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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#16 二つの核紋

拳を振り下ろすと、オークの胸骨が砕けた。


 乾いた音が洞窟の壁に反響する。

 身体の芯から湧き上がる力が、まだ腕の中で暴れていた。


「——っ」


 オークが膝から崩れ落ちる。

 三百キロはある巨体が、たった一撃で。


 カイトは拳を開いて、掌を見た。

 指の震えは力の残滓だ。

 暴食の衝動は三日で収まったが、怪力はそのまま体に残っている。


「後ろ、二体」


 ソフィアの声。

 振り向く前に暗視が捉えていた。


 8Fの暗がりの奥、岩柱の陰に潜むオーク二体。

 片方は棍棒を構え、もう片方は背後に回り込もうとしている。


「任せろ」


 カイトは松明を放り投げた。

 炎が弧を描いて床に転がり、オークたちの視線がそちらへ引き寄せられる。

 その瞬間、カイトは闇に溶けた。


 暗視の世界。

 色を失った代わりに、輪郭が鮮明になる。

 壁の凹凸、天井の亀裂、オークの肩甲骨の間にある急所。

 全てが見える。


 右のオークが棍棒を振り上げた。

 振り下ろす前に、カイトは懐に入っていた。


 怪力を乗せた掌底が、オークの顎を打ち抜いた。

 頸椎が折れる感触が掌に伝わる。

 二体目が咆哮して突進してきた。

 カイトは半歩だけ横にずれる。

 暗視があれば、突進の軌道は読める。

 すれ違いざまに短剣を側頭部に突き立てた。


 二体が同時に倒れた。


「……三体、四十秒」


 ソフィアが剣を鞘に収めながら呟いた。

 出番がなかったことへの、半分呆れた、半分感心した声だ。


「速すぎない?」


「遅ぇよ。まだ力の加減が分かってない」


 カイトは短剣を引き抜いて、刃についた脂を拭った。

 怪力を得てから、加減が難しい。

 全力を出せば岩が砕ける。

 だが全力を出すと、反動で一瞬だけ体が硬直する。


「暗視で位置を読んで、怪力で一撃。これが俺のスタイルだ」


「暗闘の一撃必殺、ね。確かに合理的だけど——」


 ソフィアが言いかけて、口を閉じた。


「けど、何だ」


「無茶の上に無茶を重ねてるなって思っただけ」


 カイトは鼻を鳴らした。

 無茶しか手段がない人間に、無茶をやめろと言っても意味がない。


* * *


 9Fに足を踏み入れたのは翌日だった。


 湿った岩壁の通路が狭くなり、天井が低くなる。

 松明の灯りでは五メートル先が限界だ。

 カイトは松明を消した。


「……また消すの」


「暗視がある。明かりは敵に居場所を教えるだけだ」


 ソフィアが溜息をついた。

 だが文句は言わない。

 カイトの暗視を信じている。


 闇の中を進む。

 足音を消し、壁際を歩く。


 暗視が前方に動く影を捉えた。

 大きい。

 オークだが、通常個体より二回りは大きい。

 肩に鉄製の肩当てをつけている。


「オークの上位種だ。鎧つき。三体」


「三体? どこ」


「正面に一体。右の枝道に二体。挟み撃ちを狙ってる」


 ソフィアの剣が鞘から抜ける音がした。

 暗闇の中でも、彼女は音だけで戦える。


「右の二体は俺がやる。正面を頼む」


「了解。——30秒で終わらせて」


 カイトは右の枝道に走った。

 音を殺して走る。

 スラムで覚えた走り方だ。

 路地裏で追手から逃げるとき、足音を消す術を体に叩き込んだ。


 枝道のオークが気配を察して振り向いた。

 だがカイトは既に間合いの内にいた。


 怪力を込めた肘打ちが、一体目の鎧の上から脇腹を砕いた。

 鉄の肩当てが歪み、中身ごと壁に叩きつけられる。


 二体目が棍棒を横薙ぎに振った。

 カイトは身を屈めてかわし、足元に滑り込んだ。

 短剣を逆手に持ち、膝裏の腱を斬る。


 オークが前のめりに倒れた。

 その首筋に短剣を突き立てる。


 暗闇の中の戦闘。

 十五秒。


 正面では水の刃がオークの棍棒を弾き飛ばし、ソフィアの剣が喉を貫いていた。


「18秒」


 ソフィアが息を整えながら言った。


「あんた、暗闇で速くなってない?」


「暗闘の中では見えてる側が圧倒的に有利だ。力の差なんか関係ない」


「それ、少し不気味よ」


「知ってる」


 カイトは短剣の血を壁で拭った。

 暗闇で戦うたびに、体が闇に馴染んでいく感覚がある。

 暗視の精度が、実戦のたびに上がっている。


* * *


 五日で、8Fと9Fの魔物を片端から狩った。


 暗視と怪力の組み合わせは、中級エリアの戦い方を根本から変えた。

 松明を消し、完全な闇の中で戦う。

 魔物の大半は暗闇で視力が落ちる。

 カイトだけが見えている状態で、怪力の一撃を叩き込む。


 ソフィアは水属性の治癒と剣術で後方を支える。

 カイトが取りこぼした相手をソフィアが仕留め、カイトが傷を負えば治癒を飛ばす。

 二人の連携は、もう言葉がなくても回る。


 ギルドに戻るたび、受付の空気が変わっていった。


「カイト・アッシュフォードさん、今週の依頼達成件数——14件です」


 受付嬢が目を丸くした。

 銅級の週間平均は三件から五件だ。


「中級エリアを一人と二人で回ってるんですか?」


「二人だ。パーティメンバーはソフィア・ヴァイスリッター。俺とこいつだけで十分だ」


 受付嬢は羊皮紙にペンを走らせながら、ちらりとカイトの手の甲を見た。

 核紋は——空のまま。


「あの核紋なしの少年、最近やけに依頼達成率が高いぞ」


 ロビーの隅で、鉄級の冒険者たちが声を潜めていた。


「銅級なのに中級エリアを回ってるって本当か」


「パーティの水属性の嬢ちゃんがB級だから、そっちの力だろ」


「いや、違う。俺は8Fで見た。あの少年、暗闇の中で——見えてる」


 沈黙が落ちた。


「核紋なしがなぜ強くなっている? 何かおかしくないか」


 カイトは聞こえないふりをした。

 噂はいずれ広がる。

 核紋喰いの秘密を隠し通せるとは思っていない。

 だが今はまだ、力が足りない。


「行くぞ、ソフィア」


「どこに」


「10F」


 ソフィアが足を止めた。


「10Fのボスは炎竜ヴァルカン。炎C級よ。銅級の推奨フロアじゃない」


「知ってる」


「知ってて行くの」


「炎が欲しい。攻撃魔法がない限り、俺はいつまでも短剣と拳だけだ」


 ソフィアは数秒だけ黙った。

 それから、腰の剣の柄に手をかけた。


「——分かった。でも偵察から」


「ああ。まずは見に行く」


* * *


 10Fへの階段を降りた瞬間、空気が変わった。


 熱い。

 8Fや9Fの比ではない。

 肌を焼くような熱波が、階段の下から吹き上がってくる。


 一段、二段、三段。

 降りるたびに温度が上がる。

 壁の石が赤く脈動していた。


 カイトの核紋が震えた。

 三つの属性——闇と水と地が、体の奥で微かに共鳴する。


「ソフィア」


「うん。感じる」


 ソフィアの青い瞳が、階段の先の闇を見つめていた。

 水属性が警鐘を鳴らしている。

 それほどの炎が、この先にある。


「——炎竜の気配だ」


 カイトは拳を握った。

 掌が汗で滑る。

 怪力が拳の中で暴れたがっている。


 まだ足りねぇ。

 だから、喰らいに行く。


 大地が赤く脈動する階段の先に、カイトは一歩を踏み出した。

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