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付喪神狩  作者: やまだ ごんた
油滴天目編

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41.それぞれの事情

「美術館に貯蔵される美術品は、基本的には全て事前に清めをしてから展示すんだよ。けど、国宝とか美術品っつー価値の高いものほど人の目に晒されて欲やら羨望やらが澱みたいに溜まっていくのよ」

 御門が面倒くさそうに説明すると、亨はなるほどと納得した。

 持ち帰った資料を見せようとしたが、御門は「今更見なくてもいい」と珍しく真面目な顔で答えたが、すぐにいつもの気だるげな顔に戻って、教えてくれた。

「10年前は――事故のせいで浄化は断念して一旦封印したとありますね。封印では抑えきれなくなったんでしょうか」

「そういうこったな。月曜だろ?ちゃんと行くさ」

 溜め息混じりに言うと、御門は立ち上がって部屋に戻ってしまった。

 その夜遅くにいつも通り飲みに出かけるまで、御門は部屋から出てこなかった。


 クラブの喧騒は御門を1人にさせる。

 つい目で彼女の姿を探すが、これだけ人がいるにもかかわらず彼女はいない。

 それが御門を寂しくさせ、また癒しもした。

 今日も喰わなきゃな。

 その辺の悪霊だけでも十分補給はできている。だが、とっとと真神と別れるためには十分では足りない。

 めぼしい女を見つけないと。

 うんざりしながらホワイトビアの瓶を煽って空にするが、まだ酔えない。

「しゃーねぇなぁ。明日また二日酔いだわ」

 独り言ちてバーカウンターに向かうと、「テキーラね」とバーテンに声をかける。

「ウケる。1人でテキーラ?」

 隣に立った女が御門を見て笑った。中々いい霊力を持っている。

「一緒に飲む?」

「ナンパ?酔わせてどうすんの?」

 御門の誘いに、女が意味ありげな視線を向けると、御門はにやりと魅力的な顔で笑った。

「もちろん、喰うんだよ」


 病院はザワザワとうるさいのに、この部屋だけは静かだ。

「おい」

 御門はベッドで寝ている女に声をかけるが、反応はない。

「起きろよ。何寝てんだよ。1人で入るなって言っただろうがよ」

 心電図の電子音だけが御門の声に応えているように響く。

「待てって言ったじゃねえか――お前も……俺が二十歳(ハタチ)まで待つっつったろうがよ」

 心拍数が少しだけ速くなった。

「俺、あんたにまだ言ってねえぞ。目、開けろよ――そしたら好きだって言ってやるからよ」

 心電図の音が変わる。

 ブザー音が鳴り響くと、看護師に続いて医師が慌ただしく出入りし、御門を病室から出そうと看護師が御門の体を抱いたその瞬間だった。

 心電図の音が平坦な音に変わったのは。


 目を覚ますと、隣に知らない女がいた。

 いや、正確には昨日知ったばかりの女だ。

 あの後テキーラを何杯か飲んで連れ帰ったはずだが、肌慣れしないシーツの感触で、ここは御門の棲家ではないと気が付ついた。

 夢を見ていたことなど忘れて、現状を把握しようと努めると、御門の中で真神が話しかけてきた。

『この女の家だ、馬鹿者』

 真神の言葉でやっと思い出した。

 家に連れて帰ろうとしたが、女の家が近いからと逆に連れて帰られたのだ。

「俺がお持ち帰られたってわけね」

 すやすやと気持ちよさそうに眠る女を見て、御門は唇を緩めた。

 肉食系女子の典型だと感心しつつ、ベッドから出ると脱ぎ散らかした服を手に取って手早く着た。

 朝帰りなんて亨に怒られてしまう。

『まるで浮気した亭主だな』

 真神は嘲るように笑うが、どことなく満足気なのは気のせいではないだろう。

 それほどに霊力の高い女だったから、御門も久しぶりに満足することができた。

 汗ばんだ身体が気持ち悪くてシャワーを浴びたかったが、それ以上に早く帰りたい。

 どうもこの家は居心地が悪い。

 女を起こすか悩んだが、面倒なのも嫌だと思い直すと玄関に向かった。

 鍵は靴箱の上に置いてあった。

「ご馳走さん」

 御門は小声で言うとその鍵で施錠し、ドアポストに鍵を放り入れて女のマンションを後にした。

 タイミングよく高そうな黒塗りの高級車が停まると、御門は当然のようにそれに乗り込んだ。


「ああ……」

 車に乗っていた東雲の胡散臭い――人当たりのいい柔和な――笑顔を見て、御門は納得した。

「今日はあの日か」

「そうだね」

 東雲は短く答えると、御門にペットボトルを差し出しながら、車を出すよう運転手に伝えた。

「10年――か」

「早いもんだね」

 東雲がどこか他人事のように頷くのを見て、御門は胸元をまさぐった。

「この車は一応禁煙車なんだが?」

 東雲はそう言うと、御門のいつものタバコを胸から取り出した。

 それを受け取ると手早く火をつけてゆっくりと吸い込む。

「そういや奥さんとも15年――だっけ?」

 御門の問いかけに東雲は答えない。御門もそれ以上は言わなかった。

 しばらく続いた沈黙を破ったのは御門だった。

「そろそろ教えてくんない?」

「何を?」

「とーるちゃんの正体よ」

 御門は携帯用灰皿にタバコを押し付けると、東雲を見た。

「なんでとーるちゃんがいると真神が大人しいのか。なんで俺の霊力が喰われないで済むのか――いや、それより俺が動けなかった間すら、霊力が枯渇する事はなかった」

 御門の口調は軽いが、目は真っ直ぐに東雲を見つめている。

「俺はあの時とーるちゃんの霊力を一口だけ食ったんだわ。たった一口よ?」

 なのに真神は3ヶ月もの間大人しく御門の中にいた。

 いつもなら御門の霊力を食い尽くし、命すら蝕むのに十分な期間だ。

「御門君――」

 東雲が口を開く。

「棚橋君にも君の事情は言ってないんだろ?なら、僕が棚橋君のことを言うのも筋違いと言うものじゃないかな?」

 東雲の言う事は尤もだった。

 

 「上がっていけば?」

 マンションの下で御門が言うと、東雲は首を振った。

「遠慮しておくよ――行かないといけないからね」

「……そうだな」

 御門が少しだけ気まずそうに言うと、東雲は「明日はよろしく頼むよ」と言って、車を発進させた。

 御門は車を見送ると、表向きのエレベーターから最上階にある自宅へと帰って行った。

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