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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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29/72

#29 結晶の森

14Fの入口を抜けた瞬間、全員が立ち止まった。


 結晶だった。

 床から天井まで、巨大な結晶の柱が林立している。

 白、青、薄紫。透明な柱の内部に光が閉じ込められ、空間全体が万華鏡のように輝いている。


「綺麗……」


 ソフィアが息を呑んだ。


「綺麗だが、危険だ」


 エルザが壁際の結晶に手を触れた。


「この結晶、星脈のエネルギーを帯びている。自然光を内部で増幅して放出しているから、あらゆる方向から光が来る」


「つまり?」


「暗視が使い物にならない。光が多すぎて、逆に視界が飽和する」


 カイトは暗視を起動してみた。

 直後、視界が白く焼けた。


「くそっ——」


 目を押さえた。

 結晶が放つ光が暗視に流れ込み、感覚が過負荷を起こしている。


「暗視は切れ。ここでは逆効果だ」


 通常の視覚に切り替えた。

 それでも結晶の反射で距離感が狂う。壁が近いのか遠いのか、通路が続いているのか行き止まりなのか、判断がつかない。


「マルク、風で索敵してくれ」


「もうやってる。——三時の方向に何かいる。動いてない」


 四人は武器を構えたまま、慎重に進んだ。


 結晶の柱の間を縫って歩く。

 足元にも結晶の破片が散らばっていて、踏むたびに硬い音が鳴る。

 隠密行動は不可能だった。


 マルクが指差した方向に、灰色の岩塊があった。

 高さ三メートルほどの、丸みを帯びた岩。

 他の結晶と違い、光を反射しない。


「あれか?」


「動いてない。岩にしか見えないが——」


 カイトが一歩近づいた。


 岩が動いた。


 正面に人間の顔のような窪みが浮かび上がり、腕に相当する部位が横に展開した。

 結晶の破片が表面に張り付き、鎧のように固まっている。


 ストーンゴーレム。

 結晶に擬態していた。


「来るぞ!」


 ゴーレムの右腕が振り下ろされた。

 カイトが短剣を捨て、怪力で拳を構えて受け止める。


 衝撃が腕を伝わった。

 地E級の怪力が——押し負けている。


「硬ぇ……!」


 拳が弾かれた。

 ゴーレムの岩拳は結晶で補強されており、純粋な力比べでは地E級では足りない。


「ランクは?」


「地C級相当! カイトの怪力では力負けする!」


 エルザが叫んだ。


 ゴーレムが二撃目を振り下ろした。

 カイトは横に跳んで躱したが、拳が床に叩きつけられた衝撃で結晶の破片が飛び散る。

 破片がカイトの頬を切った。


「炎でいく!」


 カイトが右手に炎を集中させた。

 炎C級の火力をゴーレムの胸部に叩き込む。


 岩の表面が赤熱した。

 だが溶けない。結晶の補強が熱を分散している。


「加熱だけじゃ足りない! ソフィア!」


「分かった!」


 ソフィアが水流をゴーレムの赤熱した胸部に浴びせた。


 ジュウ、と凄まじい蒸気が上がった。


 急激な温度変化。

 熱膨張した岩が急冷され、表面に亀裂が走る。


「今だ!」


 カイトが踏み込んだ。

 亀裂に拳を叩き込む。

 怪力を込めた一撃が、ひび割れた岩を砕いた。


 ゴーレムの胸部が崩壊した。

 核に相当する光る石が露出する。

 カイトの二撃目がそれを粉砕した。


 ゴーレムが崩れ落ちた。

 岩と結晶の残骸が床に散らばる。


「一体、撃破」


 カイトは拳を振った。

 右手の皮が裂けている。岩を直接殴った代償だ。


「温度差攻撃、有効ね。炎で加熱して水で急冷——理にかなっている」


 ソフィアが治癒を右手に送りながら言った。


「だが時間がかかりすぎる」


 エルザが周囲を見回した。


 結晶の柱の間に、灰色の影が見える。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 数えるのをやめた。


「10体以上いる」


 マルクが呟いた。


「嘘だろ……」


「全部擬態してたのか。結晶の柱に紛れて——」


 ゴーレムたちが同時に動き始めた。

 岩の巨体が結晶の柱を薙ぎ倒しながら迫ってくる。


「一体ずつやってたら持たない! 別の手を考えるぞ!」


 カイトが叫んだ。


 ソフィアが前に出て水の壁を展開し、最前列のゴーレム二体の動きを遅らせた。

 マルクが風矢を放つが、岩の表面で弾かれる。


「矢が効かねぇ!」


「当然よ。岩相手に物理の矢は——」


「分かってるけど他に何すりゃいいんだ!」


 消耗戦になった。

 カイトとソフィアが前衛で一体ずつ温度差攻撃で崩し、マルクとエルザが後方から援護する。


 三体目を撃破した時点で、カイトの息が荒くなった。

 炎を連続使用しすぎている。核紋の容量が圧迫されている感覚がある。


 四体目。五体目。


 ソフィアの水が弱くなった。

 魔力の消耗が激しい。


「このペースじゃ——」


「エルザ! 何か方法はないのか!」


 カイトが振り返った。


 エルザが結晶の柱に手を当てていた。

 目を閉じ、何かに集中している。


「エルザ?」


「待って。今、分かりかけてる」


 六体目のゴーレムが迫る。

 カイトが炎の拳で受け止め、ソフィアの水で冷却し、亀裂を殴って崩す。

 息が切れている。


「エルザ! 早くしてくれ!」


「分かった」


 エルザが目を開けた。


「この結晶、固有の共振周波数を持っている。星脈のエネルギーが特定の振動数で循環してる。それに合わせた魔力振動を結晶に送れば——」


「何が起きる?」


「結晶が共振して振動する。結晶を鎧にしているゴーレムの擬態が剥がれる。結晶の補強ごと弾き飛ばせる」


 エルザが両手を結晶の柱に当てた。

 炎属性の魔力を、極めて低い出力で一定の周波数に変換して送り込む。


 結晶が鳴った。


 低い、地鳴りのような音が空間に響いた。

 一つの柱から、隣の柱へ。そのまた隣へ。

 共振が連鎖し、14Fの結晶の森全体が振動し始めた。


 ゴーレムの表面に張り付いていた結晶が、震え出した。


 パキン。パキパキン。


 結晶の補強が弾け飛んだ。

 擬態が崩れ、灰色の岩の本体が露出する。


「今よ! 結晶の鎧が剥がれてる!」


 ソフィアが叫んだ。


 カイトが踏み込んだ。

 結晶の補強を失ったゴーレムは、ただの岩の塊だ。

 怪力の拳で核を直接殴れる。


 七体目。崩壊。

 八体目。粉砕。


 マルクの矢が、結晶の鎧がないゴーレムの関節を射抜いた。

 動きが止まったところにカイトの拳が入る。


 九体目。十体目。


 最後の一体が崩れ落ちた時、14Fの結晶の森は静寂に包まれていた。


 岩と結晶の残骸が散乱している。

 四人とも息が荒い。


「エルザ、お前天才だな」


 マルクが膝に手をつきながら言った。


「天才じゃない。論理的に考えれば導ける結論よ」


「いや、普通あの状況で結晶の共振周波数とか思いつかねぇだろ」


 エルザの頬が微かに赤くなった。

 眼鏡を直すふりで顔を隠している。


 カイトはソフィアから治癒を受けながら、14Fの奥を見た。


 結晶の柱が途切れた先に、壁がある。

 通常の岩壁ではない。

 巨大な結晶の壁だ。

 半透明の壁の向こう側に、何かが蠢いている。


 圧倒的な威圧感が壁を透過して伝わってきた。


 体内の核紋が反応した。

 四つの属性が同時に脈動する。


「あの壁の向こうが15Fだ」


 カイトが呟いた。


「15Fのボス、結晶竜クリスタ」


 エルザの声が緊張で硬い。


「地属性B級。さっきのゴーレムがC級。その上——」


 壁の向こうから、低い唸り声が響いた。

 結晶の壁が振動し、細かい破片が天井から降ってくる。


 四人の肌が粟立った。


「帰るぞ。準備が要る」


 カイトが背を向けた。


「装備も資金も足りない。このまま突っ込んだら死ぬ」


「珍しく冷静じゃない」


 ソフィアが横に並んだ。


「冷静じゃなくて、腹が決まっただけだ。あいつは必ず喰う。だから準備する」


 カイトの灰色の瞳に、結晶の光が映っている。


 結晶竜の咆哮が、背中越しに追いかけてきた。


 四人は振り返らずに、14Fの出口へ向かった。

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