表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/14

#02 喰らう

闇の中で、最初に見えたのは目だった。


 黄色い瞳が三対、通路の奥で光っている。

 ゴブリン。三体。

 体長はカイトの腰ほど。緑がかった灰色の肌に、錆びた短刀。

 歯を剥いて唸る声が、石壁に反響していた。

 獣の臭いが鼻を突く。

 腐った肉と、湿った石の匂いが混じり合っている。


 カイトは短剣を構えた。

 蛍光苔の薄明かりが届くのはここまでだ。

 あと五歩進めば、完全な暗闇に入る。

 蛍光棒は使わない。数が分からない以上、温存しておきたい。

 入口の番人にもらった大事な一本だ。


 心臓が暴れている。

 昨日の登録時にプレートを握った手が、今は短剣を握っている。

 同じ手だ。同じ震えだ。

 だが昨日と違うのは、足が止まらなかったことだ。

 あの一歩を踏み出した以上、もう引き返せない。


 ゴブリンが動いた。

 先頭の一体が甲高い叫び声を上げ、残り二体が左右に散る。

 挟み撃ちだ。

 集団で狩る知恵がある。

 大ネズミ程度の知能だと思っていたが、甘かった。


「来い」


 カイトは後ろに跳んだ。

 蛍光苔の明かりがある位置まで下がり、壁を背にする。

 背後を取られない。それだけを考えろ。

 スラムの路地裏で、年上の子供に追い回された時の教訓だ。

 壁を背にすれば、前だけ見ていればいい。


 先頭のゴブリンが飛びかかってきた。

 錆びた短刀が弧を描く。

 カイトは頭を下げてかわし、踏み込んだ。

 スラムの喧嘩で覚えた間合いだ。

 相手の腕が伸びきる前に、その内側に入る。


 短剣を突き出す。

 刃先がゴブリンの肩口に刺さった。


 浅い。

 骨に当たって止まった。

 ゴブリンの皮膚は見た目より硬い。


 ゴブリンが叫ぶ。

 錆びた短刀が振り回される。

 カイトは短剣を引き抜き、半歩下がって間合いを取った。

 もう一度。

 今度は喉元を狙う。


 踏み込み、突く。

 手応えがあった。

 温かい液体が手首を伝い、革手袋の中まで沁みてくる。


 一体目が崩れ落ちた。


 息を吐く暇もなく、左右から二体が同時に襲いかかる。

 右のゴブリンの短刀を短剣で弾き、左のゴブリンの突進を避けようとした。


 避けきれなかった。


 左のゴブリンの体当たりが脇腹に入り、カイトは壁に叩きつけられた。

 背中に衝撃が走る。

 息が詰まった。

 石壁の突起が背骨に食い込み、膝から力が抜ける。


 右のゴブリンが短刀を振り上げる。

 カイトは転がって避けた。

 短刀が石壁に火花を散らす。

 耳元を刃が掠め、頬に熱い線が走った。


 立ち上がれ。

 立ち上がらないと死ぬ。


 血まみれの手で壁を掴み、膝を伸ばした。

 脇腹が熱い。

 呼吸するたびに肋骨の辺りが軋む。


 二体のゴブリンがじりじりと間合いを詰めてくる。

 逃げ場はない。

 壁を背にして、短剣を構える。

 右手が震えているのが自分でも分かった。


 その時だった。


 倒したゴブリンの体から、淡い光の欠片が浮かび上がった。


 蛍光苔よりも白く、空気中を漂うように揺れている。

 粒のような光が螺旋を描きながらカイトの方に寄ってくる。

 引力ではない。

 もっと根源的な何かだ。


 胸の奥で、何かが脈動した。


 空だったはずの核紋が、震えている。

 心臓の裏側で、空っぽの器が口を開けるような感覚。

 知っている。

 この感覚を、体は知っている。


 本能が叫んでいた。


 あれを、取れ。


 カイトは手を伸ばした。

 右のゴブリンが短刀を振りかぶる。

 構わなかった。

 指先が光の欠片に触れた瞬間——


「——喰らう」


 掌から光が流れ込んだ。

 全身を灼熱が駆け巡る。

 血管の一本一本が焼けるように熱い。

 骨が軋んだ。

 視界が紫に染まり、膝から力が抜けた。


 吸収が始まっていた。

 止められない。

 止めたくもなかった。

 空だった器が、ようやく何かを受け入れている。


 二体のゴブリンが、無防備なカイトに飛びかかる。

 右のゴブリンの短刀が肩を掠めた。

 革鎧の表面が裂け、その下の肌に赤い線が走る。

 左のゴブリンが腹に蹴りを入れる。

 カイトは壁に押しつけられたまま、動けなかった。


 痛みが遠い。

 灼熱の方が強い。

 何かが体の芯に注ぎ込まれ、空だった器を満たしていく。

 紫色の光が胸の奥で渦を巻き、全身に広がっていく。


 三十秒。


 灼熱が引いた。

 頭の奥に鈍い痛みが残ったが、体は動く。

 指先に力が戻る。

 膝が伸びる。


 そして——見えた。


 暗闇が晴れていた。

 蛍光苔のない奥の通路が、灰色の輪郭となって浮かび上がっている。

 石壁の亀裂。天井の水滴。床の凹凸。

 全てが見える。


 ゴブリンの体温が赤い影として浮かんでいた。

 心臓の位置。筋肉の動き。次にどちらの足を踏み出すか。

 動きの一つひとつが、スローモーションのように捉えられた。


 暗視。


 右のゴブリンが短刀を振り下ろす。

 見えている。

 カイトは半歩横にずれ、振り下ろした腕を掴んだ。

 引き寄せて、喉に短剣を突き立てる。

 手首を返し、刃を捻る。

 ゴブリンの体が痙攣し、動かなくなった。


 二体目。


 左のゴブリンが悲鳴を上げて逃げようとした。

 暗闇の中を走るゴブリンの背中が、はっきりと見えた。

 赤い影が通路を走る。

 カイトは追いついた。

 三歩で追いつけた。

 さっきまで追いつけなかった距離を、三歩で。


 短剣を振り下ろす。


 三体目。


* * *


 通路に三体のゴブリンの死体が転がっている。

 カイトは壁にもたれ、荒い呼吸を繰り返していた。


 脇腹が痛む。

 肩の切り傷から血が滲んでいる。

 頬の擦り傷がひりひりする。

 頭の奥がずきずきと脈打っていて、こめかみを押さえると指先が熱い。

 吸収の代償だ。

 闇の核紋を体に入れた報いが、頭痛として残っている。


 だが、見えている。

 暗闇が、見えている。


 蛍光苔の明かりが届かない通路の奥まで、灰色の輪郭線で世界が浮かんでいた。

 ゴブリンの巣穴の入口。天井の亀裂。水が滴る壁の染み。

 闇が闇でなくなっている。

 さっきまで暗黒だった通路が、月夜の野原のように見通せた。


 カイトは自分の掌を見つめた。

 血に汚れた掌。震えが止まっている。

 空だったはずの核紋の位置——胸の中心に、微かな温もりがある。

 何かが入っている。

 空ではなくなっている。

 器の底に、薄い紫色の光が溜まっているのを感じた。


「何だ、これは」


 声が掠れた。

 壁のゴブリンの死体を見下ろす。

 さっきまで戦っていた三体。

 その一体から、光の欠片を喰った。

 取り込んだ瞬間から世界が変わった。


 自分に何が起きたのか、まだ分からない。

 分かるのは一つだけだ。


 あの光の欠片を——ゴブリンの核紋を、喰った。

 取り込んだから、暗闇の中で目が利くようになった。

 空の器に、闇の力が注がれた。


 残りの二体の死体からも、かすかな光が漂っていた。

 だが最初の一体から喰った時ほど強くない。

 そもそも、手を伸ばしても吸い寄せられる感覚がなかった。

 一度喰った種類の核紋は、二度目は反応が薄いのかもしれない。


 カイトは壁から背中を離し、立ち上がった。

 頭痛は引かない。

 だが足は動く。

 ゴブリンの耳を三つ切り取り、革袋に入れた。

 討伐証明。これがなければ報酬はもらえない。


 通路の奥を暗視で覗く。

 五十メートル先の分岐まで、はっきりと見えた。

 分岐の右側にゴブリンの気配が二つ。

 左側は空だ。


 帰るか、進むか。

 体は傷だらけだ。

 だが、暗視がある今なら——


 カイトは通路の奥に歩き出した。

 この力がどこまで通用するのか、確かめたかった。


 灰色の瞳が、一瞬だけ金色に光った。

 カイトはまだ、自分に何が起きたのか理解していなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ