#22 新たな仲間
ギルド併設の酒場「銅の角杯」は、夕方になると冒険者で埋まる。
安いエールと獣肉の串焼き。
喧噪と笑い声と、たまに怒号。
カイトはカウンターの端に座り、掲示板の「パーティ募集」を睨んでいた。
「仲間募集。鉄級。11F攻略。遠距離攻撃できる者」
自分で書いた文面を読み返した。
ソフィアが隣に座り、エールを一口飲んだ。
「書き方が硬いのよ。もっと愛想よく書けないの」
「嘘は書けない」
「嘘じゃなくて愛想。……まあ、あんたに求めるのが間違いね」
募集の紙を貼って二時間。
声をかけてくる者はいない。
カイトは「核紋なし」で有名だった。
10Fのボスを倒した実績はあるが、それ以上に「核紋が空の異端者」という噂のほうが先に立つ。
エールを飲み干し、二杯目を頼もうとした時——
「なあ。あんた、カイト・アッシュフォードだろ」
背後から声が飛んできた。
振り向くと、弓を背負った青年が立っていた。
明るい茶髪に緑の瞳。
年齢はカイトより少し上だろう。十八か十九。
軽い笑みを浮かべている。
「核紋なしが10Fボスを倒した奴。面白い。俺はマルク。弓手だ」
カイトは青年を見上げた。
「風属性……E級か」
「よくわかるな」
「匂いでわかる。風の核紋は軽いから、なんとなくな」
マルクが目を丸くした。
「面白いこと言うな、あんた」
マルクの後ろから、もう一人。
長い黒髪を後ろでまとめた女性。
眼鏡の奥の瞳が知的な光を帯びている。
杖を腰に差していた。
「エルザ・ヘルツォーク。魔導士。炎属性D級」
声に無駄がない。
視線がカイトの全身を観察するように走った。
「あなたの成長速度は異常よ。石級から鉄級まで、通常なら最低半年かかるところを二ヶ月未満。理論上、何か特殊な能力がなければ不可能」
「……研究者か、あんた」
「アカデミーの中退生。でも今は冒険者。理論と実践の両方に興味があるの」
マルクが椅子を引いて座った。
遠慮はない。
「俺たちもパーティを探してた。二人パーティじゃ限界があるんだよ。そっちも同じだろ?」
カイトはソフィアを見た。
ソフィアが小さく頷いた。
「……座れよ」
エールが四杯並んだ。
* * *
二杯目のエールが空になる頃、カイトは決断した。
「俺の核紋のことを話す。聞いた上で、組むかどうか決めてくれ」
マルクとエルザが顔を見合わせた。
「俺の核紋は空だ。生まれつき属性がない。だが、倒した魔物の核紋の欠片を喰える」
沈黙が落ちた。
酒場の喧噪が遠くなった気がした。
「吸収する……ってことか?」
マルクが身を乗り出した。
「ああ。今持ってるのは闇F級、水D級、地E級、炎C級。全部、ダンジョンの魔物から奪ったもんだ」
エルザの瞳が光った。
眼鏡の奥で、何かが弾けたような表情。
「核紋の外部吸収……理論上は、基底形状が無属性の器であれば可能性はあるとアカデミーの文献にあった。でも実例は一つもなかった」
「俺が実例だ」
「観察したい」
エルザが即答した。
「は?」
「あなたの吸収プロセスを間近で観察したい。それが条件。パーティに入る代わりに、吸収の瞬間を記録させてほしい」
カイトは眉を寄せた。
「記録って、何をするんだ」
「外には出さない。私個人の研究ノートに記すだけ。約束する」
マルクが笑った。
「エルザはこうなると止まらないぜ。でもまあ、嘘はつかない奴だ。俺が保証する」
カイトはソフィアを見た。
「私は構わないわ。核紋喰いのことを理解してくれる仲間が増えるなら、むしろ助かる」
カイトはエールの残りを飲み干した。
「いいぜ。ただし条件がある」
「何?」
「吸収の瞬間、俺は無防備になる。二分以上動けないこともある。その間、守れるか」
マルクが弓を叩いた。
「遠距離なら任せろ。風矢で50メートル先のゴブリンの目を射抜ける」
「吹かすなよ」
「吹いてねぇって。面白い奴と組めるなら、多少の危険は上等だ」
エルザが頷いた。
「炎D級の攻撃魔法で範囲制圧が可能。理論上、吸収中のカイトを守る陣形は構築できるわ」
カイトは四人の顔を見回した。
ソフィア。マルク。エルザ。
それぞれ違う目をしている。
ソフィアは穏やかに微笑んでいる。
マルクは面白そうに笑っている。
エルザは研究対象を見るように真剣だ。
「明日、11Fに行く。ストーンゴーレムがいる。前に二人で挑んで撤退した」
「ストーンゴーレム? 岩の奴だろ。弓じゃ効かないかもな」
「関節部に隙間がある。そこを狙える?」
マルクが口角を上げた。
「面白い。やってみるぜ」
エルザがエールを手に取った。
「パーティの正式結成ということでいいかしら」
「ああ」
四つのジョッキが打ち合わされた。
安いエールが飛沫を上げる。
マルクが言った。
「パーティ名は?」
「ない」
「なんだよ、つまんねぇな。名前つけようぜ」
「却下」
「じゃあ俺が決める。『核紋喰いと愉快な仲間たち』とか」
「却下」
ソフィアとエルザが同時に吹き出した。
カイトも、口の端がわずかに上がった。
「マルク、お前はどこの出だ」
「カスカーラ生まれのカスカーラ育ち。親は漁師。弓は独学だ」
「独学で銅級まで? 器用だな」
「器用貧乏とも言う。風E級じゃ、どこのパーティでもサブ扱いだからな。メインの火力にはなれない」
マルクがエールを傾けた。
軽い口調の奥に、少しだけ苦いものが見えた。
「エルザは?」
「帝都のアカデミー出身。二年で中退した」
「なんで辞めた」
「理論だけでは核紋の本質は掴めないと確信したから。論文を百本読むより、ダンジョンに一回潜るほうが学べることが多い」
ソフィアが頷いた。
「似てるわね。あんたたちの組み合わせ、悪くないかもしれない」
「面白いの間違いだろ」
マルクがまた笑った。
この男はよく笑う。
スラム育ちのカイトには馴染みのない空気だが、嫌いではなかった。
「ところでカイト。お前の核紋喰い、副作用はあるのか」
エルザが鋭い問いを投げてきた。
「ある。吸収の度に体に負荷がかかる。強い核紋ほど重い。炎C級を取り込んだ時は全身が燃えて、ソフィアの治癒がなけりゃ死んでた」
「死にかけたの。でもやめない」
「やめたら、ここで止まる。止まったら、もう上には行けない」
エルザは黙ってカイトを見つめた。
それから手帳を出し、何かを書き始めた。
「記録、もう始めてるのか」
「これは観察ではなく所感よ。人間観察」
マルクが肩をすくめた。
「だからこいつ、友達少ないんだ」
「余計なことを言わないで」
* * *
夜。
宿の部屋に戻ったカイトは、窓辺に立って月を見ていた。
右手を開く。
小さな炎が灯った。
赤橙色の光が掌を照らす。
今日、二人の仲間が増えた。
カイトの秘密を知っている人間が、三人になった。
拳を握ると炎が消えた。
四人で挑む11F。
ストーンゴーレムの岩壁。
二人では砕けなかった壁が、四人なら——砕けるかもしれない。
「まだ足りねぇ」
声に出した。
自分に聞かせるように。
四人になっても、まだ足りない。
11Fの先には12F、13F、さらにその先がある。
喰わなければいけない核紋が、まだいくつもある。
月が高く昇っていた。
明日は、初めての四人戦だ。




