#33 結晶竜の弱点
14Fの安全地帯は、結晶の壁に囲まれた小さな空洞だった。
結晶の隙間から漏れる光が、天然の照明になっている。
魔物が入り込まない結界石がギルドによって設置されており、冒険者たちの中継点として使われていた。
壁には過去の冒険者が刻んだ落書きがいくつも残っている。
「15F挑戦、失敗。盾が砕けた」「結晶竜には火は効かない」。
先人たちの敗北の記録だ。
エルザが地面に結晶竜の簡略図を描いた。
棒で結晶の砂を掻き分け、四本脚、翼、首、尾を形作る。
正確な図だった。一度見ただけで構造を記憶している。
「整理するわ。結晶竜クリスタの防御構造。全身を覆う結晶の鎧。厚さは推定三寸。通常の物理攻撃も属性魔法も、表面で弾かれるか散乱する」
マルクが横から覗き込んだ。
「つまり正面からは無理ってことだろ。それは身をもって学んだ」
「ただし」
エルザが図の首と翼の付け根に印をつけた。
「可動部。関節は結晶で覆えない。固めたら動けなくなるから。ここと、ここ。首の付け根と翼の基部。カイトが見つけた通り、結晶が途切れている」
「隙間の大きさは?」
カイトが聞いた。
「拳一つ分。首を曲げた瞬間だけ広がる。静止時は狭い」
「狭いな」
「だから作戦がいるの」
エルザが棒で砂に矢印を描いた。
四つの矢印が結晶竜の首元に集中している。
「第一段階。マルクの風矢で結晶竜の飛行経路を制限する。天井の結晶柱を射抜いて落とせば、翼を広げられる空間が狭まる。地上戦に持ち込む」
マルクが頷いた。
「柱を狙って射つのは得意だ。的がでかいからな」
「第二段階。地上戦に持ち込んだら、私が関節部に炎を集中させる。結晶は急激な温度変化に弱い。加熱すれば内部に応力が溜まる」
「炎を反射されたらどうする」
「関節部は結晶が薄い。反射されるのは厚い部分だけ。薄い場所なら炎が通る。前回の戦闘で確認した」
ソフィアが口を開いた。
「私が水で急冷するのね」
「そう。エルザの炎で加熱した直後に、ソフィアの水をぶつける。急激な温度差で結晶にヒビが入る」
「温度差攻撃。14Fのストーンゴーレムで使った手だ」
カイトが言った。
「ゴーレムの時は結晶が分厚くて効かなかった。だが関節部なら」
「通る。そこにカイトの怪力で拳を叩き込む」
エルザが図の首の付け根に大きく丸を描いた。
「まとめると。マルクが空間制限、私が加熱、ソフィアが急冷、カイトが破壊。四人全員の連携が噛み合わないと成立しない作戦よ」
「一人でも欠けたら崩れるってことか」
マルクが弓弦を指で弾いた。
ぴんと高い音が鳴った。
「いいじゃん。パーティ組んで初めての全員攻撃だ」
カイトは地面の図を見つめた。
結晶竜の首元に描かれた、小さな丸印。
拳一つ分の隙間。そこに全てを賭ける。
「タイミングが合わなかったら、撤退する。無理はしない。ソフィアの盾も長く持たない」
「分かってる」
四人の視線が丸印の上で交差した。
* * *
夜。
安全地帯の焚き火が、結晶の壁に影を落としていた。
マルクとエルザは先に寝ている。
マルクの寝息が規則的に響き、エルザは弓を抱えたまま壁にもたれて目を閉じていた。
焚き火の明かりが二人の寝顔を照らしている。
日中の緊張が嘘のように穏やかな顔をしていた。
カイトは焚き火の前に座っていた。
見張り番だ。
短剣の刃を革砥で研いでいる。
一定のリズムで刃を滑らせる。
研ぐ必要はなかった。結晶竜には短剣は通らない。
だが手を動かしていないと落ち着かなかった。
隣に、ソフィアが座った。
膝を抱え、焚き火に手をかざす。
「眠れないのか」
「あなたこそ。明日に備えて寝なさいよ」
「研ぎ終わったら寝る」
しばらく、革砥の擦れる音だけが響いた。
結晶の壁が焚き火の光を受けて、淡い虹色にちらちらと光っている。
ソフィアが膝を抱えた腕にあごを載せた。
「ねえ、カイト」
「ん」
「あの竜を見た時、足が震えなかった?」
カイトの手が一瞬止まった。
すぐに動き出す。
「震えた」
「……本当に?」
「あのブレスを食らいかけた時、膝が笑った。石になるかと思った」
「なのに、もう一度行くの」
「行く」
カイトは短剣を鞘に収めた。
焚き火を見つめた。
炎が揺れている。自分の掌から出せるのと同じ、赤橙色の炎。
「あいつを喰えば、地B級になれる。今の俺に足りないのは地属性の力だ。怪力はE級。ゴーレムの拳を受け止めるのがやっとだった」
「だからって」
「B級を手に入れれば、壁を砕ける。岩を操れるかもしれない。もっと上に行ける」
ソフィアは黙った。
焚き火の炎が揺れた。
結晶の壁に映る二人の影が伸びて、重なって、また離れた。
「強くなりたい理由、聞いていい?」
カイトは答えなかった。
しばらく火を見つめてから、口を開いた。
「守りたいもんが増えた。それだけだ」
ソフィアの横顔が、炎に照らされた。
ポニーテールが緩く解かれ、栗色の髪が肩に落ちている。
普段は結んでいる。戦闘の邪魔になるからだ。
だが今夜は解いている。
「昔は自分のためだけだった。強くなるのも、喰らうのも、全部俺のためだ。でも今は」
言葉が途切れた。
カイトは視線を落とした。
自分の右腕を見た。
鱗模様が薄く浮かんでいる。
水D級を取り込んだ痕。
人間の肌とは違う、鱗の光沢。
「マルクもエルザも、お前も。こいつらが後ろにいるなら、もっと前に出なきゃならねぇ」
ソフィアは何も言わなかった。
焚き火が弾けた。
赤い火の粉が天井に向かって舞い上がり、結晶の壁に吸い込まれるように消えた。
ソフィアが立ち上がった。
栗色の髪が揺れた。
「分かった」
カイトが顔を上げた。
ソフィアの瞳に焚き火の光が映っていた。
水色の瞳が、橙に染まっている。
「私が治癒する。だから、死ぬまで戦いなさい」
微笑んでいた。
だが、その声は震えていなかった。
カイトは立ち上がった。
「死なねぇよ。死ぬ前に喰う」
「それ、毎回言うわね」
「毎回喰ってるだろ」
ソフィアが小さく笑った。
踵を返し、自分の寝場所に戻っていく。
髪を後ろで束ね直しながら。
カイトは焚き火の前に一人残った。
短剣の鞘に手を置いた。
体の奥で四つの核紋が脈動している。
闇。水。地。炎。
明日、五つ目を喰いに行く。
結晶の壁の向こうから、結晶竜の低い唸りが伝わってきた。
地面が微かに震えている。
竜もまた、眠れない夜を過ごしているのかもしれなかった。
カイトは目を閉じた。




