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原罪者の聖痕〜正義の組織に捨てられた俺は、敵組織に拾われて家族と呼ばれました〜  作者: 幻翠仁
第四章

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// 0037 - 変わらない部屋



 ラウンジの音は、扉一枚で嘘のように途切れた。

 背後で閉まる重い金属音が、瑞希の鼓膜に鈍く残る。あの場所にあった温度も光も、笑い声も、すべてが遮断される。目の前に広がるのは、細く長い通路だった。白でも黒でもない、中途半端な灰色に塗られた壁。天井に等間隔で埋め込まれた照明が、均質な明るさを落としている。


 匂いが違う。酒と煙の混ざった空気ではない。乾いた、消毒液に似た匂い。人の生活から切り離された場所の、それだった。


 先を歩くのはレノだった。

 ヒールの音が、一定の間隔で床を叩く。振り返らない。歩幅も緩めない。まるで、後ろに人がいることを前提としていないような歩き方だった。


 瑞希は、半歩遅れてついていく。

 足音を揃える気はなかった。ただ、離れすぎないように距離だけを保つ。


 曲がり角をいくつか抜け、通路はやがて開けた。

 小さなホールのような空間。壁面には複数の扉が並び、それぞれに番号が振られている。装飾はない。無機質な会議室のように見えた。


 レノは、そのうちの一つの前で立ち止まった。

 短く息を吐き、ポケットからカードを取り出す。読み取り部に翳すと、電子音とともにロックが外れた。


「ここがあなたの部屋よ。と言っても、待機所みたいなものね」


 扉を押し開ける。中は、予想通り簡素だった。

 ベッドが一つ。机と椅子。壁際に小さな収納。窓はない。代わりに、壁の一部が薄く発光している。擬似的な採光。時間帯に応じて色温度が変わるタイプだと、見れば分かる。管理局の部屋と、あまり変わらなかった。


 瑞希は一歩中へ入り、部屋の空気を確かめた。

 誰の匂いも残っていない。完全に空の部屋だった。


「仮所属。意味、分かってる?」

 背後からの声。振り返ると、レノが扉の枠に寄りかかっていた。腕を組み、片脚に体重を乗せている。視線は真っ直ぐ瑞希に向けられていた。


「監視付きの居候」

「半分正解」


 レノは鼻で笑った。

 その笑みは、先ほどラウンジで見せたものよりも冷たい。


「監視付きの資産よ。ただの、保留品」

 言葉が淡々と落ちる。

 感情を削ぎ落とした事実だけが、そこにあった。


「逃げようとすれば撃つ。妙な動きをしても撃つ。必要がなくなれば?」

「言われなくても、分かってる」


 瑞希は目を細めた。驚きはない。むしろ、想定よりも分かり易い。

 レノは、その反応を数秒だけ見つめた。瞳の奥で、何かを測るように。


「……随分と素直ね」

「状況が単純なだけだ」

「単純。単純ね」


 レノは小さく繰り返した。

 その言葉をどう受け取ったのかは分からない。ただ、次に口を開いたとき、その声音はほんの僅かに変わっていた。


「明日から任務に出る。様子見だから、重いのは回さないけど……」


 レノは壁から背を離し、部屋の中へ一歩だけ踏み込んだ。

 距離が縮まる。三歩もあれば、触れられる位置。


「あなたの利用価値、測らせてもらうわよ。異論は?」

「ない」


 即答に、レノは目を細めた。

 その視線は、警戒とも、苛立ちとも違う。名前の付いていない感情だった。


「一つだけ、忠告しておくわ」


 レノの視線が、瑞希の左耳へ落ちる。

 銀色のピアスが、室内の光を受けて鈍く光った。


「あなたが何を抱えてるか、私は興味ない。でも、それを理由に判断を鈍らせるなら――その時は、私が撃つ」


 距離が、さらに一歩だけ詰まる。

 視線がぶつかる。逃げ場はない。


「家族を殺した男を、私は許してない」


 声は低い。だが、揺れはない。あのときと同じ温度。だが、引き金にかかる指の代わりに、言葉だけが向けられている。瑞希は目を逸らさなかった。銃口が向けられていなくても、あの距離は残っている。


 レノは数秒だけ黙り込み、やがて小さく息を吐いた。

 興味を失ったように踵を返し、扉へ向かう。


「荷物はあとで運ばせる。必要なものがあれば言ってちょうだい」

 ドアノブに手を掛ける。

 そのまま出ていくかと思ったが、一瞬だけ動きが止まった。


「……あと」

 振り返らないまま、言葉だけが落ちる。


「死ぬときは、勝手に死んで。巻き込まれるのは、嫌いなの」


 それだけ言って、レノは部屋を出た。

 扉が閉まる。ロックのかかる音が、小さく響いた。


 静寂が戻る。

 瑞希は、その場に立ったまま、しばらく動かなかった。壁の光が、ゆっくりと色を変えていく。夜に合わせて、僅かに温度が下がる。


 やがて、瑞希はベッドに腰を下ろした。軋む音が、やけに大きく聞こえる。

 左耳に触れる。冷たい金属。指先で軽く押すと、僅かに揺れた。肆已の声は、もう聞こえない。代わりに残っているのは、結果だけだった。


 ここにいる理由。ここに残る理由。そして――ここで何をするのか。

 瑞希はゆっくりと横になり、天井を見上げた。均一な光が、影を作らない。

 選択は、もう終わっている。あとは、徹底するだけだった。



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