#29 結晶の森
14Fの入口を抜けた瞬間、全員が立ち止まった。
結晶だった。
床から天井まで、巨大な結晶の柱が林立している。
白、青、薄紫。透明な柱の内部に光が閉じ込められ、空間全体が万華鏡のように輝いている。
「綺麗……」
ソフィアが息を呑んだ。
「綺麗だが、危険だ」
エルザが壁際の結晶に手を触れた。
「この結晶、星脈のエネルギーを帯びている。自然光を内部で増幅して放出しているから、あらゆる方向から光が来る」
「つまり?」
「暗視が使い物にならない。光が多すぎて、逆に視界が飽和する」
カイトは暗視を起動してみた。
直後、視界が白く焼けた。
「くそっ——」
目を押さえた。
結晶が放つ光が暗視に流れ込み、感覚が過負荷を起こしている。
「暗視は切れ。ここでは逆効果だ」
通常の視覚に切り替えた。
それでも結晶の反射で距離感が狂う。壁が近いのか遠いのか、通路が続いているのか行き止まりなのか、判断がつかない。
「マルク、風で索敵してくれ」
「もうやってる。——三時の方向に何かいる。動いてない」
四人は武器を構えたまま、慎重に進んだ。
結晶の柱の間を縫って歩く。
足元にも結晶の破片が散らばっていて、踏むたびに硬い音が鳴る。
隠密行動は不可能だった。
マルクが指差した方向に、灰色の岩塊があった。
高さ三メートルほどの、丸みを帯びた岩。
他の結晶と違い、光を反射しない。
「あれか?」
「動いてない。岩にしか見えないが——」
カイトが一歩近づいた。
岩が動いた。
正面に人間の顔のような窪みが浮かび上がり、腕に相当する部位が横に展開した。
結晶の破片が表面に張り付き、鎧のように固まっている。
ストーンゴーレム。
結晶に擬態していた。
「来るぞ!」
ゴーレムの右腕が振り下ろされた。
カイトが短剣を捨て、怪力で拳を構えて受け止める。
衝撃が腕を伝わった。
地E級の怪力が——押し負けている。
「硬ぇ……!」
拳が弾かれた。
ゴーレムの岩拳は結晶で補強されており、純粋な力比べでは地E級では足りない。
「ランクは?」
「地C級相当! カイトの怪力では力負けする!」
エルザが叫んだ。
ゴーレムが二撃目を振り下ろした。
カイトは横に跳んで躱したが、拳が床に叩きつけられた衝撃で結晶の破片が飛び散る。
破片がカイトの頬を切った。
「炎でいく!」
カイトが右手に炎を集中させた。
炎C級の火力をゴーレムの胸部に叩き込む。
岩の表面が赤熱した。
だが溶けない。結晶の補強が熱を分散している。
「加熱だけじゃ足りない! ソフィア!」
「分かった!」
ソフィアが水流をゴーレムの赤熱した胸部に浴びせた。
ジュウ、と凄まじい蒸気が上がった。
急激な温度変化。
熱膨張した岩が急冷され、表面に亀裂が走る。
「今だ!」
カイトが踏み込んだ。
亀裂に拳を叩き込む。
怪力を込めた一撃が、ひび割れた岩を砕いた。
ゴーレムの胸部が崩壊した。
核に相当する光る石が露出する。
カイトの二撃目がそれを粉砕した。
ゴーレムが崩れ落ちた。
岩と結晶の残骸が床に散らばる。
「一体、撃破」
カイトは拳を振った。
右手の皮が裂けている。岩を直接殴った代償だ。
「温度差攻撃、有効ね。炎で加熱して水で急冷——理にかなっている」
ソフィアが治癒を右手に送りながら言った。
「だが時間がかかりすぎる」
エルザが周囲を見回した。
結晶の柱の間に、灰色の影が見える。
一つ。
二つ。
三つ。
数えるのをやめた。
「10体以上いる」
マルクが呟いた。
「嘘だろ……」
「全部擬態してたのか。結晶の柱に紛れて——」
ゴーレムたちが同時に動き始めた。
岩の巨体が結晶の柱を薙ぎ倒しながら迫ってくる。
「一体ずつやってたら持たない! 別の手を考えるぞ!」
カイトが叫んだ。
ソフィアが前に出て水の壁を展開し、最前列のゴーレム二体の動きを遅らせた。
マルクが風矢を放つが、岩の表面で弾かれる。
「矢が効かねぇ!」
「当然よ。岩相手に物理の矢は——」
「分かってるけど他に何すりゃいいんだ!」
消耗戦になった。
カイトとソフィアが前衛で一体ずつ温度差攻撃で崩し、マルクとエルザが後方から援護する。
三体目を撃破した時点で、カイトの息が荒くなった。
炎を連続使用しすぎている。核紋の容量が圧迫されている感覚がある。
四体目。五体目。
ソフィアの水が弱くなった。
魔力の消耗が激しい。
「このペースじゃ——」
「エルザ! 何か方法はないのか!」
カイトが振り返った。
エルザが結晶の柱に手を当てていた。
目を閉じ、何かに集中している。
「エルザ?」
「待って。今、分かりかけてる」
六体目のゴーレムが迫る。
カイトが炎の拳で受け止め、ソフィアの水で冷却し、亀裂を殴って崩す。
息が切れている。
「エルザ! 早くしてくれ!」
「分かった」
エルザが目を開けた。
「この結晶、固有の共振周波数を持っている。星脈のエネルギーが特定の振動数で循環してる。それに合わせた魔力振動を結晶に送れば——」
「何が起きる?」
「結晶が共振して振動する。結晶を鎧にしているゴーレムの擬態が剥がれる。結晶の補強ごと弾き飛ばせる」
エルザが両手を結晶の柱に当てた。
炎属性の魔力を、極めて低い出力で一定の周波数に変換して送り込む。
結晶が鳴った。
低い、地鳴りのような音が空間に響いた。
一つの柱から、隣の柱へ。そのまた隣へ。
共振が連鎖し、14Fの結晶の森全体が振動し始めた。
ゴーレムの表面に張り付いていた結晶が、震え出した。
パキン。パキパキン。
結晶の補強が弾け飛んだ。
擬態が崩れ、灰色の岩の本体が露出する。
「今よ! 結晶の鎧が剥がれてる!」
ソフィアが叫んだ。
カイトが踏み込んだ。
結晶の補強を失ったゴーレムは、ただの岩の塊だ。
怪力の拳で核を直接殴れる。
七体目。崩壊。
八体目。粉砕。
マルクの矢が、結晶の鎧がないゴーレムの関節を射抜いた。
動きが止まったところにカイトの拳が入る。
九体目。十体目。
最後の一体が崩れ落ちた時、14Fの結晶の森は静寂に包まれていた。
岩と結晶の残骸が散乱している。
四人とも息が荒い。
「エルザ、お前天才だな」
マルクが膝に手をつきながら言った。
「天才じゃない。論理的に考えれば導ける結論よ」
「いや、普通あの状況で結晶の共振周波数とか思いつかねぇだろ」
エルザの頬が微かに赤くなった。
眼鏡を直すふりで顔を隠している。
カイトはソフィアから治癒を受けながら、14Fの奥を見た。
結晶の柱が途切れた先に、壁がある。
通常の岩壁ではない。
巨大な結晶の壁だ。
半透明の壁の向こう側に、何かが蠢いている。
圧倒的な威圧感が壁を透過して伝わってきた。
体内の核紋が反応した。
四つの属性が同時に脈動する。
「あの壁の向こうが15Fだ」
カイトが呟いた。
「15Fのボス、結晶竜クリスタ」
エルザの声が緊張で硬い。
「地属性B級。さっきのゴーレムがC級。その上——」
壁の向こうから、低い唸り声が響いた。
結晶の壁が振動し、細かい破片が天井から降ってくる。
四人の肌が粟立った。
「帰るぞ。準備が要る」
カイトが背を向けた。
「装備も資金も足りない。このまま突っ込んだら死ぬ」
「珍しく冷静じゃない」
ソフィアが横に並んだ。
「冷静じゃなくて、腹が決まっただけだ。あいつは必ず喰う。だから準備する」
カイトの灰色の瞳に、結晶の光が映っている。
結晶竜の咆哮が、背中越しに追いかけてきた。
四人は振り返らずに、14Fの出口へ向かった。




