳が、一瞬だけ金色に光った。


「喰ったからだ」


 それだけだった。


 カイトはソフィアたちと石化した三人の元に向かった。

 ソフィアが水属性の治癒で石化の解除を試みる。

 B級の治癒なら時間はかかるが可能だと。


 ヴェルナーは這うように立ち上がった。

 膝が笑っている。

 壁に手をついて、体を支えた。


 ヘルマンは気を失っているが、命に別状はない。

 他の三人もソフィアの治癒で石化が解け始めている。


 カイトはヴェルナーを見なかった。

 背を向けて、石化した冒険者の介抱をしている。


 ヴェルナーは拳を握った。


 ありがとう。

 ——言えない。


 くそ。

 ——それも言えない。


 何も言えなかった。

 喉に石が詰まったように、一言も出てこなかった。


 ヴェルナーは這って退却を始めた。

 14Fへの通路に向かって、壁伝いに歩く。


 途中で振り返った。


 カイトの背中が、結晶の光を浴びて輝いていた。

 核紋なしの少年。

 石級から始まって、銅を経て、鉄になった男。

 自分が嗤った「ゴミ」が、自分を助けた。


 目が熱くなった。

 涙ではない。

 涙なんかじゃないと、ヴェルナーは自分に言い聞かせた。


 背を向けた。

 一歩ずつ、14Fへの階段を登っていく。


 足音が遠ざかっていく。


 カイトは振り返らなかった。

 ただ右腕の石化痕を左手で押さえて、結晶の光の中に立っていた。

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