#34 結晶竜第二戦
結晶竜クリスタは、空洞の中央で待っていた。
四本の脚で地面を踏みしめ、結晶の瞳が入口を見つめている。
昨日の侵入者が戻ってきたことを、もう察知していた。
喉の奥で白い光がちらつく。
いつでもブレスを放てる態勢だ。
カイトが先頭に立った。
右手に短剣。左手に炎。
背後にマルク、エルザ、ソフィア。
「始めるぞ」
マルクが弓を構えた。
第一段階。空間制限。
風矢が三連射で天井に向かった。
狙いは結晶竜の頭上に垂れ下がる結晶柱。
一本目が柱の付け根に食い込み、亀裂が走る。
二本目が亀裂を広げる。
三本目で柱が折れた。
巨大な結晶柱が崩落する。
地面に叩きつけられ、結晶の破片が飛び散った。
結晶竜が翼を広げようとした。
だが、落ちてきた柱が翼の展開を阻んだ。
天井の空間が塞がれ、飛び上がれない。
咆哮。
結晶竜が体を震わせた。
結晶の鎧が明滅し、空洞全体に不協和音が響く。
空気が振動して肌が痺れる。
「地上戦に持ち込んだ! エルザ!」
「分かってる!」
第二段階。加熱。
エルザが両手を掲げた。
炎が収束し、細い槍のような形になる。
通常の広範囲攻撃ではない。一点集中の高温炎。
狙いは首の付け根。関節部。
炎の槍が結晶竜の首元に突き刺さった。
厚い結晶の部分なら反射される。
だが関節部は結晶が薄い。
炎が浸透する。
関節部の結晶が赤く発光し、内部に熱が溜まっていく。
結晶竜が首を振った。
エルザの方に向き直り、口を開く。
結晶化ブレスの体勢。
喉の奥の白い光が膨れ上がった。
「エルザ、伏せろ!」
カイトが横から短剣を投げた。
結晶竜の鼻先に当たり、金属音を立てて弾かれる。
だが一瞬だけ顔が逸れた。
ブレスが空を薙いだ。
白い光の帯がエルザの頭上を通過した。
髪の先端が掠め、数本が灰色に固まって散った。
「危なっ」
エルザが地面に伏せたまま叫んだ。
「今よ、ソフィア!」
第三段階。急冷。
ソフィアが両手を前に突き出した。
水が奔流となって結晶竜の首元に叩きつけられた。
加熱された関節部に冷水が当たる。
音が鳴った。
高い、甲高い音。
ガラスが割れる直前の、あの鋭い音。
結晶に亀裂が走る音だ。
「ヒビが入った!」
マルクが叫んだ。
結晶竜の首の付け根に、白い線が走っていた。
結晶の鎧に罅が入っている。
放射状に広がる細い線。
蜘蛛の巣のような亀裂。
「カイト!」
「見えてる!」
第四段階。破壊。
カイトが地面を蹴った。
怪力を両脚に集中し、一息で結晶竜の懐に潜り込む。
結晶竜の前脚の間を駆け抜ける。
爪が頭上を掠めた。
右拳に全力を込めた。
地E級の怪力。
炎C級の熱を拳に纏わせる。
拳が赤橙色に発光した。
首の関節部。罅が入った結晶に向かって、渾身の右拳を叩き込んだ。
衝撃が腕を伝って全身に走った。
肩が外れそうになる。
歯が鳴った。
結晶が砕けた。
一部が。
拳大の穴が結晶の鎧に開いた。
中から蒸気が噴き出す。
だが、足りない。
核まで届いていない。
結晶の下にまだ一層の鎧がある。
内側の結晶は外側より硬い。
「もう一発」
カイトが二撃目を打とうとした瞬間、結晶竜が反撃した。
首を回し、口を開き、至近距離から結晶化ブレスを放った。
顔が見えた。結晶の瞳の中に、白い光が渦巻いている。
距離は一メートル。
避けられない。
カイトは反射的に左腕を盾にした。
白い光が左手に直撃した。
指先から灰色が広がった。
皮膚が硬化する。
指が動かない。
爪が石に変わり、関節が固まった。
灰色が手首を超え、肘に向かって這い上がる。
じわじわと。確実に。
石化。
「カイト! 左腕が!」
ソフィアの悲鳴が響いた。
カイトは左腕を見た。
指先から肘まで、灰色の石に変わりつつある。
感覚がない。重い。石の塊が腕にぶら下がっているようだ。
指を動かそうとした。動かない。
石化の進行が肘を超え、上腕に差し掛かった。
止まらない。
カイトは左腕を無視した。
右拳だけだ。
右手だけが動く。
それで十分だ。
結晶竜が二発目のブレスを溜めている。
喉の奥で白い光が渦巻く。溜めが大きい。次は扇状に来る。
あと数秒。
カイトは全ての核紋を右拳に集中させた。
四つの属性が体内を駆け巡り、右腕に収束していく。
暗視。
結晶竜の死角を捉えた。
首の右側。ブレスを溜める体勢では右を向けない。
そこに、さっき開けた穴がある。
水中呼吸。
呼吸を止めた。
結晶化ブレスの粉塵を吸い込まないために。
口と鼻を閉じ、肺の中の空気だけで動く。
怪力。
地E級の全力を拳に込めた。
筋繊維が軋む。限界を超えた力が骨を圧迫する。
炎。
C級の熱を右拳に纏わせた。
拳が赤橙色に発光する。
熱で空気が歪んだ。
四つの核紋が同時に脈動した。
体内の全てを右手に注ぎ込む。
他には何も残さない。
石化した左腕を引きずりながら、結晶竜の死角に回り込んだ。
首の関節部。罅が入った結晶の穴。
そこに、炎を纏った右拳を叩き込んだ。
叫んだ。
「喰らえ!」
拳が結晶を貫通した。
一層目の鎧が砕けた。
二層目が割れた。
結晶の破片がカイトの顔に降り注ぐ。
奥にある結晶竜の本体。柔らかい鱗に拳が触れた。
そのまま、突き進む。
骨を砕く感触。
肉を裂く感触。
そして。
核に、触れた。
硬くて熱い球体。竜の心臓の横にある。
結晶竜の体が痙攣した。
咆哮が途切れた。
巨体が傾ぎ、四本の脚が崩れる。
結晶の鎧が全身から剥離し、ガラスが割れるような音が空洞に反響した。
破片が雪のように降り注ぐ。
結晶竜クリスタが、崩れ落ちた。
空洞が静かになった。
結晶の破片が床に落ちる音だけが、しばらく続いた。
カイトは右腕を引き抜いた。
肘まで竜の血に染まっている。
紫がかった血だ。鉄の匂いはしない。代わりに鉱石のような匂いがした。
左腕は灰色のままだ。
肩の手前で石化が止まっている。
重い。動かない。
膝が折れた。
地面に片膝をつく。
「カイト!」
ソフィアが駆け寄った。
石化した左腕に両手を当て、全力の治癒を注ぎ込む。
水色の光が灰色を押し返していく。
「石化の解除。持つから、動かないで」
カイトは荒い息をつきながら、崩れ落ちた結晶竜を見た。
胸の辺りから、光が漏れていた。
結晶の破片の中から、茶色く輝く欠片が浮かび上がる。
ゆっくりと回転しながら、宙に漂う。
結晶竜の核が砕かれ、核紋だけが残ったのだ。
核紋の欠片。
地B級。
カイトの目が金色に燃えた。




