#32 結晶竜第一戦
結晶竜クリスタが翼を広げた。
透明な結晶が光を屈折させ、空洞全体に虹が走る。
翼幅は十メートルを超えていた。
四本の脚が地面を掴み、爪が結晶の床に食い込む。
爪痕から放射状にヒビが広がった。
美しい。
そして、圧倒的に強い。
カイトの体内で四つの核紋が同時に脈動した。
闇、水、地、炎。
全てが警告を発している。
こいつは今までの敵とは格が違う。
「散開!」
カイトが叫んだ瞬間、結晶竜の口が開いた。
白い光が喉の奥で渦を巻く。
光が収束し、一条の線になる。
空気が凍りつくような圧。
ブレス。
結晶化ブレスが一直線に放たれた。
四人が左右に飛んだ。
カイトは右に、ソフィアを引っ張って。
マルクとエルザは左に。
ブレスが通過した床が、灰色に変色した。
石化。
触れたものを結晶に変える。
灰色に変わった床は完全に固まり、踏むと硬い石の音がした。
ブレスの通った跡が一直線に残っている。幅は一メートル。
あの中にいたら、全身が石だった。
「あれに当たったら終わりだ。絶対に食らうな」
カイトが短剣を抜いた。
左手に炎を灯す。
赤橙色の光が、結晶の壁に反射して空洞に散った。
「マルク、牽制!」
「了解!」
マルクの風矢が三連射で結晶竜の顔面に向かった。
一本目が左目を狙い、二本目が右目、三本目が鼻先。
矢は全て弾かれた。
結晶の鎧に当たり、甲高い金属音を立てて跳ね返る。
傷一つつかない。
矢の先端が潰れて地面に落ちた。
「硬ぇ! 矢が通らねぇぞ!」
「エルザ!」
「炎よ。燃えなさい!」
エルザの炎魔法が結晶竜の胴体に直撃した。
赤い炎が結晶の表面を舐める。
本来なら岩をも焼くエルザの炎が、結晶の上で滑っている。
だが結晶竜は身動ぎすらしない。
炎が結晶の内部で屈折し、別の方向に散らされた。
「反射された!」
散った炎がマルクの足元に降り注いだ。
マルクが慌てて転がり、革鎧の裾を叩いて火を消した。
「おいおい、味方が焼けるぞ!」
カイトは正面から突っ込んだ。
怪力を右拳に集中し、結晶竜の前脚に叩きつける。
衝撃。
地E級の全力。
ストーンゴーレムの岩を砕いた一撃。
結晶の表面に罅すら入らない。
拳の方が軋んだ。
皮が裂け、血が飛び散った。
「くそっ」
結晶竜が顔を傾げた。
まるで、蟻に噛まれたことに気づかないかのように。
それからゆっくりと前脚を持ち上げた。
横薙ぎ。
巨木を叩きつけるような一撃。
カイトは短剣で受けようとしたが、質量が違いすぎる。
短剣が弾かれ、手首が捻れた。
体ごと吹き飛ばされ、結晶の柱に叩きつけられた。
背中の鎧が砕けた。
口から血が飛ぶ。
肺が潰れたかと思った。
星脈鉄で新調したばかりの鎧が、一撃で使い物にならなくなった。
「カイト!」
ソフィアの治癒が飛んできた。
水色の光がカイトの背中を包む。
砕けた肋が軋みながら元の位置に戻っていく。
「大丈夫だ。こいつの防御、桁が違う」
立ち上がりながら、カイトは結晶竜を見据えた。
全身が結晶の鎧に覆われている。
刃も拳も炎も通らない。
推奨ランク銀以上。その理由を体で理解した。
結晶竜が再びブレスの体勢に入った。
喉の奥で白い光が渦巻く。
一度目より溜めが長い。威力を上げている。
「避けろ!」
四人が散った。
結晶化ブレスが空洞を薙ぎ払う。
今度は扇状に広がった。逃げ場が狭い。
ソフィアが咄嗟に水の盾を展開した。
エルザとマルクの前に立ち、水属性の壁を作る。
ブレスが盾に触れた。
水の盾の一部が灰色に変色した。
石化が、水を伝って浸食する。
液体の水が固体の石に変わっていく。
不気味な硬化音が広がった。
ソフィアが盾を切り離した。
灰色になった水塊が地面に落ち、石の塊として砕ける。
「水の盾も石化する。長時間は持たないわ」
ソフィアの額に汗が浮いている。
盾を維持するだけで魔力を大量に消耗していた。
カイトは歯を食いしばった。
攻撃が通らない。
防御すら削られる。
このままでは消耗戦にすらならない。
一方的に潰される。
「一旦下がる! 退路を確保しろ!」
マルクが風矢を天井に向けて放った。
結晶の柱に命中し、破片が雨のように降り注ぐ。
結晶竜の視界が一瞬遮られた。
その隙に四人が階段口に向かって走った。
カイトが殿を務めた。背中が痛むが、走れる。
結晶の破片を踏み砕きながら、振り返らずに走った。
結晶竜は追ってこなかった。
テリトリーの外に出た獲物には興味がないのか。
あるいは、追う必要がないほど自分の防御に自信があるのか。
結晶の瞳がこちらを見送っていた。侵入者を嘲笑うように。
階段を駆け上がり、14Fの安全地帯に転がり込んだ。
四人とも息が荒い。
カイトの背中はまだ痛む。ソフィアの治癒が追いついていない。
エルザが壁にもたれ、目を閉じている。魔力の消耗が大きかったのだ。
マルクが壁に背をつけて座り込んだ。
弓を膝に置き、大きく息を吐いた。
「参ったね。矢が効かない敵は初めてだ」
エルザが額の汗を拭った。
炎杖を握る手が微かに震えている。
「炎も反射された。結晶が光を屈折させるから、属性魔法が中で散乱する。外からの攻撃は全部無効化される構造よ」
「じゃあどうすんだ。殴っても斬っても焼いても通らねぇ。手詰まりだろ」
マルクが矢筒から残りの矢を数えた。
七本。戦闘で使ったのは三本。だがその三本は全て無駄になった。
カイトは黙って拳を見つめていた。
右手の皮が裂け、血が滲んでいる。
地E級の怪力で全力を叩き込んで、傷一つ。
ソフィアが横から治癒を流し、裂けた皮を塞いだ。
だが、見えたものがある。
結晶竜が前脚を振った瞬間。
首を回した瞬間。
翼を畳み直した瞬間。
結晶の鎧に、隙間があった。
「関節部」
カイトが呟いた。
三人の目が集まった。
「首と翼の付け根。結晶が途切れてる場所がある。動くたびに見えた」
エルザの目が光った。
「可動部は覆えない。関節は結晶で固められないから、そこだけ柔らかい」
「そこに叩き込めば、通る」
マルクが顔を上げた。
「通るって。あの化物の懐に潜り込んで、ピンポイントで関節を殴れってか?」
「ああ」
「お前、頭おかしいぞ」
「知ってる」
カイトは短剣を鞘に戻した。
立ち上がり、空洞の方を見下ろした。
結晶竜の咆哮が、遠くから微かに響いてくる。
足元の地面が振動した。
「結晶の隙間。あそこに全力を叩き込む」
振り返った。
三人の顔を見た。
「もう一度、行くぞ」




