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原罪者の聖痕〜正義の組織に捨てられた俺は、敵組織に拾われて家族と呼ばれました〜  作者: 幻翠仁
第二章

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// 0016 - 善悪の構造



 黒いセダンは、首都高速道路を滑るように走っていた。

 深夜の高架は、昼とはまるで別の顔を持つ。無数に分岐するテールランプ、交差する光の帯、コンクリートの壁に反射して滲む白と橙。


 都市は眠っていない。

 ただ、人の気配だけが薄く削ぎ落とされ、機能だけが残されている。速度は一定だった。急ぐ様子も、慎重さもない。まるで最初から、辿るべきルートが決められているかのようだった。


 フロントガラスに映る街灯が、等間隔で流れていく。

 光は規則正しく現れては消え、車内の暗闇を一瞬だけ切り裂いていく。そのたびにダッシュボードの輪郭や、運転席に座る男の横顔が白く浮かんだ。


 男――スティンは、前を見ていなかった。

 視線は道路に向けられている。だが、それは見ていると言うより、通過させているだけに近い。運転操作は正確で無駄がなく、感情の介在を許していない。ハンドルを握る指に力の揺れもなく、アクセルもギアの入れ替えも、必要な分だけが与えられていた。


 助手席は空いている。

 だが、車内に孤独はなかった。


 スティンの左耳に装着されたイヤフォンから、微かにノイズが流れている。まだ消え切っていない会話の残響――既に用を終えたはずの機器が、役目を終えたことを理解できずに、惰性で呼吸を続けているようだった。


 スティンは、その音を煩わしそうにも、惜しむようにも思ってない。

 ただ、ほんの一瞬だけ、口元が歪んだ。


「――潰されたか。まあ良い……本来の目的は達した」


 独り言は、夜に溶けた。

 首都高の防音壁が、音を吸い込み、都市へと返すことはない。黒塗りのセダンは分岐を越え、更に奥へと進んでいく。


 管理された速度。管理された道路。管理された夜。

 この都市では、秩序は常に正義の顔をして走っている。それがどれほど美しく、どれほど容易に、人を殺す構造であるかを知らぬまま。


 スティンは、僅かに口角を持ち上げた。それは感情というより、思考が一段落したときに生じる癖のような歪みだった。


 指先でスイッチを押し、窓を僅かに下げる。

 叩くような風が、耳たぶを撫でていく。百キロを超える速度で切り裂かれた夜気が、甲高い音を立てて車内に流れ込む。唸るような風切り音が鼓膜を打ち独白の余韻を、乱暴に掻き消していく。都市の匂いと、排気と、冷えた金属の気配が、一緒くたになって押し寄せた。


「……この世に純粋な善も、悪も存在しない。互いが主観を持つ限り、角度に依存した正義は無くならない。結局、どちらも性質は同じだ」


 胸ポケットに手を入れ、指先で紙の感触を探る。

 一本引き抜き、口端に咥えた。デュポンライターを弾く。特徴的な金属音とともに、短い火花が散る。橙の光が、指と頬を照らした。


「それでも君は、どちらにも寄らなかった」


 そう言って、深く吸い込む。

 灰の奥まで、煙を沈めるように。そして、細く息を吐いた。

 煙は風に引き千切られ、形を保つこともなく夜へと散っていく。白い線は、首都高の照明に一瞬だけ照らされ、すぐに消えた。


 スティンはそれを見送らなかった。視線は前方。後方に転じていく道路と、管理された光の列だけを、静かに通過させていく。


「合格だ。宮原瑞希……」

 低く、くぐもった声が車内に響く。


「だからこそ――我々は、君に手向けよう」


 横顔に、首都高の光が刹那的に瞬く。

 影に覆われた表情は、微かに弔いの色を纏っていた。


「正義という名の構造善が、一番美しい形で人を殺す舞台をな……」


 スティンは、最後に一度だけ瞬きをした。

 それ以上、何も考えていないという合図のようだった。


 灰皿に煙草を押し付け、火を消す。

 残った熱を確認することもなく、窓を閉めた。風切り音が途切れ、車内に静寂が戻る。次の分岐へ向けて、ハンドルを僅かに切った。


 黒いセダンは、何事もなかったかのように流れへ戻っていく。

 首都高の光の列に溶け込み、個としての輪郭を失いながら。善も悪も、思想も感情も――この都市では、ただ、構造だけが走り続けていた。






――第二幕、終幕。



※以下は、本編で確認された異能の挙動を、観測可能な範囲で整理したものである。その全容を保証するものではない。


■異能:正当化

自分の行動について、第三者からの倫理的・感情的な非難を受けたときのみ、その行動を「正当だったと感じられる思考」を即座に構築できる。行動そのものは変えられない。相手を操ることもできない。世界を書き換えない。変わるのは、自分の認知だけである。


■異能:中立

他者の行動に付随する感情的・思想的意味を、行動終了と同時に切り離す。結果は残る。被害も消えない。だが、なぜそうなったのかという理由だけが霧散する。行為を止めることは出来ない。正義を示すことも、悪を断ずることも出来ない。中立である自身に出来るのは、ただ一つ。事態を“中立な結果”として地面に置くことだけである。




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