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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#27 ダークエルフの領域

13Fへの階段を降りた瞬間、空気が変わった。


 冷たい。

 11Fや12Fの結晶洞窟とは違う種類の冷気だ。

 岩盤から染み出す湿気が肌に纏わりつき、視界の端が歪んでいる。


「暗い、な」


 カイトが暗視を起動した。

 闇F級の視覚が周囲を捉える——はずだった。


 通路が二つある。

 左は岩壁に挟まれた狭い道。右は広い空洞に繋がっている。

 どちらも暗視で見えている。


 だが、何かがおかしい。


「カイト、どっちに行く?」


 ソフィアが松明を掲げた。

 炎の光が通路を照らす。


「右が広い。そっちから——」


「待って」


 エルザが足を止めた。

 片手を上げ、指先に小さな炎を灯す。

 その炎を右の通路に向かって放った。


 炎の球が五メートルほど進んだところで、壁にぶつかった。


「壁? でも俺には道が見えてるぞ」


「それが幻術よ」


 エルザの声が硬い。


「光属性の屈折を使った視覚の欺瞞。暗視で見えている『右の広い空洞』は存在しない。壁に突っ込ませるための罠」


 カイトは右の通路を凝視した。

 確かに道が見える。広い空洞が奥に広がっている——


 だが、エルザの炎は壁にぶつかった。

 視覚が嘘をついている。


「クソ。暗視が使い物にならないのか」


「いいえ、逆」


 エルザが眼鏡を直しながら歩み寄った。


「暗視は闇属性。闇属性の視覚は光の屈折率の変化を感知できる。幻術は光属性の屈折で作られているから、暗視なら幻術の『ズレ』が見えるはず」


「ズレ?」


「本物の光と、幻術が作り出した光では屈折率が微妙に違う。暗視を通常の視覚と切り替えながら比較すれば」


 カイトは暗視を一度切った。

 通常の視覚。松明の光だけが頼り。

 右の通路は暗闇で見えない。


 暗視を入れた。

 右の通路に広い空洞が見える。


 切った。暗闇。

 入れた。空洞が見える。


 入れた状態で、目を細めた。

 空洞の端——壁と天井の接合部に、光の揺らぎがある。

 通常の暗視映像では均一な闇のはずが、そこだけ微かに色が滲んでいる。


「見えた。右の壁と天井の際に、光がちらついてる」


「それが幻術の境界線。つまり右の通路は偽物で、左が本物」


 マルクが口笛を吹いた。


「つまりカイトが幻術を看破して、俺たちが本物の通路を進めばいいってことか」


「そうなる」


 カイトが先頭に立った。

 暗視を常時展開し、光の「ズレ」を探しながら進む。


 左の通路は狭く、天井が低い。

 岩壁に苔が張り付き、足元は滑りやすい。

 進むにつれて通路が分岐する。三叉路、四叉路。


 そのたびにカイトが暗視で幻術を看破した。


「左は偽物。真ん中と右が本物」


「真ん中の方が気配がある。マルク、偵察頼む」


 マルクが風属性の感知を使い、気配の方向を探る。

 カイトの暗視とマルクの風感知を組み合わせた索敵が機能し始めた。


 三十分ほど進んだ時、通路の先から足音が聞こえた。


 人間の足音ではない。

 もっと軽い。猫のように滑らかで、不規則な間隔。


「来る」


 カイトが短剣を抜いた。


 暗闇の中から、影が浮かび上がった。


 細身の人型。

 尖った耳。灰色の肌。紫に光る瞳。

 手に握られた細い剣が、魔力の光を帯びている。


 ダークエルフ。


 一体ではない。

 通路の天井に一体、壁の窪みに一体。合計三体が同時に姿を現した。


 先頭のダークエルフが手をかざした瞬間、通路の景色が崩れた。


 壁が消え、カイトの左右に広大な森が出現する。

 木々の間にソフィアが立っている——いや、あれはソフィアではない。


 幻術。


「全部偽物だ! 実体は正面の三体!」


 カイトが叫んだ。

 暗視が光のズレを捉えている。幻術で作られた森は光の屈折率が均一すぎる。本物の岩壁は不規則にざらついている。


「マルク! 正面の天井際、一体!」


「了解」


 マルクが短弓を引き絞り、放った。

 風属性の矢が暗闇を切り裂き、天井に張り付いていたダークエルフの肩を射抜いた。


 悲鳴が上がり、幻術の森が一瞬揺れた。

 術者にダメージが入ると幻術の維持が乱れるのだ。


「エルザ、壁の窪み!」


「炎弾!」


 エルザの炎が壁の窪みに叩き込まれ、隠れていたダークエルフが飛び出す。

 ソフィアが剣で受け止め、水流の斬撃で押し返した。


 カイトは正面のダークエルフに肉薄した。

 細い剣が振り下ろされる。

 短剣で逸らし、怪力を込めた拳を腹に叩き込む。


 ダークエルフが吹き飛んだ。

 壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。


 幻術の森が掻き消え、元の狭い通路が戻った。


「三体、終了。怪我は?」


「なし。マルクの矢が早かったから助かった」


 ソフィアが息を整えた。


「しかし厄介だな」


 マルクが矢筒を確認しながら言った。


「幻術で連携を乱されたら、視界の共有ができなくなる。カイトがいなかったら全員バラバラに動かされてた」


「理論上、幻術の強度は術者の闇属性のランクに比例する。さっきの三体はE級程度。暗視のF級でも看破できたのは、属性の相性が有利だから」


 エルザが分析しながら先を見た。


「だけど、もっと上位のダークエルフが出てきたら——」


「そん時はそん時だ。行くぞ」


* * *


 13Fの奥に進むにつれ、ダークエルフの出現頻度が上がった。


 五体の集団。八体の待ち伏せ。

 幻術の精度も上がり、カイトの暗視でも看破に数秒かかるようになった。


 通路を進んでいた時、床が抜けた。


「うわっ——!」


 マルクが叫んだ。

 足元の岩盤が幻術で隠された落とし穴だった。

 三メートル下の暗闇にマルクが落ちていく。


「マルク!」


 カイトが咄嗟に腕を伸ばした。

 間に合わない——だが、穴の縁に張り付いたマルクの手首を掴んだ。


 ぶらん、とマルクの体が揺れる。

 片手でマルクの体重を支えている。

 地E級の怪力がなければ、一緒に落ちていた。


「引き上げるぞ」


 カイトが歯を食いしばり、片腕でマルクを引き上げた。

 腕の鱗模様が浮き上がり、筋繊維が軋む。


 マルクが穴の縁に這い上がった。

 息が荒い。


「助かった。お前、力すげぇな」


「喰った分だけな」


「その一言で片づけんなよ。普通の人間の腕力じゃねぇだろ」


 マルクが腕を見た。

 カイトに掴まれた手首に、鱗の跡がうっすら残っている。


「お前の手、ざらついてるぞ。鱗か?」


「……副作用だ。気にすんな」


 カイトは長袖を引き下げた。


 ソフィアが穴の底を覗き込んだ。

 五メートルはある。落ちていたら骨折では済まない。

 底に尖った結晶が生えている。


「この穴も幻術で隠されてたのね。カイト、気づかなかった?」


「床の幻術は見抜きにくい。上からの光のズレは分かるが、足元の屈折は角度が合わない」


「なるほど。上方と水平方向の幻術は看破できるけど、足元は暗視の構造上、死角になるのか」


 エルザがメモを取っている。


「以降は足元に注意する。マルク、地面を踏む前に風で感知して」


「分かった。こっちも気ぃつけるわ」


 パーティは慎重に奥へ進んだ。


 そして、13Fの最奥に辿り着いた。


 広い空間だった。

 天井が高く、壁に無数の紫色の結晶が埋め込まれている。

 結晶が淡い光を放ち、空間全体が薄紫に染まっている。


 その中央に、一体の影が立っていた。


 他のダークエルフとは体格が違う。

 長身で、白い髪が腰まで伸びている。

 手に持つ杖は黒檀に銀の紋様。

 紫の瞳が、四人を冷たく見据えた。


 ダークエルフの長。


 カイトの暗視が情報を伝えてきた。

 光のズレ——ではない。

 この個体は幻術を展開していない。素の状態で立っているだけで、周囲の光が歪んでいる。


 闇属性の密度が桁違いだ。


「B級」


 エルザが囁いた。


「闇属性B級。カイトの暗視はF級。格差が——」


「5段階」


 カイトが呟いた。


 ダークエルフの長は動かなかった。

 四人を見つめたまま、杖を一度だけ床に打った。


 空間が揺れた。

 壁の結晶が明滅し、紫の光が四人の足元に波紋のように広がる。


 威圧。

 それだけで、マルクの膝が震えた。


「退くぞ」


 カイトが言った。


「退くの?」


 ソフィアが振り向いた。


「あいつはまだ手を出す段階じゃない。B級の闇を、F級の暗視しか持ってない俺が喰える道理がない」


 カイトは短剣を鞘に戻した。


「今の俺たちの実力じゃ、勝てても無傷じゃ済まない。下手すりゃ全滅する。15Fのボスを倒してから、また来る」


「珍しいな、お前が引くなんて」


 マルクが皮肉めかして言ったが、声が震えている。

 本音は、退却に安堵しているのだろう。


「引くんじゃない。順番の問題だ。先に結晶竜を喰う。そうすれば地の力が上がる。それからこいつの闇を喰う」


 カイトはダークエルフの長を見据えた。

 紫の瞳と灰色の瞳が交差する。


 ダークエルフの長は微かに頷いた。

 追ってくる気配はなかった。


 四人は静かに後退し、13Fの最奥を離れた。


 通路に戻り、しばらく歩いてから、カイトは振り返った。

 紫の光は、もう見えない。


「あの闇は、いつか喰う」


 声は小さかったが、全員に聞こえていた。


 カイトの腕の鱗模様が、暗闇の中で微かに光った。

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