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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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30/67

#30 星脈鉄

15Fのボスを喰うには、まず金がいる。


 カイトのパーティは万年金欠だった。

 鉄級の報酬で宿代と食費を払えば、装備に回す余裕はほとんどない。

 短剣は刃こぼれだらけ。革鎧はゴーレム戦で半壊している。ソフィアの剣も研ぎ直しが必要だ。


「結晶竜に今の装備で突っ込むのは、裸で溶岩に飛び込むのと同じだ」


 エルザの言葉は冷静だが、全員が分かっている事実だった。


「金を稼ぐ。それも大きく」


 カイトは掲示板の依頼を眺めたが、鉄級の報酬では焼け石に水だ。

 銀級依頼を受ければ報酬は跳ね上がるが、ランク不足で受注できない。


「素材採取はどうだ。上の階層の素材を持ち帰って売る」


「10Fの素材なら、炎竜の骨とかまだ回収してないものがあるわ」


 ソフィアが言った。


「行こう。10Fなら俺たちの庭だ」


* * *


 10F。

 溶岩湖のある巨大空洞。

 炎竜ヴァルカンを倒した場所だ。


 魔物は再生しているが、雑魚は四人で処理できる。

 炎蛇の群れを蹴散らしながら、溶岩湖の周囲を探索した。


「骨は回収済みか。鱗の破片は拾えるけど、大した値段にはならないわね」


 ソフィアが溶岩湖の縁で鱗を拾いながら言った。


「もっと奥はどうだ。前に来た時は戦闘で余裕がなくて、壁際を見てない」


 カイトは溶岩湖の反対側に回った。

 岩壁が赤く照らされている。溶岩の熱で表面がひび割れ、亀裂が走っている。


 何気なく壁に拳を当てた。

 怪力で押してみる。


 ボコリ、と表面が崩れた。


 薄い岩盤の向こうに空洞があった。

 拳大の穴から、冷たい風が吹き出してくる。


「何かあるぞ」


 カイトは怪力で壁を砕いた。

 岩盤が崩落し、人一人が通れるほどの穴が開く。


 穴の向こうは小さな洞窟だった。

 溶岩湖の熱が届かず、空気が冷たい。


 そして——壁が光っていた。


 銀白色の光。

 脈動するように明滅している。

 まるで心臓の鼓動のように、規則的に、ゆっくりと。


「おい、ソフィア。この壁の中に変な石がある。光ってるぞ」


 ソフィアが穴を覗き込んだ。


「触らないで。罠かもしれないし」


 言いかけて、目を見開いた。


「待って。これ——」


 ソフィアが洞窟に入り、光る壁に手をかざした。

 触れてはいない。だが手の平が銀白色の光に照らされている。


「嘘……本物?」


「何だ、知ってるのか」


「星脈鉄」


 マルクとエルザが穴の入口に集まった。


「星脈鉄って何だ」


「星脈のエネルギーを直接蓄える鉱石。大崩落の時に星脈が地表に噴出した跡に、稀に結晶化して残る。武器や防具に鍛えると、核紋の力を増幅できる——理論上は」


「理論上は、って」


「実物を見たことがなかったのよ。文献でしか知らなかった」


 エルザが壁に近づき、光る鉱石を観察した。


「星脈のエネルギー密度が高い。でも放射は穏やか。暴走している様子はない」


「危険はないのか」


「理論上は安全。星脈鉄は安定した結晶構造を持つ——大崩落の残滓の中で、最も安全な形態の星脈エネルギー」


 カイトは手を壁に近づけた。


 核紋が反応した。

 だが、ゴーレムやダークエルフの長に近づいた時のような鋭い反応ではない。

 穏やかな振動。体の奥から響く、低い音のような感覚。


「核紋が反応してる。でも戦闘的な反応じゃない。何だろう、馴染んでるって感じだ」


「空の器だからかもしれない。星脈鉄は全属性の基盤となるエネルギー。空の核紋は属性がないから、星脈の純粋なエネルギーと相性がいいのかも」


 エルザの目が輝いている。研究者の顔だ。


「取っていいのか、これ」


「ギルドの規約上、ダンジョン内の鉱物資源は採掘者の所有になる。壁を自力で砕いて見つけたなら、あんたのものよ」


 ソフィアが頷いた。


 カイトは怪力で壁の鉱脈を慎重に砕いた。

 拳の加減が難しい。強すぎれば鉱石が砕けるし、弱すぎれば岩盤が崩れない。


 三十分かけて、拳二つ分ほどの星脈鉄の塊を掘り出した。


 銀白色。

 手に取ると、想像より軽い。

 脈動は続いている。掌の中で、とくん、とくん、と光が明滅する。


「生きてるみたいだな」


「星脈のエネルギーが循環しているから。死んだ鉱石じゃない」


「で、これいくらになるんだ」


 マルクが率直に聞いた。


「ギルドの競売に出せば——金貨数十枚は下らないわ。上手くいけば百枚を超えるかもしれない」


「金貨百枚?」


 マルクの顎が落ちた。


「マジか。今月の宿代どころか、全員の装備を一新してお釣りが来るじゃん」


「あくまで競売の結果次第よ。でも星脈鉄の実物がギルドに持ち込まれた記録は、ここ十年でほとんどない。希少性を考えれば——」


「売る」


 カイトが言い切った。


「迷わないのね」


「迷う理由がない。これを金に変えて、15Fのボスを倒す装備を揃える。それだけだ」


* * *


 ギルドの競売は三日後に行われた。


 星脈鉄の出品は競売場を沸かせた。

 鍛冶師、魔導具職人、商人たちが我先にと入札する。


 カイトたちは競売場の隅で結果を待った。


「なんか緊張するな。人の命預かって戦う方がマシだわ」


 マルクが貧乏揺すりをしている。


「静かにして。競り上がってる」


 ソフィアが競売台を見つめていた。


 開始価格は金貨三十枚。

 すぐに五十枚を超え、七十枚、八十枚と跳ね上がっていく。


 最終的に落札したのは、カスカーラ一の鍛冶工房の親方だった。


 金貨九十二枚。


「きゅ、92——」


 マルクが椅子から落ちかけた。


「金貨92枚って——俺が一年依頼をこなしても稼げない額だぞ」


「鉄級の年収の三倍以上ね」


 エルザが冷静に計算している。


 カイトは金貨の詰まった袋を受け取った。

 重い。人生で初めて持つ重さだ。


「さて。買い物だ」


* * *


 鍛冶通りは煙と鉄の匂いに満ちていた。


 カイトは短剣を二本新調した。

 ミスリル混合の軽量短剣。刃渡りは三十センチ。

 鍛冶師が「この鋼なら岩盤も切れる」と太鼓判を押した。


 ソフィアは長剣を研ぎ直し、胸甲を新しくした。

 水属性の導術式が刻まれた軽鎧。治癒の効率が上がる。


 マルクは風属性の矢を二十本追加し、短弓の弦を張り替えた。


 エルザは炎の触媒杖を新調した。出力が二割上がる。


 全員の防具も更新した。

 結晶竜の結晶化ブレスに対応するため、石化耐性の護符を人数分購入。


 金貨九十二枚は、半分ほどが残った。


「これだけあれば、回復薬と食料も充分よ」


 ソフィアが残金を計算した。


「15Fボス戦の準備は整った、と見ていいか」


 エルザが新しい触媒杖を回しながら言った。


「装備は整った。だが作戦がまだだ」


 カイトは新しい短剣の柄を握った。

 手に馴染む。鉄のプレートに相応しい武器だ。


「結晶竜クリスタ。地属性B級。結晶化ブレスは直撃で石化。結晶の鎧は怪力でも砕けない。14Fでやった温度差攻撃は——」


「有効だが、B級の結晶はC級のゴーレムより遥かに厚い。加熱と冷却にもっと時間がかかる」


「エルザの共振攻撃は?」


「結晶竜自体が結晶と同化しているから、共振で鎧だけを剥がすのは難しい。体ごと振動させれば別だけど、B級の結晶竜を共振で揺さぶるには出力が全然足りない」


「つまり正攻法が通じない」


「正攻法では無理。別の角度が要る」


 四人は宿の部屋で夜遅くまで作戦を練った。


 結晶竜の構造。弱点。行動パターン。

 14Fで得た情報と、ギルドの記録を突き合わせる。


「関節部の隙間。炎竜の時と同じで、翼の付け根と首の接合部に鎧の薄い箇所がある」


「14Fのゴーレムと同じ弱点構造か」


「ゴーレムより複雑だけど、原理は同じ。結晶で覆えない可動部が弱点になる」


 カイトは短剣の刃を見つめた。


「分かった。やることは一つだ。あの関節に、全力を叩き込む」


「単純ね」


「単純でいい。複雑な作戦は、あの規模の相手の前じゃ崩れる。やることをシンプルにして、一人一人の役割を明確にする」


 ソフィアが頷いた。


「マルクが飛行を制限する。エルザが関節を加熱。私が冷却と治癒。カイトが叩き込む」


「炎竜の時と骨格は同じだ。だがB級相手だ。一撃じゃ終わらない。何度でも繰り返す」


 カイトは立ち上がった。


「明日、行くぞ」


 三人が頷いた。


* * *


 翌朝。


 四人はダンジョンの入口に立っていた。


 新しい装備が朝日に光っている。

 カイトのミスリル短剣。ソフィアの導術式の軽鎧。マルクの風矢。エルザの触媒杖。


 石化耐性の護符が全員の首に下がっている。


 カイトが鉄のプレートに手を触れた。

 冷たい金属の感触が指に伝わる。


「行くか」


 エレベーターの魔導式昇降機に四人で乗り込んだ。

 歯車が軋み、床が下降を始める。


 10F。通過。

 11F。通過。

 12F。通過。

 13F。通過。

 14Fで停止した。


 結晶の森を抜けなければ、15Fには入れない。


 四人は無言で歩き始めた。

 結晶の柱が光を放ち、行く手を照らしている。


 14Fの結晶の森を駆け抜けた。

 ゴーレムが二体擬態を解いて襲いかかったが、エルザの共振振動で結晶鎧を剥がし、カイトの拳で粉砕した。

 足を止めず、奥へ進む。


 結晶の壁が見えた。

 半透明の壁の向こうに、巨大な影が蠢いている。


 壁に手を触れた。

 結晶が冷たい。


 壁の中央に亀裂がある。

 人一人が通れるほどの隙間。


 その奥から、低い咆哮が響いた。


 結晶竜クリスタ。

 15Fのボスが、侵入者を待っている。


 カイトは短剣を抜いた。

 新品のミスリル刃が、結晶の光を反射して白く輝いた。


「行くぞ。最強の獲物を——」


 壁の隙間に、一歩を踏み出した。


「喰いに行く」


 四人の影が、結晶の壁の向こうに消えた。

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