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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#38 新通路

白い光が通路の奥で脈動していた。


 カイトは亀裂の入口に立ち、中を覗き込んだ。

 地震から三日。

 壁に走った亀裂は広がり、大人が正面を向いて歩ける幅になっていた。

 奥から吹き出す風が髪を揺らす。

 ダンジョンの空気とは違う。

 もっと深い、地底の匂いがした。


「マルク、エルザ。感じるか」


「すげぇ圧だな。ここ立ってるだけで肌がピリピリする」


 マルクが腕をさすった。

 風属性の矢筒が微かに振動している。


「星脈のエネルギー密度が異常よ。11Fの結晶洞窟の三倍はある」


 エルザが手のひらに炎を灯した。

 炎が揺れるのではなく、膨張した。

 通常の倍以上の大きさに膨れ上がり、エルザは慌てて消した。


「魔法が増幅される。ここに長時間いたら、核紋の制御が効かなくなるわ」


「普通の冒険者じゃ滞在できないってことか」


「ええ。銀級でも危険よ」


 カイトは一歩踏み出した。


 通路に入った瞬間、体内の核紋が一斉に反応した。

 五つの属性が震え——そして、静まった。

 不思議な安定感。

 外にいたときのほうが振動が激しかった。


「……俺は平気だ」


「平気?」


 ソフィアが後を追って通路に入った。

 一歩目で顔をしかめた。


「う。これは確かにきつい。魔力が圧迫される感じ」


「俺は逆だ。体の中が落ち着いた。核紋の脈動が——収まってる」


 エルザが通路の入口に留まったまま、カイトを見た。


「空の器が星脈と共鳴しているのかもしれない。核紋喰いの器は本来、星脈のエネルギーを格納するための器。だとすれば、星脈の濃い場所では安定する可能性がある」


「つまり俺だけが、ここを歩ける」


「正確には、あなたの器だけが、ここに適応できる。私たちは短時間が限界ね」


 カイトは通路の奥を見た。

 白い光が脈動するように明滅している。

 壁面に星脈の結晶が露出し、青白い光脈が蛇のように走っていた。


「行くぞ。30分で戻る」


「私も行くわ」


 ソフィアが剣の柄を握った。


「きついんだろ」


「きついけど、あんたを一人で行かせるほうがもっときつい」


 マルクとエルザは通路の入口で待機することになった。

 マルクが手を振る。


「何かあったら叫べ。聞こえなくても走るから」


「頼む」


* * *


 通路は緩やかに下っていた。


 壁の結晶が足音に反応して明滅する。

 カイトが歩くと光が強まり、止まると弱まった。

 まるで心臓の鼓動のようだ。


「反応してるわね、あんたに」


「ああ。壁が俺を認識してる感じだ」


 ソフィアの呼吸が荒い。

 星脈の圧が体に負荷をかけているのだ。

 カイトが歩調を落とした。


「無理するな」


「無理してない。あんたに言われたくない」


 十分ほど進むと、通路が広がった。


 天井が吹き抜けになった広い空間。

 壁面全体が星脈の結晶で覆われ、青白い光が空間全体を照らしている。

 床には古い石畳が敷かれていた。

 人工物だ。


「これは——誰かが造った場所だわ」


 ソフィアが石畳に膝をついた。

 石の隙間に苔が生えている。

 百年は下らない古さだ。


 カイトは壁面に近づいた。

 結晶の合間に、文字が刻まれている。


「ソフィア、字がある。読めるか」


 ソフィアが壁面を覗き込んだ。

 古い書体だ。

 現代の共通語とは異なるが、基本構造は同じ。


「古代共通語ね。エルザのほうが得意だけど——大まかには読める」


 ソフィアの指が文字を辿った。


「『大崩落ノ後……星脈ノ奔流ヲ封ジ……器ヲ待ツ』」


「器?」


「器。空ノ器ニ……封印ノ核ヲ託ス。ソレガ唯一ノ……」


 文字が途切れていた。

 壁面に亀裂が走り、残りの部分は崩れ落ちている。


「ここから先が読めない。でも——大崩落と封印と器。この三つの単語がある」


 カイトは壁に手を触れた。

 核紋が穏やかに震えた。

 拒絶ではない。歓迎でもない。

 ただ、認識された感覚。


「百年前の大崩落で封じられた何かが、この通路の先にあるってことか」


「そうね。そして、空の器を持つ者を待っている——と読める」


「俺のことか」


「わからない。空の器がどれだけ稀かも、この碑文だけじゃ判断できないわ」


 カイトは壁から手を離した。

 通路はさらに奥へ続いている。

 白い光が脈動する暗がりの中に、下り階段が見えた。


「あの階段の先が16F付近だとすると——ここは11Fから16Fへの直結路だ」


「ショートカットね。でもこの星脈濃度じゃ、普通の冒険者は使えない」


「俺は使える」


「あんた一人で行く気?」


「一人じゃ行かない。お前がいないと死ぬ」


 ソフィアが息を止めた。

 それからゆっくりと吐き出した。


「……そういう言い方、ずるいわよ」


「事実だ」


* * *


 ギルド本部。

 報告は大事になった。


 16F以降の未踏破区域への新ルート発見。

 ギルドマスターが自ら聞き取りを行い、調査隊の編成が検討された。


 だが結論は——進入禁止。


「星脈の濃度から判断して、現時点では安全な探索は不可能です。銀級以下の冒険者の立ち入りを禁じます」


 ギルドマスターの声が会議室に響いた。

 カイトは椅子に座ったまま、何も言わなかった。


 会議が終わり、四人はギルドの酒場に戻った。


「禁止命令か。まあ妥当っちゃ妥当だけど」


 マルクがエールを注文した。


「星脈の濃度があれじゃ、調査隊を組んでも長時間滞在できない。ギルドの判断は正しいわ」


 エルザが淡々と述べた。


「でもカイトは滞在できた。あなただけは」


「ああ」


 カイトはエールに口をつけた。

 泡が唇に残る。


 テーブルの上に広げた10Fの地図を眺めている。

 新通路の位置に、赤い丸をつけていた。


「ギルドの命令は聞いたほうがいいわよ」


 ソフィアが釘を刺した。


「ああ、聞いた」


「聞くのと従うのは別って顔してるわ」


「そんな顔してるか」


「してる」


 マルクが笑った。

 エルザが眼鏡を拭きながら、静かに言った。


「壁の碑文、明日もう一度見せてもらえる? 私が直接読みたい」


「ギルドの命令は」


「入口までなら禁止範囲外よ。通路の中に立ち入らなければいい」


「さすが先生、抜け穴を見つけるのが早い」


「先生はやめて」


 四人の笑い声が酒場に溶けた。


 だがカイトの目は笑っていなかった。


 テーブルの下で、右腕の石化痕が脈動している。

 新通路の方角に引かれるように。


 あの壁の文字。

 空の器を待つ。


 待っている何かが、あの先にある。


 カイトは地図の赤い丸を指で撫でた。

 ギルドが禁じた通路。

 だが体の中の五つの核紋は、全てがあの方向を指している。


 エールを飲み干し、杯を置いた。


 目が一瞬、金色に光った。

 誰も気づかなかった。

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