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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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18/25

#18 決戦準備

水路は狭かった。


 肩が岩壁を擦る。

 暗視でも先は三メートルほどしか見通せない。

 水温は意外と低い。

 溶岩の湖に近いはずなのに、地下水脈の流れが冷たさを保っている。


 カイトは水中呼吸で息を止めたまま、水路を進んだ。


 鱗状の防御薄膜が全身を覆い、水圧と岩壁の突起から体を守る。

 水D級の恩恵だ。

 この力がなければ、溶岩の湖底を泳ぐなど不可能だった。


 水路は左に曲がり、下に傾斜し、再び水平になった。

 カイトは壁の形状を記憶しながら進む。

 暗視が捉える情報を、頭の中で地図に変換する。


 五分。

 水路が急に広くなった。


 溶岩の湖の底だ。


 上を見る。

 赤い光がゆらゆらと揺れている。

 溶岩の層は意外と薄い。

 その下に、冷たい水の層が広がっている。

 水と溶岩の間に、薄い岩盤の層。


 カイトは岩盤の裏側を掌で触った。

 暖かい。だが熱くはない。

 水脈の冷却効果で、岩盤の温度はまだ耐えられる範囲だ。


 拳を握り、軽く叩いた。

 鈍い響きが返る。

 厚さは——二十センチ前後。


 怪力なら割れる。


 カイトは水路を辿って島の真下を目指した。

 湖底の岩盤は不規則に隆起しており、身を隠せる窪みがいくつもある。

 島の真下に到達すると、上から微かな振動が伝わってきた。


 ヴァルカンの心臓の鼓動だ。


 カイトの核紋が反応した。

 三つの属性が体内で震える。

 闇が警戒を促し、水が岩盤の構造を教え、地が拳に力を込める。


 島の直下。岩盤の厚さは三十センチ。

 割れる。

 ただし、割った瞬間にヴァルカンが目覚める。

 そこからが本番だ。


 カイトは水路を通って地上に戻った。


 水路の出口で、ソフィアが待っていた。

 カイトが水面から顔を出すと、差し出された手を掴んで岩棚に上がった。


「どうだった?」


「割れる。島の東側、翼の付け根から三メートルの位置に岩盤が薄い箇所がある」


「それで、水路の中は?」


「狭い。途中に枝分かれが二箇所。間違えたら溶岩の層に突っ込む」


 ソフィアの顔が強張った。


「間違えなかったの?」


「暗視がある。問題ない」


「問題しかないわよ……」


 カイトは髪の水を絞った。

 鱗状の薄膜が消え、火傷に近い熱が肌に残っている。

 湖底の水温は、岸辺より遥かに高かった。


「二回目の偵察はいらない。道は覚えた」


「一度通っただけで?」


「スラムの路地裏は毎日変わる。屋台の位置、ゴミの山、他のガキどもの縄張り。一度通った道を覚えなきゃ、追いつかれて殴られるだけだ」


 ソフィアが何か言いかけて、やめた。

 代わりに腰の水筒をカイトに投げた。


「飲みなさい。汗でふらふらよ」


 カイトは水を飲みながら、10Fの入口を振り返った。

 赤い光が階段の奥で脈動している。


 明日の夜までに、作戦を固める。


* * *


 二日目の午後。

 ソフィアはダンジョンの8Fで水の防御結界の練習をしていた。


 溶岩の地帯で、炎蛇に向かって結界を展開する。

 炎蛇のブレスはF級程度だが、それでも水の壁が一瞬で蒸発しかけた。


「もっと厚く。もっと密度を上げて——」


 ソフィアは歯を食いしばった。

 水の壁を二重に張る。

 内壁と外壁の間に、流動する水の層を作る。

 外壁が蒸発しても、内壁が残る。


 三度目の試行で、炎蛇のブレスを五秒間受け止められた。


 五秒。

 C級のブレスに対して、これで足りるか。


 足りない。

 分かっている。


 だがカイトはこの結界を信じて飛び込む。

 それが分かっているから、手を抜けない。


* * *


 二日目の夜。

 宿の部屋で、カイトは床の地図に偵察結果を書き加えた。


 水路のルート。

 湖底の地形。

 島の直下の岩盤の厚さ。

 ヴァルカンの寝姿勢と翼の位置。


「ここだ」


 カイトは島の図に印をつけた。


「島の東側。翼の付け根から三メートルの位置に、岩盤が薄い箇所がある。ここから突き上げれば、翼の付け根を直接叩ける」


 ソフィアが地図に顔を近づけた。

 ポニーテールの毛先が地図に触れる。


「岩盤を割って飛び出す。怪力で翼の付け根を叩く。ヴァルカンが咆哮してブレスを吐く——ここまでが最初の三秒」


「三秒の間に翼を潰して離脱する。ブレスが来たら水路に飛び込む」


「ブレスの後の隙は?」


「偵察で確認した。ブレスの後、ヴァルカンは二秒だけ首を戻す。その二秒が次の攻撃のチャンスだ」


 ソフィアが腕を組んだ。


「私の役割は?」


「ブレスの冷却。C級の炎をB級の水で消すのは無理だ。だが——」


「方向を逸らすことはできる」


 カイトが頷いた。


「ブレスの射線に水の壁をぶつけて、軌道をずらす。俺を直撃させなければいい」


「それでも熱風は来るわよ。火傷は覚悟して」


「覚悟してる」


 ソフィアが地図から目を上げた。

 青い瞳がカイトの灰色の瞳を捉える。


「もう一つ。翼膜は薄い。水の刃なら切れると思う」


「切ってくれるのか」


「ヴァルカンが怯んだ隙に、翼膜を水の刃で切り裂く。飛行不能にすれば、地上戦に持ち込める」


 カイトは小さく笑った。


「完璧じゃねぇか」


「完璧な作戦なんてない。あんたが一番分かってるでしょ」


 二人の間に沈黙が落ちた。

 窓の外ではカスカーラの夜の喧騒が遠く聞こえる。

 酒場の歌声。波の音。冒険者たちの笑い声。


 ソフィアが先に口を開いた。


「あんたの戦い方、見ていて心臓に悪いの」


「知ってる」


「知ってるなら少しは——」


「だが、目が離せないんだろ?」


 ソフィアの言葉が詰まった。

 頬がわずかに赤くなったのを、カイトの暗視は捉えていた。

 だがカイトはそれが何を意味するか分からなかった。


「……自分で言うな。最低」


「何が最低なんだよ」


「もういい。寝る。明日は早いんだから」


 ソフィアが立ち上がりかけて、足を止めた。


「カイト」


「何だ」


「明日。絶対に死なないで」


 声が震えていた。

 ほんの微かに。

 スラム育ちの耳でなければ聞き逃す程度に。


「死なねぇよ。まだ喰い足りない」


 ソフィアは何か言いかけて、やめた。

 ドアを閉める音が、静かに響いた。


* * *


 翌朝。


 カイトとソフィアはギルドのロビーを通り抜けた。

 早朝の掲示板の前には数人の冒険者がいた。


「おい、あの二人——」


「10Fに行くのか? 銅級だぞ」


「無謀だ。炎竜ヴァルカンは鉄級パーティでも逃げ帰る相手だぞ」


 声が背中に刺さる。

 カイトは振り向かなかった。


「核紋なしが炎竜に挑むって? 笑い話にもなりゃしない」


 笑い声が弾けた。

 一年前と同じだ。

 ギルドに登録した日、石級プレートを受け取った日と同じ笑い声。


 カイトは歩き続けた。


 ソフィアが横に並んだ。

 何も言わず、ただ並んで歩いた。


 ダンジョンの入口に着いた。

 石造りのアーチに刻まれた推奨ランク。

 10F——鉄級。


 カイトは銅のプレートに触れた。

 冷たい金属の感触が、鎖骨の上で揺れる。


 核紋なしの冒険者が、炎竜に挑む。

 ギルドの誰もが無謀だと笑った。


 カイトは笑わなかった。

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