表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原罪者の聖痕〜正義の組織に捨てられた俺は、敵組織に拾われて家族と呼ばれました〜  作者: 幻翠仁
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/41

// 0040 - 誤差のない嘘



 煙はまだ完全には晴れていなかった。

 白濁した視界の中を、瑞希は迷いなく駆け抜ける。足音は最小限。呼吸も、限界まで押し殺す。背後で飛び交う怒号と銃声が、やけに遠く聞こえた。


 光の軸が、煙を切り裂く。だが、その動きは鈍い。焦燥と混乱が混じった感情が、網のように空間へ広がっている。瑞希はそれを避けるのではなく、利用した。最も密度の薄い箇所を選び、影を縫うように走る。


 コンテナの隙間を抜け、死角へ滑り込む。

 数秒。呼吸を整える暇もなく、瑞希は壁へ背を預けた。コンクリートの冷たさが、熱を帯びた身体から一気に奪われていく。


 追跡の気配は、まだ遠い。

 だが、完全に振り切ったわけではない。

 時間は、そう多く残されていなかった。


 瑞希はゆっくりとジャケットへ手を差し入れた。

 取り出したのは、佐伯が抱えていたタブレット端末。表面には落下したときに出来た傷跡。荒い呼吸の名残のように、微かな体温が残っている気がした。


 指先で電源を入れる。僅かな遅延の後、画面が淡く発光した。

 ロックは掛かっていない。いや――正確には、解除されたままだった。あの状況で、再び保護を掛ける余裕はなかったのだろう。


 画面に表示されたのは、無機質なフォルダ群だった。

 日付と統制された命名規則で管理されたデータの羅列。規則的で、感情の介在を拒むような配置。


 瑞希は一つ、フォルダを開いた。

 中にあったのは、運送記録だった。日付、コンテナ番号、積載量、発着地。整然と並んだ数字と文字列。表向きは、どれも合法的な物流データに見える。税関を通過する際の申告書類とも齟齬はない。少なくとも、形式上は。


 画面が滑らかに流れ、同じ構造のデータが延々と続いていく。

 規則性。揺らぎのない数値。

 人の手が入っているにも関わらず、妙に整い過ぎている。


 瑞希の指が、ほんの一瞬だけ止まった。

 ある項目。積載量の欄。小数点以下まで精緻に揃えられた数値。その並びが妙に目に残る。偶然にしては、揃いすぎている。だが、不自然と言い切るには理由が足りない。別のファイルを開く。別日の記録。別ルート。だが、同じように整っている。誤差がない。ズレがない。まるで、最初からそうなるべき形が決まっていたかのように、数字が収まっている。


「……裏帳簿、か」


 小さく呟く。佐伯の言葉が、遅れて脳裏に浮かぶ。

 ――管理局の予備費から、ロンダリングして流していた。


 瑞希は画面をスクロールしながら、別のタブを開いた。

 そこには、予算コードの一覧があった。管理局内部で使用される識別番号。見慣れた形式。だが、その一部が、この運送記録と紐付けられている。


 視線が細くなる。

 通常、物流データと内部予算が直接結び付くことはない。経理処理は別系統で行われる。それに、管理局の管轄ではない運送会社という点もある。


 意図的だ。瑞希は、無意識のうちに呼吸を浅くした。

 さらに深い階層へ潜る。フォルダの一つが、他と違う並びをしていた。日付でもコードでもない、意味を持たない英字列。視線がそこに引っ掛かる。


 タップする。一瞬だけ、読み込みのラグ。

 その後、表示されたのは簡素なログだった。

 更新履歴。編集時間。アクセス元。羅列されたIPアドレスの中に、見覚えのある帯域が混じっている。改ざんされたデータを佐伯が復元したものだろう。IPアドレスは管理局本局。執行部フロアのネットワークレンジだ。


 瑞希の指が、画面の上で止まった。

 あり得ない話ではない。マーレボルジェ調査の過程で、誰かがアクセスした可能性もある。これはログの一つに過ぎない。意味を持たせるには材料が足りない。だが――視界の奥で、何かが微かに軋む。


 瑞希はその違和感に形を与えなかった。

 ただ、次の行へと視線を滑らせる。感情を挟めば、判断が鈍る。今は、ただ事実だけを積み上げればいい。ログの最終更新時刻。それは、佐伯が失踪した日付と、ほぼ一致していた。


 瑞希は静かに息を吐き、タブレットの画面を一度だけ伏せた。

 考えるのは後だ。今はまだ、点に過ぎない。だが、その点が、どこかで線になることだけは――理解していた。


 遠くで、再び怒号が響いた。

 瑞希はタブレットをジャケットへ押し込み、壁から身体を離す。

 足音を殺し、再び闇へと溶け込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ