43.扉
道理で聞き覚えのある名前だと御門は思った。
同時に亨を見ると、驚いた表情で御門と別宮を見比べている。
まさか御門に高校時代があったとは、とでも言いたそうな顔だ。
「大和御門なんて珍しい名前忘れないよ」
別宮は御門と亨の微妙な空気を気にせずに、懐かしそうに手を出した。
条件反射でその手を握り返すと、御門はしまったと思ったがもう遅い。
「別宮なんてクソ珍しい名前に言われてもな」
諦めて旧友と認めることにした。
「お前1年の1学期で転校しただろ?女子たちが泣いてたんだぜ――しっかし、相変わらず顔いいな。お前」
別宮の話に、御門はちらりと亨を見たが、亨は顔を背けている。
肩が震えているところを見ると笑ってるのだろう。
「昔話はうれしーけどね。俺今日仕事なのよ」
「ああ、そうだっけ。悪い悪い」
悪びれずに別宮は笑って、御門達を美術館の中に案内した。
照明が落とされた美術館は、薄暗くて蒸し暑かった。
階段を降り、長い廊下を歩くと、突き当りにある扉の前で立ち止まる。
「ここが天目茶碗の保管部屋だ。俺達一般職員は立入禁止なんだ」
そりゃそうだろう。
御門は扉を睨んだ。
こいつが10年前に――
封印された扉から、禍々しい霊気が漏れ出ている。霊感のある人間はたまったものじゃないだろうが、いつぞやのように人間を操るほどは強くない。
「調査は俺一人でやるんで――棚橋さんは別宮と事務所にでも行っててもらえます?」
「でも……」
亨が言いかけたが、御門はにこりと微笑んだ。
「別宮に俺の昔話でも聞いてきなよ」
別宮と亨の後ろ姿が見えなくなるのを確認すると、御門は「おい、動けるか?」と自分の中の真神に声を掛けた。
『ああ。十分に離れたようだ』
真神の答えに、御門は満足そうにうなずいた。
「さあ――飯の時間だぜ」
預かった鍵を鍵穴に差し込み、扉を回す。10年前に閉じられたままの扉だ。
真神の気配を感じながら、御門は重い扉をゆっくりと開いた。
「み――大和さんの同級生なんて、世間は狭いですよね」
事務室で別宮に入れてもらった安物の粉コーヒーを飲みながら、亨は思い切って尋ねてみた。
「本当ですよね。あいつ、家の都合とかで急に夏休み明けたら転校してて――そっから一回も連絡もなかったって薄情な奴ですよ」
別宮がへたれた応接ソファに腰を下ろすと、亨は慎重に「仲が良かったんですか」と聞いた。
「って言っても、あいつ夏休みで転校したから1学期しか遊んでないんですけどね」
「――そのわりに、よく覚えていらっしゃったんですね」
「だって、あいつ入学してすぐに1年から3年までの女子から告白されまくってたから――」
御門らしいエピソードだと亨は口の端で笑った。
「じゃあやっぱり、かなりとっかえひっかえしてたんですか?」
それまで言葉を選んでいた亨だったが、「やっぱり?」と別宮の言葉にはっとした。つい御門らしい話を聞いて油断してしまった。
「いや、あの見た目でしょ?遊んでそうって思う人も多いみたいで」
実際そうだとは口が裂けても言えない。
「まさか。あいつ顔は派手だけど超奥手で、女の子と話するのもビビってたんですよ――今は違うんですか?」
別宮が興味深そうに亨を覗き込んだので、亨は話を合わせることにした。
「いえ、庁内でも女性からすごく人気ですが、僕が見る限りは――相変わらず女性と話すのは苦手みたいですよ」
もし亨がピノキオだったなら、彼の鼻は御門の元にまで届いていたかもしれない。
封印が施された扉は重かった。
あの日、さつきの変わり果てた姿をみて取り乱した御門は、駆け付けた東雲によってさつきの体から引き離された。
「なんでお前が一緒にいてやらなかった!なんで今頃来るんだ」
さつきから離れない御門を引き剥がそうとすると、目に涙を浮かべたまま東雲の胸倉を掴んだ。
「すまない――」
東雲の元に報せが来なければ、東雲とて異変に気付かなかったと、落ち着いた後で聞かされたが、御門には届かなかった。
さつきの死後自暴自棄になった御門は、ふた月の間真神に霊力を蝕まれたまま、何もせずにただ部屋に横たわるだけだった。
時折、東雲が真神に捧げ物のように因縁めいたものを持ってきては、御門の霊力が喰われ尽くさないよう取り計らわなかったら、御門は今頃この世にはいなかった。
御門はそれを望んでいた。
だが、本人の望みとは裏腹に御門は生かされた。
そうしなければならない理由があったし、それを聞かされた御門は、自分が死ぬことも許されないと悟り、絶望の底を舐めさせられた。
「君が生きて、真神さまの霊力を取り戻す手伝いをしてくれるのなら、国は君になんだってしよう」
東雲が苦しそうに言ったのは、それが最初で最後だったなと、御門は当時を思い出していた。
「やだやだ。おセンチとか似合わねぇわ」
扉を持つ手に力を入れて引くと、扉はゆっくりと開く。
あの後、使い物にならなくなった御門の代わりに、宮内庁の術者が数十人がかりで封印した扉だ。軽くては困るというものだ。
『意識がそぞろにになってるぞ。気を抜くな』
真神が口うるさく話しかけてくる。
普段はうるさいが、こういう時ばかりはありがたい。
扉が開くとともに、夥しい霊気が御門を襲う。
「真神――顕現しろ」
御門の言葉と共に、真神は御門の中から輝く白い毛並みをなびかせて現れた。
「お前、なんかデカくなってね?」
御門の目には、真神の姿が普段よりひと回り大きくなっているように見えたが、すぐに思い当たった。
「あ――あれか」
『うむ』
御門の察しに真神は同意した。
なるほど、耳一個でこうも変わるのか――
御門は、ミケさんの耳を食ったことを思い出して唇を緩めた。
それほどの霊力をもつ式神を扱う亨の霊力は、やはり神力に近い。普通の人間には持ち得ない力だ。
だが、今はそれは問題ではないし、亨の力がなんにせよ真神の力が増えるのはいいことだ。
御門はさらに扉を引く手に力を入れた。
扉が開ききったその時だった。
「久しぶりね。御門君」
忘れたくても忘れられない、懐かしいさつきの声がした。




