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こちら銀河連邦 特異事象対策室!  作者: 左岸
第一話 出動!問題だらけの宇宙警察官?
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006

「ねえ。その預言者が持っているという赤い結晶……。あれは一体、何なの?」

「う……ん。そいつはな……」

「隠さなくても大丈夫よ。知っての通り、私たちの文明は科学の基礎も、あなたたちの言う高度な技術概念も、大抵のことなら正しく理解できるわ。ただ――自分たちの意志で宇宙に出ていない、というだけだから」


 二人の幼稚な喧嘩がようやく一段落したのを見計らい、レヴィアラルスが静かに声をかけた。

 ギルダスは、彼女の純粋な知的好奇心に対してどこまで詳細に答えるべきか、しばし迷った。しかし、彼女の言う通り、この惑星の秘められた文明レベルは連邦の一般加盟星に引けを取らないほど高い。それに、どちらにせよ彼女の協力を得てここまで深く作戦に関わってしまったのだ。子供騙しの嘘で誤魔化すわけにもいかないだろう。


「……あれはな、超高密度のエネルギー体が特定の条件下で固定化して、さらに多次元的な変性を遂げた物質なんだ。俺たちはその大元になる高次元エネルギーを『エーテル』、そしてそれが結晶化して異常な特性を持った鉱物を『アーティファクト』って呼んでる。アーティファクト化した物質は、周囲の時間や空間の因果律を歪めて、まあ、色々と物理的な悪さをするんだよ。今回ザインが使ってる『未来が見える』なんて特性も、その超常現象の一つに過ぎない」

「んで、さらに最悪なのは、あれをあのまま放置しとくと、蓄積された次元エネルギーがいずれ臨界点を迎えて大暴走を起こす。最悪の場合、周囲の空間ごと星一つが跡形もなく吹き飛びかねない……ってわけだ」


 二人の真摯な説明を聞いて、レヴィアラルスは微かに長い睫毛を伏せ、深く痛ましい息をついた。


「そう……。やっぱり、そうなのね」


 ぽつりと漏らした彼女の声には、やはりというべきか、重い諦観の色が濃く込められているように見えた。そのあまりに寂しげな様子に、やはり本当のことは言わないほうがよかったのだろうかと、ギルダスとガルドは少し不安になって、互いに気まずそうに顔を見合わせた。


(そう、やはりあの輝かしい結晶も、天の神が遣わした奇跡などではなかったのだ)


 レヴィアラルスは胸の内で、冷えていく心をなだめるようにそう確信していた。


 かつて、この星の先人達が初めて『天の舟』を駆り、宇宙という名の広大で孤独な海へ漕ぎ出したとき、そこに自分たちを待つ神の姿が何もないことに、彼らはひどく当惑し、絶望した。ならば、もっと遠く、世界の果てまで行けば神に会えるかもしれないと、さらに技術を高めようとしたその矢先、空の彼方から最初の『来訪者』が現れたのだ。彼らは銀河連邦の地球という遥か遠い星からやってきたと言った。宇宙進出という大いなる一歩を果たした新たな隣人に、敬意を持って会いに来たのだ、と。


 あの広き宇宙の住人は、自分たちを愛し、導いてくれる全能の神々などではなく、自分達と何ら変わらない、不完全でよく似たただの『人間』だった――。

 冷静になって考えてみれば、あまりにも当たり前で、冷徹な物理の事実に過ぎない。自分たちはただ、信仰という名の心地よい熱に浮かれ、民族全体で長きにわたる都合の良い夢を見ていただけのこと。

 その残酷な真実を悟った先人たちは、そのまま宇宙へ進出することを自ら諦め、技術を凍結した。なぜなら、世界の根底にあった信仰を完全に失ってしまっては、明日からどう生きていけばいいか分からなくなる者達が、この星にはまだ無数に溢れていたからだ。


 だから先人たちは、苦渋の決断を銀河連邦の人々に告げた。自分たちは宇宙へは行かない。『夢だと分かっている夢』を、この閉ざされた星で永遠に見続けるという選択をしたのだ。そして、外の真実をなにも知らぬ一般の市民たちには、「神の領域である天の世界へ、みだりに足を踏み入れてはならぬ」という、優しくも偽りの教えを新たな神話として法典に追加した。


 レヴィアラルスの世代になり、文字通りの創造神話への盲信的な信仰心は、時代と共に大分やわらいできてはいる。しかし、いまだに「再び技術を解凍し、宇宙へ目を向けるべきか」という大いなる決断は、民族の誰一人として下せないままだった。

 時折、連邦の管理下からこの星を密かに訪れる使者たちは、それを偶然目撃した住人たちからは「空の民」と呼ばれ、いまだ信仰の厚い者たちからは「神の国の使者」と崇められた。


 レヴィアラルス自身もまた、かつては神の奇跡を信じる、どこにでもいる夢見がちな少女の一人だったのだ。自分が次の指導者に選ばれ、世界の裏側にあるこの歴史の真実をすべて明かされるまでは。


(出来ることなら……私も、街の若い子たちのように、ずっと幸せな夢を見ていたかったのに)


 彼女は、自分の手首で淡く明滅する、高度な科学の結晶である腕輪を寂しげに見つめながら、心の中でそう小さく呟いた。


「……励みになるか、わからんが」

「なに?」


 いつの間にか物思いに耽っていた自分に、そっと寄り添うように声を掛けられ、レヴィアラルスはハッとして返事をした。

 ギルダスは視線を少し彷徨わせ、迷った末に、ぽつりぽつりと不器用な言葉を紡ぎ始めた。


「ハイパースペースと、俺達が呼んでる空間がある」

「ハイパースペース?」

「そうだ。宇宙船が星々の間を光速を超えて素早く移動するための、近道……通路みたいなものなんだがな。その空間は、この世界よりもさらに『上位の領域』の一部を間借りして移動している仕組みなんだ。なんて言えばいいんだ? 俺たちが今生きているこの三次元の宇宙全体よりも、さらに高次元っていうか、階層が一段上っていうか……まあ、そんなイメージだ」


 レヴィアラルスは、人工照明に照らされた神殿の天井を無意識に見上げた。

 ここからでは、今夜の美しい夜空を見上げる事は叶わない。しかし、ただでさえ果てのない空に広がる宇宙の、そのさらに「上」に、まったく別の世界が、異なる階層が存在しているという話は、彼女にとってひどく新鮮で、不思議な感覚だった。


「それで、まあ……なんていうか。実のところ、今俺達連邦が当たり前のように使ってるエーテルエネルギーってやつも、その実態や起源は科学的によく分かってないんだ。昔は暗黒物質ダークマターなんて呼ばれてた時期もあった。とりあえず、安全にコントロールして文明に利用できるから使ってるだけなんだよ。今回みたいなアーティファクトがどうして発生するのかだって、現代の科学じゃ完璧には予測できん。一説にはな、エーテルもアーティファクトも、その『上位領域』からこの宇宙に向けて、絶えず漏れ出してきている異次元の破片なんじゃないかって話もあるくらいだ」


 そこまで一息に話すと、ギルダスはきまり悪そうに軽く咳払いをした。

 自分でも、かなりとりとめのない抽象的な話をしている自覚が芽生えてきて、少し恥ずかしくなったのだ。警察学校の技術講義では、この手の小難しい話の時間は大抵居眠りをしていたから、詳しい理論などよく知らないというのに。


「つまり、俺が何を言いたいのかっていうと……」

「……私たちが観測した宇宙の果てには誰もいなかったけれど、まだ未知のものはたくさんあるし、この宇宙とは別の世界が上にあるなら、神様はそこにいるかもしれない……って話?」

「ん……んん、まあ、概ねそういうこと。お節介だったな」


 バツが悪そうに、ギルダスはボサボサの頭をがしがしとかく。

 レヴィアラルスは、そんな彼の人間味溢れる不器用な様子を見て、張り詰めていた心が自然と解きほぐされ、胸の奥に灯火のような暖かなものが広がっていくのを感じた。


「そう。ありがとう、ギルダス。そこまで気を使ってくれて、あなたって優しいのね。……私は、少しだけもう一度外に出て、夜空を見てくるわ。偽りの預言者には、明日会えると思う。今日はここの客室で、ゆっくり身体を休めていって」


 レヴィアラルスはそう言うと、二人の宇宙警察官に向けて心からの柔らかな微笑みを残し、部屋を後にした。

 自然と、神殿の奥から外へと向かう彼女の足取りが早まっていく。


 まだ見ぬ、高次元の世界。ここよりも階層の高い、神聖な領域。そういったものが、お伽話ではなく本当に存在している。

 もし、先人たちが宇宙技術の研究をただの絶望で終わらせずに諦めず続けていれば、もっと早くその領域に気付けたのだろうか。神はこの三次元の宇宙そのものをキャンバスとして創り変え、自身はさらに遥かな次元の彼方から、今も私たちを見守っているかもしれないというのに。

 今夜は子供の頃のような、ただ純粋なときめきを持って、あの紫色の星々を見ることが出来るかもしれない。風の吹き抜ける地上への通路を歩きながら、彼女はそう思った。


「おいおい、そいつは始末書もんだぜ、ギル。一応、連邦法で文明保護観察に指定されてる惑星の住民に、ハイパースペースの話をしちまうのは」


 静かになった神殿の部屋で、ガルドが太い腕を組みながら、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「この惑星の秘められた文明レベルを考えれば、今更そこまで歴史に干渉してる内容じゃないさ。それに事情を聞く限り、ここに対する保護観察指定なんて、連邦側が接触を隠蔽するための形式的なものだしな。……それに、始末書なら貴様のおかげで毎月書き慣れてる」

「このまま精神的に閉じこもって、文明が停滞して静かに滅亡していくのを待つよりは……ってか。まあ、悪くねえ。俺は黙っててやるよ」


 これで俺に貸しひとつだからな、と言わんばかりに、ゴツゴツとした黒毛皮の拳を突き出してくるガルドに、ギルダスは呆れたように苦笑しつつも、迷わずに己の拳をそこに軽く打ち合わせた。


 ◇


「静粛に! 慌てなくとも、我が大いなる予言は等しく皆の元に舞い降りる!」


 翌日、活気に満ちていたはずの街の広場に、ザインの朗々とした声が不気味に響き渡った。

 ザインの周りには、彼から「神託」とでもいうべき奇跡の言葉を授かりたいと切に願う住民たちが群がっていた。盲目的に彼を信奉する熱狂的な信者の数は、まだ二十人強といったところだろうか。しかし、単に珍しい見世物として遠巻きに眺めているだけの野次馬や見物客も含めれば、さらにその数は膨れ上がっている。


「ちっ、何が預言者だ。随分と仰々しく出てきやがって」

「呆れたわね。信心深い誰かから、神殿の儀礼用の法衣を譲ってもらったのね。見た目だけはすっかり預言者という雰囲気だわ」

「あー、めんどくせえ! ギル、もう今すぐ飛び出していって、力ずくで捕まえちまおうぜ」

「バカ言え。周りにこれだけの一般市民がいるんだ、下手に暴れて被害が出るかもしれんだろ。今は我慢するんだ」


 少し離れた物陰から、レヴィアラルスを含めた三人は、集会を開いて演説をぶつザインの様子を息を潜めて伺っていた。

 ザインはこの街の純朴な住人から騙し取ったであろう上質な法衣を身に着けており、一見すると厳かな神官のような佇まいを見せている。もっとも、衣服で着飾ったところで、その奥にある顔つきは連邦警察の指名手配書にある通り、野卑で下品極まりない詐欺師のそれだったが。


「――しかし、今日この場で皆に伝える我が予言、それは決して善きものではない。神の代弁者として、実に心苦しいことだ」


 ザインがわざとらしく声を落とすと、途端に周囲の住民たちの間に不安なざわめきが広がった。


「だが、安心するがいい! 我が導きと、皆の揺るぎない信仰の協力があれば、どんな苦難も必ず乗り越える事が出来る!」

「もったいぶってねえで、さっさと言えっつうんだよ。めんどくせえな」


 物陰でガルドが退屈そうにあくびを噛み殺しながら呟いた。相変わらず緊張感のないやつだ。


「我が予言、それは――近きうちに、この聖なる地に『黒き獣』が現れ、大いなる災いをもたらすというものだ! おお……っ、今、我が脳裏にはっきりと見えたぞ! そこだ! そこに、光を脅かす悪の使いが潜んでいる! 信仰ある者たちよ、あの邪悪な獣を捕らえるのだ!」


 ザインの手にした赤い結晶――アーティファクトが、呼応するように禍々しく赤色に輝いた。それと同時に、彼は物陰に隠れていたこちらを正確に指差し、高らかに糾弾の声を上げた。

 一斉に、彼の信徒となりかけている住民たちの鋭い視線がこちらへと集中する。


(なるほど、あのアーティファクトの『未来予知』の力は本物らしいな……。俺たちの行動パターンを事前に読み切っていやがったか)


 ギルダスは、ザインの手の中で怪しく明滅する赤い結晶をキツく睨みつけながら、胸中で舌を巻いた。


「なっ、ふざけやがって、あの野郎! 誰が邪悪な獣だ!」


 突如泥を塗られたガルドが、本能的に犬歯を剥き出しにしてザインを威嚇するように唸り声を上げた。しかし、その獰猛な獣人としてのリアクションが、皮肉にもザインの「予言」に説得力を与えてしまい、周囲の住民たちに「本当に黒き獣が出た!」と大きなどよめきと恐怖が走る。変装して街に潜り込んだ凶悪な獣――これだけの前情報があれば、純朴な市民に恐怖を与えるには充分すぎるほどの演出だった。


「本当に、私たちがどこに隠れているかという些細な事まで分かってしまうのね……。恐ろしい話だわ」

「クソ、ザインのやつ、この告発で民衆を暴動させて、その混乱に乗じて自分だけ逃げるつもりだな」

「安心して、彼が演台の裏から去っていった方向なら私にはわかるわ。あっちは街の外、かつて使われていた居住区の改修エリアへと続いているの。彼はそこを隠れ家として間借りしていたのね」

「ルートが分かったのはありがたいが、市民がガルドに殺到して混乱してるこの状態で、一体どうやって奴を追えば……」


 そこまで言いかけて、ギルダスの脳内に電撃のような閃きが走った。


(待てよ……。咄嗟にこんな悪知恵が働くなんて、もしかして俺、捜査官として天才なんじゃないかしら?)


 思わずニヤけそうになる顔を必死に隠し、ギルダスは昨晩レヴィアラルスから借り受けた高圧空気銃のグリップに、そっと手を掛けた。


「――レヴィアラルス様! 危険です、その不審な獣から離れてください!」

「え? ちょっと、ギルダスさん……!?」

「はあ? おい、一体何の真似だ!」


 突然の大声に呆気に取られるガルドへ向けて、ギルダスは容赦なく空気銃の銃口を突きつけ、レヴィアラルスを背後にかばうようにして毅然と立ちはだかった。


「うるさい! この漆黒の邪悪な獣め! お前がその鋭い牙でレヴィアラルス様を喰らい、その高貴な姿を奪って指導者にすり替わろうと企んでいることは、偉大なるザイン様の予言によってすべてお見通しだ!」


 ギルダスは昨日ガルドを撃った時よりも、ほんの少しだけ手元のダイヤルを回して出力を上げた。そして、迷わずに引き金を引く。

 ズドン!と激しい衝撃波が走り、「うわっ」と情けない声を上げながらガルドの巨体が派手に後ろへと吹き飛ばされた。

 それを見たザインの信徒たちが「預言者様の言う通りだ!」「あの獣を捕らえろ!」と、なだれ込むようにして倒れたガルドに一斉に襲い掛かり、辺りはたちまち取っ組み合いの揉み合いで大騒然となった。


「よし、今のうちに行きましょう、レヴィアラルスさん」

「あ、ええ……。 でも、本当に大丈夫なのかしら、彼。あの人数に囲まれて」

「なんのなんの、心配ご無用です。そりゃもう、呆れるほど頑丈に出来てますからね、彼は。これくらい、日頃の運動不足解消にちょうどいいくらいですよ」


 ギルダスは混乱の極みに達した広場を背に、唖然とするレヴィアラルスの細い手首を引いてその場を鮮やかに離脱、ザインが逃げ込んだという改修エリアへと急いだ。

 今は一刻も早く、あの詐欺師の身柄を確保し、奴の持つアーティファクトを回収しなければならない。これ以上無闇に使われたら、本当に暴走を起こしかねないのだ。


「――クソっ! ギル、てめえ後で絶対に覚えてろよ!」


 怒り狂う暴徒の波に揉まれながら、背後からガルドの怨念がこもった恨めしそうな叫び声が響いてきた。


(……うん、まあ、さすがにちょっとだけ悪いことしたかな?)


 ほんの少しの罪悪感を覚えつつも、「いやいや、これもすべて市民に怪我をさせず、迅速に任務を遂行するための高度なプロの戦術だ」と己に都合の良い納得をさせつつ、ギルダスはA級指名手配犯の背中を追って、薄暗い地下の改修区画へと全速力で駆け抜けるのだった。


 ◇


「そこまでだ、止まれ!」


 ギルダスは通路の曲がり角から鋭く飛び出すと同時に空気銃を構え、背を向けて逃げようとしていたザインの退路を断つように叫んだ。


「――ドクトル・ザイン。お前は銀河連邦より複数の犯罪および資源強奪の罪でA級指名手配されている。おとなしく投降することだ」

「相変わらず仕事熱心なことだ、連邦の組織に飼われた犬どもめ」

「お前は分かっていないようだが、A級指名手配ということは、現場の捜査官に対するお前の扱いは『生死を問わない』ということだ。少しでも長く生きていたかったら、素直にその汚い手を頭の後ろに回せ」


 ちくしょう、こんな動きにくいバカげた法衣なんて、街を出た時点でさっさと脱ぎ捨ててくりゃよかった。ザインは慇懃無礼な態度を崩さないものの、胸の内では激しく悪態をついていた。足元まで覆う儀礼用の布地が邪魔で、動きにくいことこの上ない。


「へへ、生きていたいのは当然さ。こんな最高のお宝を手に入れたばかりなんだからな!」


 空気銃の銃口を向けたまま、じりじりと距離を詰めてくるギルダスに対し、ザインは顔を醜く歪めた笑みを浮かべた。

 そして法衣の懐から素早く小振りの銃器を引き抜くと、ギルダス達へ向けて容赦なく引き金を引いた。


 ズドン!と、眩いエネルギーの閃光が薄暗い通路を白く染める。


「ちっ、やっぱり近代兵器を隠し持ってやがったか! プラズマ・ブラスターだな!」


 ギルダスは直感的に横の石柱の陰へと飛び込み、直撃を間一髪で避けた。

 直後、激しい轟音と共に石柱へプラズマの光線が着弾し、超高温でドロドロに融解した岩石の欠片がパラパラと火花を散らして地面に落ちる。


 ザインがプラズマ銃を構えたまま、制圧前進を仕掛けようと足を進めたその瞬間、彼の足元の床が別の方向から放たれた目に見えない衝撃波によって激しく穿たれた。予期せぬ衝撃にバランスを崩しかけ、ザインは驚愕してその発生源へと振り返る。


「神聖な予言者のふりをして純朴な人々を騙すなんて、つくづく趣味の悪い悪党ね」


 頑丈な石壁の陰から、静かに高圧空気銃を構えたレヴィアラルスが、凛とした足取りで歩み出た。


「フン、この街の偉そうな指導者サマか。黙って俺の都合のいい預言に騙されてりゃ、ありがたい『神の使い』として、貴様らのくだらない未開文明を慰める新たな伝説の1ページにしてやったものを」

「あら、そう? 大変ありがたいお申し出だけれど、私たちの神話はもう間に合っているわ」


 レヴィアラルスは冷徹に言い放ち、躊躇なく二発目の空気銃の引き金を引く。

 ザインは激しく舌打ちをしながら近くの石柱の裏へと滑り込み、身を隠しながらプラズマ銃の目眩ましを乱射して応戦する。


「無理をするな! 奴の持っている銃が放つエネルギー光線は防護服の上からでも致命傷になる。 おそらく出力を闇改造してやがるな」


 物陰に身を潜めた彼女に鋭く警告の声を掛けつつ、ギルダスも反対側の位置から空気銃の衝撃波を放ってザインを牽制する。


「クハハハ! 無駄だ、無駄だ! 俺にこの『赤い結晶』がある限り、貴様ら凡人の撃つ攻撃など、かすりさえしねえんだよっ」


 ザインが狂ったように豪語する通り、まるで二人の銃撃のタイミングや角度をはじめからすべて知っているかのように、ザインは最小限の動きで完璧に回避し続けていた。まるで陽炎を相手にしているかのように手応えがない。

 ちくしょう、なんて厄介な性質のアーティファクトだと、ギルダスは歯噛みした。


「仮にあれが本当に神の奇跡なのだとしても、あんな下劣な男に乱用されたら百年の恋も興覚めだわ」

「しかし、笑い事じゃ済まないぞ。これ以上奴の脳へ未来を見せるためにアーティファクトを乱用されたら、本当に空間暴走を起こしかねん」


 ザインの執拗なプラズマ弾幕を頭を下げて避けながら、ギルダスはどう打開すべきか必死に思考を巡らせる。

 ザイン本人の戦闘スキルはさほど脅威ではない。こいつはただ過去の罪状が積み重なってA級に指定されただけの、セコい詐欺師あがりの小物だ。本命であり最大の障害は、やはりあのアーティファクトそのものだ。


「よし……、やっぱこいつはとんでもねえ拾い物だぜ。このまま私有船のある座標まで後退して、オサラバさせてもらうとするか!」


 少しずつ通路の奥へと後退しながら、ザインが勝利を確信した下卑た笑みを顔に浮かべた。

 この絶対的な確定未来を見せる結晶さえ手元にあれば、今後の裏社会での生活はなにもかもが安泰に違いない。


(へへっ、いるかどうかも分からねえ神様ってやつに、生まれて初めて感謝しなきゃいけねえな)


 ザインはでたらめにプラズマ銃を乱射し、制圧戦火を広げながら後退する。


 ――その、刹那だった。

 ザインのちょうど真横にあった、改修途中の脆い石壁が凄まじい質量によって内側から爆散し、そこから巨大な黒い影が弾丸のごとく飛び込んできた。

 粉々に砕け散った石壁が散弾の礫となってザインの全身を襲う。


「な、なんだッ、こいつは!」


 予知の視界の死角から突如現れた圧倒的な質量の暴力に、ザインは顔を引きつらせながら、文字通り紙一重の体制で飛び退いてその爪撃を避けた。


「……なんだギル、俺を生け贄にしたわりにゃ、随分と手こずってんじゃねえか」

「お、 よくあの群れから無傷で抜け出してこれたな」

「当たり前だ。それにしても奴が持ってるのはプラズマ銃かよ。こっちは生身で何も使えねえってのに」


 全身の黒い毛皮についた石粉を荒々しく払い落としながら、ガルドが獰猛に鼻を鳴らした。

 ザインは狂乱気味に反撃のプラズマ光線をガルドへ向けて連射し、ガルドは素早い身のこなしでそれを回避して近くの頑丈な瓦礫の陰へと身を潜める。さすがに硬質皮膚と強靭な筋肉を持っているガルドとはいえ、超高温のプラズマ光線をまともに生身に受ければ無事では済まないのだ。


 しかし、ギルダスの鋭い戦術眼は、今の短い交戦の中に「明確な違和感」を捉えていた。


「……待て。おいガルド、あいつ、今の不意打ちに、実行される直前まで全く気付いていなかったぞ。何故だ?」


 ギルダスが不審に思うのも無理はなかった。ザインの手の中で、アーティファクトの結晶は先ほどから変わらず禍々しく輝き続け、未来予測の能力を展開し続けているのは明白なのだから。


「……もしかしたら」と、隣の物陰からレヴィアラルスが微かに声を漏らした。


「なんだ?」

「この腕輪と同じよ。個人の情報を受け取る能力が高くなければ、得られるものは限定的なの。彼も同じじゃないかしら」

「フム……なるほど、 脳の処理限界オーバーフローだな。なら――この状況、十分にひっくり返せるぞ。ガルド、俺が合図したら一斉突撃だ」


 プラズマの弾幕を避けつつ、低い姿勢で隣の遮蔽物へと滑り込んできたガルドへ、ギルダスは即座に戦術を伝える。といっても、彼らが行うのはいつもの突撃なのだが、今回は明確な裏付けがあった。


「突撃してどうすんだ?未来予測で避けられるだろ」

「起こる未来を増やしてやるのさ。レヴィアラルスさん、ここは改修エリアなんですよね?俺が合図したら空気銃を滅茶苦茶に撃ってください」

「いいわ。そういう事なら、私でも協力できるわね」


 ギルダスの意図を察したレヴィアラルスが頼もしく頷くのを確認すると、ギルダスは石柱の陰からザインの射撃のブレを鋭く見計らった。

 そして、ザインがプラズマ銃のエネルギー再チャージのために一瞬だけ銃口を下げたその隙を突き、「今だ、行け!!」と鼓膜を破らんばかりの声で合図を送ると、三人はそれぞれの役割に向けて同時に動き出した。

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