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付喪神狩  作者: やまだ ごんた
油滴天目編

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42.油滴天目

「珍しいですね。外泊なんて」

 汗と酒とタバコの匂いにあからさまな嫌悪を示しながら、亨がミケさんを抱えて出迎えてくれた。

「お持ち帰りされちゃったのよ」

 悪びれずに御門が言うと、亨はムッとしたまま御門を睨んでいる。

「機嫌悪いじゃん。俺がいなくて寂しかった?」

「外泊するならするで、ちゃんと連絡くらいください」

 亨はそう言うと、珍しくどかどかと足音を立ててリビングに戻って行った。

「心配してたってか――?」

「してません!」

 玄関に立ったまま御門が小声でつぶやくと、即座にリビングから返事がきて、御門は思わず吹き出してしまった。


 シャワーを浴びて出てくると、亨はキッチンの下でタバコを吸っていた。

「俺にもちょーだい」

 腰にタオルを巻いたままの半裸で冷蔵庫から水を取り出すと、御門は口を開けてタバコをねだった。

「服を着てくださいよ。いくら夏でも風邪ひきますよ」

 そう言いながらも亨は新しいタバコを取り出して咥えると、火をつけて御門に差し出した。

「これ吸ったらね」

 受け取りながら、「ありがと」と礼を言うと、亨は不機嫌な表情を少しだけ緩めた。

 御門はやっと許してもらえたことを察して口元を緩めた。

「次からはちゃんとお持ち帰りするからさ」

「そういうところですよ」

 亨の冷たい視線に、御門はケラケラと笑いながら美味しそうにタバコをくゆらせている。

 やっぱ、とーるちゃんは居心地がいい。

 御門は怒って部屋に戻る亨の後姿を見送りながら、亨が火をつけてくれたタバコをゆっくりと味わった。


 月曜の朝に亨に叩き起こされた御門は、寝起きで不機嫌なまま車に乗り込んだ。

 珍しくシャツとスラックスというまともな出で立ちが窮屈なのか、不機嫌極まりない表情だ。

「油滴天目――」

 運転しながら亨が独り言のように呟いた。

「ああ。室町時代に南宋から来た茶器だ。完璧な状態で残ってる上アホほど古いからな。そりゃ付喪神にもなるわって話だ」

 寝ていると思った御門が答えたので、亨は驚いたが御門は当然のように続けた。

「有名なのは曜変天目だけどな。油滴天目はその名の通り水に浮かぶ油の雫みたいな模様が特徴なんだよ。最近じゃ再現できるようになってるけど、本物は格別みたいよ」

 御門が面倒くさそうに言うのを、亨はブレーキを踏みながら聞いていた。

「今ある国宝の油滴天目は大阪のなんとかって美術館に展示されてる。今回の獲物はふたつめの国宝に認定される予定だった代物っつーこと」

 御門が言い終わると、目の前の信号が赤に変わった。

「その知識も、宮内庁で得たんですか?」

 声が若干緊張で上ずる。

「いんや。俺は身分と給料もらってるだけで、宮内庁なんか一回も行ったことねぇよ」

「え?」

 信号待ちでよかった――亨は赤信号に感謝した。

「そういうこともあるのよ。だから俺は一応国家公務員なのよ――無試験なのに。ウケるよね」

 どういうことかと問い質したかったが、信号が青に変わったので、亨は止む無く運転に集中した。

「詳しい事情は――まぁそのうち話すかもしれねーけどね。今はこれで満足してよ」

 御門の言葉に、亨はそれ以上の質問ができなかった。

 顔を見ていないが、声がとても寂しそうに聞こえたからだ。

 本人が言いたくない以上、興味本位で詮索することはよくない。それに、御門は「今は」と言ったのだ。

 つまり、そのうち話してくれる可能性もあるということだ。

 それなら、()()それでいい。

 亨は諦めてハンドルを持つ手に集中することにした。

 

 美術館に到着すると、御門は珍しく自分から車を降りた。

「あのさ――とーるちゃん」

「宮内庁の方ですよね?」

 御門が口を開きかけたと同時に、二人の背中から男の声が聞こえた。

 御門は内心で舌打ちしたが、亨はいつもと同じように丁寧に挨拶をしている。

「前任者が定年で退職しましたもので、私が今年から担当になりました別宮(べっく)と申します」

 聞き覚えのある名字だ。

 別宮と名乗る男を見る。御門と同世代だろうか。

 中肉中背。若干広い額だが剥げてもなく、際立った不細工でも美形でもない。

 平凡を絵に描いたような、特徴のない男なのに、どことなく見覚えがあるような気もする。

 だが、御門に知り合いなどほぼいない。

 なにせ、16歳で社会との関りを断絶させられてからは、東雲と如月、そして亨だけが御門を知る数少ない人間なのだから。

 御門はパンツのポケットから名刺入れを取り出すと、別宮に差し出した。

「本件を担当します、宮内庁式部職式部官の大和です」

「やまと――みかど?」

 別宮は名刺を受け取ると、名刺と御門をまじまじと見比べた。

「はい。そう読みます。よく読めましたね」

 御門は内心の面倒さを噛み殺しながら、東雲の笑顔の真似を頑張ってみた。

 亨はその様子を見て、笑いを堪えるのに必死だったが、次の言葉で笑いは吹き飛んでしまった。

「俺――覚えてない?高校の時一緒のクラスだった別宮寿(ひさし)だよ」

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