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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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20/26

#20 喰らった炎

赤い光が、掌の上で揺れていた。


 炎竜ヴァルカンの核紋の欠片。

 炎C級。

 これまで喰らった中で、最も強い。


 カイトの全身が叫んでいた。

 右拳の皮は裂け、骨が覗いている。

 左手の指が二本折れている。

 背中と腕の火傷は水膨れを通り越して皮が剥けている。

 膝は立てない。


 それでも、手を伸ばした。


「喰らう」


 赤い光が掌に触れた瞬間、世界が燃えた。


 視界が真紅に染まる。

 骨の髄まで灼熱が走った。

 皮膚の下で何かが膨張する。

 血管が赤く浮き上がり、全身が内側から発光した。


「——がっ」


 声にならない叫びが喉から漏れた。

 これまでの吸収とは比較にならない。


 闇F級は頭痛だけだった。

 地E級は筋繊維の痛みだった。


 炎C級は——全身が燃えている。


 皮膚が赤く発光した。

 掌から肘、肘から肩、肩から胸。

 炎の紋様が体表に浮かび上がり、脈動するように明滅する。


 カイトは岩盤の上で仰向けに倒れた。

 背中が焼けた岩に触れるが、もう痛みの区別がつかない。


「カイト!」


 ソフィアが駆け寄った。

 膝をついて、カイトの胸に手を当てる。

 水属性の治癒が全力で注がれた。


 青い光と赤い光がカイトの体の上で衝突した。

 炎の暴走を水の治癒が押さえ込もうとする。


「熱い……」


 カイトの声が掠れていた。


「喋らないで。集中する」


 ソフィアの額に汗が浮かんだ。

 治癒を送る両手が震えている。

 B級の水属性をフルに使っても、C級の炎の暴走を完全には抑えられない。


 一分経過。


 カイトの皮膚の発光が首まで広がった。

 顔が赤く照らされている。

 灰色の瞳が金色に染まり、戻らない。


「ソフィア……もう少し」


「黙って。死なせない」


 ソフィアの声に涙が混じった。

 カイトには見えていなかった。

 目を閉じていたから。


 一分三十秒。


 全身の発光が最高潮に達した。

 カイトの体が岩盤から浮き上がりそうなほど、光が膨れ上がる。


 ソフィアの治癒が限界を超えた。

 手が滑り、一瞬だけ接触が切れた。


 その瞬間、カイトの体が跳ねた。

 背中を反らし、口から赤い息を吐いた。

 溶岩のような熱が喉から噴き出す。


 二分。


 光が——消えた。


 急速に。

 赤い紋様が体表から沈み込み、皮膚の下に吸収されていく。

 炎が内側に定着していく過程だ。


 カイトは荒い息をつきながら、目を開けた。

 天井の岩盤が見える。

 溶岩の赤い光が反射している。


「終わった……のか」


 ソフィアが崩れるように横に座り込んだ。

 全身から力が抜けている。

 治癒に魔力を使い果たしたのだ。


「二分。過去最長よ。もう少しで——」


 言葉が途切れた。

 ソフィアは片手で口を押さえ、もう片方の手でカイトの腕を握った。


 強く。


 カイトはしばらく天井を見ていた。

 体の奥で、新しい何かが渦巻いている。

 炎。

 確かに炎だ。


 右手を持ち上げた。

 掌を開く。


 火が灯った。


 小さな炎が、掌の中心で揺れている。

 赤ではない。

 赤橙色の、高温の炎。

 拳を握ると消え、開くと灯る。


「燃えてる……俺の手が」


 カイトの声が震えた。

 初めての攻撃魔法。

 核紋が空だった少年の掌に、炎がある。


 ソフィアが顔を上げた。

 涙の跡が頬に光っている。


「……綺麗」


「何が」


「炎。あんたの炎、綺麗よ」


 カイトは掌の火を見つめた。

 何も言えなかった。


* * *


 ギルドのロビーは、昼下がりの賑わいの中にあった。


 カイトとソフィアが受付に歩いていくと、周囲の会話が止まった。

 二人とも傷だらけだった。

 カイトの右手は包帯に巻かれ、革鎧は半分溶けている。

 ソフィアは魔力切れで顔色が青白い。


 だが、二人とも立っている。


「10Fボス——炎竜ヴァルカンの討伐報告です」


 受付嬢の手が止まった。

 ペンが羊皮紙の上で震えている。


「……10Fのボスを?」


「ああ」


「お二人で?」


「ああ」


 受付嬢が記録を確認した。

 何度も。

 それから、顔を上げた。


「銅級パーティによる10Fボス討伐——前例がありません」


 ロビーが騒然とした。


「嘘だろ。炎竜を銅級が?」


「あの核紋なしの少年が?」


「核紋が空のくせに、何で10Fボスを倒せるんだ」


 声が飛び交う中、ロビーの奥から足音が響いた。


 ヴェルナー・グリフォンハートが歩いてきた。

 金のプレートが首元で揺れている。

 高級な鎧には傷一つない。


 ヴェルナーはカイトの前で足を止めた。

 ボロボロの包帯。溶けた革鎧。だが真っ直ぐ立っている灰色の瞳の少年を見下ろした。


「……銅級の分際で10Fボスを倒しただと?」


 声が震えていた。

 怒りではない。


「馬鹿な。そんなことが——」


「起きたんだよ」


 カイトはヴェルナーの視線を真っ直ぐ受け止めた。


「核紋なしのゴミが、炎竜を倒した。文句あるか」


 ヴェルナーの唇が引き結ばれた。

 言い返す言葉が出てこない。

 背を向け、部下を従えてロビーを出ていった。


 その背中を、ロビーの冒険者たちが黙って見送った。


 受付嬢が咳払いをした。


「カイト・アッシュフォードさん。10Fボス討伐の実績を鑑み、ギルド本部より鉄級への昇格を推薦します。受諾されますか」


「する」


 受付嬢が銅のプレートを受け取り、代わりに黒いプレートを差し出した。


 鉄級。


 カイトは黒いプレートを握った。

 冷たくて、重い。

 銅のプレートより、ずっと。


* * *


 夕方。


 ギルドの掲示板の前に、カイトは一人で立っていた。


 鉄のプレートが鎖骨の上で揺れている。

 掌を開くと、小さな炎が灯った。

 握ると消える。

 開くと灯る。


 掲示板の上段を見上げた。


 11F——上級エリア。

 ストーンゴーレム、ワイバーン。

 推奨ランク:鉄〜銀。


 さらに上。


 15F——結晶竜クリスタ。

 地属性B級。


 カイトの核紋が微かに震えた。

 四つの属性——闇と水と地と炎が、まだ見ぬ獲物の気配に反応する。


 地属性B級。

 まだ喰ったことがない。


 カイトは掌の炎を消した。

 拳を握り、掲示板に背を向けた。


 ソフィアが入口で待っている。

 夕日に照らされたポニーテールが、風に揺れていた。


「遅い。何してたの」


「メシ、行くぞ。腹が減って死にそうだ」


「炎竜を倒しても暴食は治らないのね……」


 カイトは笑わなかった。

 だが、口の端が微かに上がった。


 鉄のプレートが夕日を弾いて、一瞬だけ赤く光った。

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