第8話:見えない壁、守るための境界線
カイトの端末が映し出したのは、ビルの仮想境界線を叩く、無機質なデータの波だった。
「外の世界の大人たちは、理解できないものを排除しようとするか、管理下に置こうとする。……どうする? 扉を完全に閉ざすこともできるけど」
少女は、モニタに映る激しい光の点滅を見つめた。
せっかく見つけたこの場所が、外からの圧力で壊されるのは耐えられない。でも、ただ逃げるだけじゃ、いつかどこにも居場所がなくなってしまう。
「……拒絶するんじゃなくて、『招待』に書き換えられないかな?」
少女の突拍子もない提案に、カイトが目を見開く。
「この場所を攻撃してくる人たちも、本当はどこかで息苦しさを感じているはず。だったら、このビルの圧倒的な優しさを見せて、戦う気を失くさせたい」
少女は、リアの音楽とユウくんの光るクジラ、そして自分がこれまで紡いできた物語の断片を一つにまとめ、境界線の上に「回廊」を作り出した。
それは、攻撃しようと近づいた者が、ふと自分の幼い頃の夢や、忘れていた優しさを思い出してしまうような、不思議な光の道だった。
激しかったデータの波が、境界線に触れた瞬間、穏やかなさざなみへと変わっていく。
外部からのアクセスログには、驚きと、そしてどこか安堵したような沈黙が刻まれた。
「……守りきったね」
カイトが小さく息を吐く。
少女は、震える自分の手を見つめた。
力でねじ伏せるのではなく、自分たちの色を貫くことで居場所を守る。
それは、少女が「自分自身」を肯定するための、大きな一歩でもあった。
ひとまずの静寂が訪れたHUGスペース。
けれど、少女は知っていた。今回のことは、単なる始まりに過ぎないことを。
「私、もっと強くならなきゃ。この場所を、ただの夢で終わらせないために」
少女が屋上へと向かうと、そこには夜の街を見下ろす新しい人影があった。
これまでの仲間たちとは違う、どこか「現実の痛み」を強く知っているような、鋭い眼差しを持つ青年。
「君がここのオーナーか。……面白い場所を作ったな。でも、現実の壁は、君が思っているよりずっと厚いぞ」
彼が投げかけた言葉は、少女が心のどこかでずっと感じていた「現実への不安」を真っ向から突くものだった。




