#30 星脈鉄
15Fのボスを喰うには、まず金がいる。
カイトのパーティは万年金欠だった。
鉄級の報酬で宿代と食費を払えば、装備に回す余裕はほとんどない。
短剣は刃こぼれだらけ。革鎧はゴーレム戦で半壊している。ソフィアの剣も研ぎ直しが必要だ。
「結晶竜に今の装備で突っ込むのは、裸で溶岩に飛び込むのと同じだ」
エルザの言葉は冷静だが、全員が分かっている事実だった。
「金を稼ぐ。それも大きく」
カイトは掲示板の依頼を眺めたが、鉄級の報酬では焼け石に水だ。
銀級依頼を受ければ報酬は跳ね上がるが、ランク不足で受注できない。
「素材採取はどうだ。上の階層の素材を持ち帰って売る」
「10Fの素材なら、炎竜の骨とかまだ回収してないものがあるわ」
ソフィアが言った。
「行こう。10Fなら俺たちの庭だ」
* * *
10F。
溶岩湖のある巨大空洞。
炎竜ヴァルカンを倒した場所だ。
魔物は再生しているが、雑魚は四人で処理できる。
炎蛇の群れを蹴散らしながら、溶岩湖の周囲を探索した。
「骨は回収済みか。鱗の破片は拾えるけど、大した値段にはならないわね」
ソフィアが溶岩湖の縁で鱗を拾いながら言った。
「もっと奥はどうだ。前に来た時は戦闘で余裕がなくて、壁際を見てない」
カイトは溶岩湖の反対側に回った。
岩壁が赤く照らされている。溶岩の熱で表面がひび割れ、亀裂が走っている。
何気なく壁に拳を当てた。
怪力で押してみる。
ボコリ、と表面が崩れた。
薄い岩盤の向こうに空洞があった。
拳大の穴から、冷たい風が吹き出してくる。
「何かあるぞ」
カイトは怪力で壁を砕いた。
岩盤が崩落し、人一人が通れるほどの穴が開く。
穴の向こうは小さな洞窟だった。
溶岩湖の熱が届かず、空気が冷たい。
そして——壁が光っていた。
銀白色の光。
脈動するように明滅している。
まるで心臓の鼓動のように、規則的に、ゆっくりと。
「おい、ソフィア。この壁の中に変な石がある。光ってるぞ」
ソフィアが穴を覗き込んだ。
「触らないで。罠かもしれないし」
言いかけて、目を見開いた。
「待って。これ——」
ソフィアが洞窟に入り、光る壁に手をかざした。
触れてはいない。だが手の平が銀白色の光に照らされている。
「嘘……本物?」
「何だ、知ってるのか」
「星脈鉄」
マルクとエルザが穴の入口に集まった。
「星脈鉄って何だ」
「星脈のエネルギーを直接蓄える鉱石。大崩落の時に星脈が地表に噴出した跡に、稀に結晶化して残る。武器や防具に鍛えると、核紋の力を増幅できる——理論上は」
「理論上は、って」
「実物を見たことがなかったのよ。文献でしか知らなかった」
エルザが壁に近づき、光る鉱石を観察した。
「星脈のエネルギー密度が高い。でも放射は穏やか。暴走している様子はない」
「危険はないのか」
「理論上は安全。星脈鉄は安定した結晶構造を持つ——大崩落の残滓の中で、最も安全な形態の星脈エネルギー」
カイトは手を壁に近づけた。
核紋が反応した。
だが、ゴーレムやダークエルフの長に近づいた時のような鋭い反応ではない。
穏やかな振動。体の奥から響く、低い音のような感覚。
「核紋が反応してる。でも戦闘的な反応じゃない。何だろう、馴染んでるって感じだ」
「空の器だからかもしれない。星脈鉄は全属性の基盤となるエネルギー。空の核紋は属性がないから、星脈の純粋なエネルギーと相性がいいのかも」
エルザの目が輝いている。研究者の顔だ。
「取っていいのか、これ」
「ギルドの規約上、ダンジョン内の鉱物資源は採掘者の所有になる。壁を自力で砕いて見つけたなら、あんたのものよ」
ソフィアが頷いた。
カイトは怪力で壁の鉱脈を慎重に砕いた。
拳の加減が難しい。強すぎれば鉱石が砕けるし、弱すぎれば岩盤が崩れない。
三十分かけて、拳二つ分ほどの星脈鉄の塊を掘り出した。
銀白色。
手に取ると、想像より軽い。
脈動は続いている。掌の中で、とくん、とくん、と光が明滅する。
「生きてるみたいだな」
「星脈のエネルギーが循環しているから。死んだ鉱石じゃない」
「で、これいくらになるんだ」
マルクが率直に聞いた。
「ギルドの競売に出せば——金貨数十枚は下らないわ。上手くいけば百枚を超えるかもしれない」
「金貨百枚?」
マルクの顎が落ちた。
「マジか。今月の宿代どころか、全員の装備を一新してお釣りが来るじゃん」
「あくまで競売の結果次第よ。でも星脈鉄の実物がギルドに持ち込まれた記録は、ここ十年でほとんどない。希少性を考えれば——」
「売る」
カイトが言い切った。
「迷わないのね」
「迷う理由がない。これを金に変えて、15Fのボスを倒す装備を揃える。それだけだ」
* * *
ギルドの競売は三日後に行われた。
星脈鉄の出品は競売場を沸かせた。
鍛冶師、魔導具職人、商人たちが我先にと入札する。
カイトたちは競売場の隅で結果を待った。
「なんか緊張するな。人の命預かって戦う方がマシだわ」
マルクが貧乏揺すりをしている。
「静かにして。競り上がってる」
ソフィアが競売台を見つめていた。
開始価格は金貨三十枚。
すぐに五十枚を超え、七十枚、八十枚と跳ね上がっていく。
最終的に落札したのは、カスカーラ一の鍛冶工房の親方だった。
金貨九十二枚。
「きゅ、92——」
マルクが椅子から落ちかけた。
「金貨92枚って——俺が一年依頼をこなしても稼げない額だぞ」
「鉄級の年収の三倍以上ね」
エルザが冷静に計算している。
カイトは金貨の詰まった袋を受け取った。
重い。人生で初めて持つ重さだ。
「さて。買い物だ」
* * *
鍛冶通りは煙と鉄の匂いに満ちていた。
カイトは短剣を二本新調した。
ミスリル混合の軽量短剣。刃渡りは三十センチ。
鍛冶師が「この鋼なら岩盤も切れる」と太鼓判を押した。
ソフィアは長剣を研ぎ直し、胸甲を新しくした。
水属性の導術式が刻まれた軽鎧。治癒の効率が上がる。
マルクは風属性の矢を二十本追加し、短弓の弦を張り替えた。
エルザは炎の触媒杖を新調した。出力が二割上がる。
全員の防具も更新した。
結晶竜の結晶化ブレスに対応するため、石化耐性の護符を人数分購入。
金貨九十二枚は、半分ほどが残った。
「これだけあれば、回復薬と食料も充分よ」
ソフィアが残金を計算した。
「15Fボス戦の準備は整った、と見ていいか」
エルザが新しい触媒杖を回しながら言った。
「装備は整った。だが作戦がまだだ」
カイトは新しい短剣の柄を握った。
手に馴染む。鉄のプレートに相応しい武器だ。
「結晶竜クリスタ。地属性B級。結晶化ブレスは直撃で石化。結晶の鎧は怪力でも砕けない。14Fでやった温度差攻撃は——」
「有効だが、B級の結晶はC級のゴーレムより遥かに厚い。加熱と冷却にもっと時間がかかる」
「エルザの共振攻撃は?」
「結晶竜自体が結晶と同化しているから、共振で鎧だけを剥がすのは難しい。体ごと振動させれば別だけど、B級の結晶竜を共振で揺さぶるには出力が全然足りない」
「つまり正攻法が通じない」
「正攻法では無理。別の角度が要る」
四人は宿の部屋で夜遅くまで作戦を練った。
結晶竜の構造。弱点。行動パターン。
14Fで得た情報と、ギルドの記録を突き合わせる。
「関節部の隙間。炎竜の時と同じで、翼の付け根と首の接合部に鎧の薄い箇所がある」
「14Fのゴーレムと同じ弱点構造か」
「ゴーレムより複雑だけど、原理は同じ。結晶で覆えない可動部が弱点になる」
カイトは短剣の刃を見つめた。
「分かった。やることは一つだ。あの関節に、全力を叩き込む」
「単純ね」
「単純でいい。複雑な作戦は、あの規模の相手の前じゃ崩れる。やることをシンプルにして、一人一人の役割を明確にする」
ソフィアが頷いた。
「マルクが飛行を制限する。エルザが関節を加熱。私が冷却と治癒。カイトが叩き込む」
「炎竜の時と骨格は同じだ。だがB級相手だ。一撃じゃ終わらない。何度でも繰り返す」
カイトは立ち上がった。
「明日、行くぞ」
三人が頷いた。
* * *
翌朝。
四人はダンジョンの入口に立っていた。
新しい装備が朝日に光っている。
カイトのミスリル短剣。ソフィアの導術式の軽鎧。マルクの風矢。エルザの触媒杖。
石化耐性の護符が全員の首に下がっている。
カイトが鉄のプレートに手を触れた。
冷たい金属の感触が指に伝わる。
「行くか」
エレベーターの魔導式昇降機に四人で乗り込んだ。
歯車が軋み、床が下降を始める。
10F。通過。
11F。通過。
12F。通過。
13F。通過。
14Fで停止した。
結晶の森を抜けなければ、15Fには入れない。
四人は無言で歩き始めた。
結晶の柱が光を放ち、行く手を照らしている。
14Fの結晶の森を駆け抜けた。
ゴーレムが二体擬態を解いて襲いかかったが、エルザの共振振動で結晶鎧を剥がし、カイトの拳で粉砕した。
足を止めず、奥へ進む。
結晶の壁が見えた。
半透明の壁の向こうに、巨大な影が蠢いている。
壁に手を触れた。
結晶が冷たい。
壁の中央に亀裂がある。
人一人が通れるほどの隙間。
その奥から、低い咆哮が響いた。
結晶竜クリスタ。
15Fのボスが、侵入者を待っている。
カイトは短剣を抜いた。
新品のミスリル刃が、結晶の光を反射して白く輝いた。
「行くぞ。最強の獲物を——」
壁の隙間に、一歩を踏み出した。
「喰いに行く」
四人の影が、結晶の壁の向こうに消えた。




