#24 ワイバーンの空域
天井が、消えていた。
12Fに足を踏み入れた瞬間、カイトは立ち止まった。
頭上に広がるのは岩盤ではなく、暗闇の中にぼんやりと発光する巨大な空洞。
吹き抜けの天井は百メートル以上の高さがあり、壁面に結晶が散りばめられて淡い光を放っている。
空洞の中を、何かが飛んでいた。
「ワイバーン」
エルザが杖を構えた。
翼長五メートルほどの飛竜が三体、空洞の上部を旋回している。
鱗に覆われた体躯に、先端に毒棘を持つ尾。
「高い。弓は届くか?」
マルクが弓弦を引き絞りながら、目を細めた。
「あの高度だと……風の補助を乗せても厳しいな。もっと降りてきてくれないと」
「降ろすわ。方法はある」
エルザが杖を掲げた。
炎の弾が空洞の天井に向かって放たれる。
着弾して炎が広がったが、ワイバーンには届かない。
しかし炎の光にワイバーンが反応した。
三体が旋回をやめ、降下を始める。
「来た。地上30メートルまで降りたら射る」
「カイト、前に出て。囮になって」
カイトは走った。
空洞の中央、岩柱が乱立する広場に出る。
暗視が空を見上げた。
ワイバーンの影が急速に大きくなる。
「来い」
先頭のワイバーンが急降下した。
翼を畳み、毒棘のついた尾を振り下ろす。
カイトは横に転がった。
尾が地面を叩き、岩が砕ける。
低い。
「マルク!」
風矢が唸りを上げて飛んだ。
ワイバーンの右翼の付け根に命中。
風属性の浸透力が鱗を貫き、翼膜を裂いた。
ワイバーンが悲鳴を上げ、体勢を崩す。
地面に墜落した巨体が岩柱を倒し、粉塵が舞った。
「エルザ!」
「焼く」
炎の槍が墜落したワイバーンに突き刺さった。
D級の炎が鱗を焼き、ワイバーンが暴れる。
カイトが駆け込んだ。
怪力を込めた拳が、ワイバーンの頭部に叩き込まれる。
首が折れる感触。
一体目、撃破。
「二体目、右上方!」
ソフィアの声が飛ぶ。
見上げると、二体目のワイバーンが急降下してきていた。
口腔から酸の霧を吐きながら迫る。
「散れ!」
四人が散開した。
酸の霧が地面を溶かし、岩が泡立つ。
マルクが跳びながら矢を放つ。
風矢が二体目の腹に突き刺さったが、急所を外した。
ワイバーンが着地し、地上で翼を広げて威嚇する。
全長五メートルの飛竜が地上にいると、圧が違う。
カイトは正面から向き合った。
「ソフィア、酸を洗い流せ!」
「もうやってる!」
ソフィアの水流が地面の酸を中和していく。
ワイバーンが尾を振った。
毒棘が空を切り、カイトの革鎧を掠める。
棘の先端が腕を引っ掻いた。
毒が入る前に、カイトは鱗状の薄膜を腕に集中させた。
水D級の防御膜が毒を弾く。
「毒は通さない。来い」
ワイバーンが噛みついてきた。
顎を避け、懐に入る。
怪力で顎の下を殴り上げた。
頭が弾き上がった隙に、マルクの風矢が喉に突き刺さる。
エルザの炎が傷口を焼いた。
二体目、撃破。
「三体目は」
カイトが見上げた瞬間、背筋が凍った。
三体目だけではなかった。
空洞の上部から、さらに四体のワイバーンが降下してきている。
合計5体。
「群れだ!」
マルクが舌打ちした。
「矢が足りない! 残り6本!」
「5体を6本では無理よ。撤退を」
「待て」
カイトの右手が熱くなった。
掌を開いた。
炎が灯る。
赤橙色の、高温の炎。
炎C級。
ヴァルカンから喰らった力。
制御はまだ荒い。
だが——火力だけは本物だ。
「上から来るなら、上に撃つ」
カイトは右手を空に向けた。
炎が掌から噴き出した。
赤橙色の火柱が天井に向かって立ち昇る。
空洞が赤く染まった。
結晶の壁面が炎の光を反射し、洞窟全体が燃えているように見えた。
ワイバーンの群れが炎を避けて散開する。
降下コースが乱れた。
「今だ! マルク、バラけた奴を狙え!」
「了解!」
風矢が立て続けに二本放たれた。
散開したワイバーンのうち一体が翼を射抜かれて墜落。
もう一体は矢を躱したが、降下の勢いを失って旋回に戻った。
エルザが炎の壁を展開し、残りのワイバーンの接近を阻む。
ソフィアが墜落したワイバーンに水の刃を浴びせ、動きを封じた。
カイトは炎を消した。
右手が痺れている。
C級の炎は火力があるが、体への負荷が大きい。
制御が荒いせいだ。
放出はできるが、方向と強度を精密に操れない。
「もっと精密に使えるようにならないと、武器にならない」
残りのワイバーンは上空に退避し、旋回を続けているだけで降下してこなかった。
炎の火柱に怯えたらしい。
「追わない。撤退する」
カイトの判断に、三人が頷いた。
* * *
12Fの中間地点で小休止を取った。
岩壁に背を預け、水を飲む。
マルクが矢筒を確認していた。
「残り三本。次はもっと持ってくる」
「矢の消費が激しいわね。ワイバーン相手だと一体につき二本は必要。補給計画を立てないと」
エルザが手帳に何かを書いている。
「カイト、さっきの炎。あれ、凄かったな」
マルクがこちらを見た。
「凄くない。制御がなってない。方向を絞れてなかった」
「それでもワイバーンの群れを散らしたのは事実でしょ。あの火力は正直、私の炎D級の三倍はあったわ」
エルザの声には、純粋な驚きが混じっていた。
「三倍あっても、狙った場所に飛ばせなきゃ意味がない」
ソフィアが水を差し出した。
「練習すればいいでしょ。今日はまだ11F上がりの初日よ。焦らないで」
「焦ってない」
「焦ってるわよ。顔に出てる」
カイトは黙って水を飲んだ。
ソフィアの言う通りだった。
炎を手に入れてから、早く使いこなしたいという焦りがある。
C級の力があるのに制御できないもどかしさ。
それでも、今日は四人で12Fのワイバーンを五体撃退した。
二人では到達すらできなかった階層だ。
「先に進むぞ。12Fの奥を偵察する」
四人が立ち上がった。
空洞の奥に進むと、空気が変わった。
乾いた岩盤の匂いから、湿った水の気配に。
暗視が捉えたのは、地下水脈の入り口だった。
水路が洞窟の奥に向かって伸びている。
水路の向こうから、複数の気配。
カイトの核紋が震えた。
水D級が脈動する。
体の奥で、同じ属性が共鳴している。
「リザードマン……か」
水路の暗闇から、鱗に覆われた影がこちらを窺っていた。
一体ではない。
五体、十体。集落の規模だ。
「水中の民ね」
ソフィアが呟いた。
「カイト、あんたの核紋が反応してる」
カイトは右手を見た。
鱗状の薄膜が、招かれるように浮き上がっている。
水の気配が濃い。
この先に——何かがいる。




