#31 ヴェルナーの挑発
ギルドの掲示板に、赤い紙が貼られていた。
15Fボス。結晶竜クリスタ。
討伐報酬:金貨二百枚。
推奨ランク:銀以上。
カイトはその紙を見上げた。
隣にマルク、エルザ、ソフィア。
四人の目が同じ場所に注がれている。
「明日、行くか」
カイトの一言に、三人が頷いた。
その瞬間、後ろから甲高い笑い声が響いた。
「おやおや。鉄級が結晶竜に挑むとは、身の程知らずにも程があるだろう」
ヴェルナー・グリフォンハートだった。
金のプレートが胸元で揺れ、純白の魔導鎧が照明を反射している。
背後に五人の精鋭パーティ。全員が銀級以上の装備を纏っていた。
その装備の一つ一つが、カイトのパーティの全財産より高い。
「私も15Fボスの討伐を予定していてね。先に仕留めるのは、この私だ」
ヴェルナーが革手袋の指先を鳴らした。
ロビーの冒険者たちが振り返る。
酒杯を置く音、椅子が軋む音。
ギルド全体がこちらを注視していた。
「金級vs鉄級の競争か?」
「勝負にならねぇだろ。装備の差を見ろよ」
「あの金ピカの鎧だけでも金貨50枚はする」
囁きが広がる中、マルクが肩を竦めた。
「金級サマが宣戦布告とは、光栄だねぇ」
「茶化すな、弓使い」
ヴェルナーの声が鋭くなった。
「私のパーティには銀級の盾士が二人いる。回復薬も三十本用意した。物量で押し潰す。それが正攻法というものだ」
ヴェルナーの目がカイトに向いた。
「君たちは四人。装備は二流。回復はヒーラー一人頼み。勝てると思うかね」
カイトは視線を外さなかった。
「思うよ」
「根拠は?」
「お前が装備の話しかしねぇからだ」
ロビーが一瞬、静まった。
受付嬢がペンを取り落とした音が妙に大きく響いた。
ヴェルナーの顎が引き締まり、首筋に血管が浮いた。
「覚えていたまえ。結晶竜の核紋は私のものだ」
踵を返し、部下を引き連れて出ていく。
革靴の音が遠ざかるまで、誰も口を開かなかった。
ロビーに残された沈黙を破ったのは、カウンター席の老冒険者だった。
「鉄級の小僧、金級に喧嘩売ったぞ」
「無茶だ。結晶竜は銀級パーティでも半数が脱落する」
「でもあの少年、10Fボスを銅級で倒した奴だろ。核紋なしの」
囁きが収まらない中、エルザが腕を組んだ。
「ヴェルナーのパーティ、先行するでしょうね。装備と人数を考えれば14Fまでは早い」
「だろうな」
「でも14Fのストーンゴーレム地帯は、装備じゃなくて戦術で抜ける場所よ。結晶に擬態するゴーレムは、力押しだと消耗が大きい」
ソフィアが地図を広げた。
14Fの通路が描き込まれている。
何本もの通路が枝分かれし、行き止まりや罠の位置に赤い印がついていた。
「ここ。東の結晶回廊。ゴーレムの擬態が少ないルートがあるの。前回通った時に確認した」
カイトが地図を覗き込んだ。
東ルートは正面ルートの倍以上の長さがある。
だが途中に赤い印が少ない。
「遠回りか」
「距離は倍。でもゴーレムとの戦闘は半分以下になる。体力を温存して15Fに入れる」
「それだ」
マルクが弓弦を弾いた。
「つまり、あの金ピカが正面から消耗してる間に、俺たちは裏口から先着ってわけだ。いいねぇ、好きだよそういうの」
エルザが地図を指で辿った。
「東ルートの途中に水場がある。ソフィアの水属性で補給できるわ」
「食料と回復薬は?」
カイトが聞いた。
「食料は二日分。回復薬は三本」
「三本か。ヴェルナーは三十本だったな」
「だから無茶しないで。ソフィアの治癒で足りない分は、戦闘を避けるしかない」
カイトは頷いた。
作戦は明確だ。戦わずに走り、温存して、ボスに全力をぶつける。
* * *
翌朝。
ダンジョンの入口で、二つのパーティが並んだ。
ヴェルナーのパーティは六人。
全員が磨き上げた鎧を纏い、腰には最高級の回復薬が並んでいる。
荷物持ちの従者まで二人連れていた。
盾士の二人は身長が二メートル近く、壁のような体格をしている。
カイトのパーティは四人。
短剣と拳。弓。炎杖。治癒の水。
装備は星脈鉄で新調したばかりだが、ヴェルナーのそれとは比較にならない。
「では、先に行かせてもらうよ。鉄級諸君」
ヴェルナーが軽く手を振り、ダンジョンに消えた。
従者が松明を掲げ、盾士が前衛に立ち、整然とした陣形で入っていく。
カイトは動かなかった。
五分待った。
「行くぞ」
11Fのワイバーンは、マルクの風矢で飛行ルートを封じ、エルザの炎で焼き落とした。
12Fのリザードマンは、カイトが水中呼吸で地下水路から回り込み、背後を突いた。
13Fのダークエルフの幻術は、カイトの暗視が全て看破した。
四人の連携はすでに完成していた。
無駄な戦闘は全て避け、最短ルートで駆け抜けた。
14F。結晶の森。
正面ルートを通るヴェルナーたちの戦闘音が、結晶を通して反響してきた。
爆発。剣戟。怒号。
結晶の柱が光を屈折させて、遠くの炎の閃光がちらちらと見える。
「おい、回復薬をよこせ! もう三本目だぞ!」
「盾を上げろ! 擬態だ、右の結晶がゴーレムだ!」
ヴェルナーの声が遠くから聞こえた。
「こんな雑魚に手間取るとは。装備が悪いのか? もっと高級な盾を仕入れるべきだった」
マルクが小声で笑った。
「聞いたか。また装備のせいにしてる」
「黙って走れ」
カイトは足を止めずに東の結晶回廊に入った。
ソフィアが示したルートだ。
結晶の壁が青白く光る細い通路。
四人が横に並べないほど狭い。
だがゴーレムの擬態は少ない。
カイトの暗視が結晶の奥を透かし、潜んでいる個体を事前に察知した。
「二体。右壁と天井」
マルクの矢が右壁のゴーレムを射抜き、エルザの炎が天井の個体を焼き落とした。
立ち止まることなく、駆け抜ける。
途中の水場でソフィアが水を補給し、全員が顔を洗った。
冷たい水が火照った肌を冷ます。
「あと少し。15Fへの降下口は水場の奥よ」
三十分後。
14Fの最奥。15Fへの降下口に、カイトたちは到着した。
背後から、まだヴェルナーの怒声が反響している。
回復薬の残数を数える声。装備の不具合を罵る声。
「先着だ」
マルクが口笛を吹いた。
「金級サマ、まだ14Fの中盤じゃねぇか」
エルザが降下口を覗き込んだ。
結晶の階段が、暗い底に向かって螺旋を描いている。
奥から冷たい風が吹き上げてくる。
空気の質が違った。重い。生き物の気配を含んでいる。
「圧が違う。15Fのボスが近い」
カイトは階段に足を踏み出した。
降りていく。
一段ごとに、体内の核紋が脈動を強めた。
四つの属性が同じ方向を指している。
下だ。
ここより、もっと下。
階段が終わった。
巨大な空洞が広がっていた。
天井は十メートル以上の高さがあり、結晶の柱が鍾乳洞のように垂れ下がっている。
床には結晶の破片が散らばり、踏むたびにガラスを砕くような音が鳴った。
空洞の中央に、光の塊があった。
結晶の竜。
全身が透明な結晶で覆われた、四足の竜。
体長は八メートルを超えている。
翼を畳み、眠るように蹲っている。
だが、その体表の結晶が規則的に明滅していた。
呼吸するように。
竜が顔を上げた。
結晶の瞳がカイトたちを捉えた。
咆哮。
洞窟全体が震えた。
結晶の柱がびりびりと共振し、天井から破片が降り注ぐ。
足元の地面にヒビが走った。
カイトの足が止まった。
核紋が暴れている。
四つの属性が同時に叫んでいる。
逃げろ、と。
喰らえ、と。
カイトは拳を握った。
「結晶竜クリスタ。地B級」
その声は、震えていなかった。




