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もふもふAIが温泉水ジェラートを売っています  作者: 櫛田こころ


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第6話 常連その②(主婦の場合)

 いきつけの喫茶店があった。


 だけど、そこの店長が退職してしまうのが、真波には少しばかり寂しく感じた。


 恋愛感情を持っていたとかそういうのではない。真波はもともと主婦だし、夫との仲も悪いどころか良好そのもの。だけど、その夫もお世話になっていた店長が自主退職してしまうのは……なんとなく、寂しかったのだ。


 理由は聞いたが、どうやら自分の店舗を持ちたいための、自営業を始めるためだとか。



(脱サラとかとは違うし。雇われ店長よりも、よっぽどやりたいことへの夢を叶えたい……か。わからなくもないわ)



 真波があーだこーだ言っても、店長の方が業界知識についてはアマチュアではない。きちんと計画を立てた上での結論だから引き留めたところで意味がないのだ。


 だけど、わかってはいても……喫茶店の、のんびりとした時間をあの店長がつくっていたのは本人気づかずというのが悲しかった。そのあとに、新しい店長らしきスタッフは来たものの、すぐ慣れるわけがない。料理もレシピ通りつくっているだろうが、どこか物足りなさを感じたくらいだ。



「我孫子さんとこの、新しい店行かない?」



 週末の休みに、夫が珍しく自分から彼に会いに行こうと言い出したのだ。店長の名前は、一応知っている。我孫子拓馬。たしか、年齢は夫とほとんど同じなのはふたりで食事をしに行ったときに聞いた気がした。



「珍しいわね? パパが行きたいだなんて」

「ママがチラシもらってきたじゃん。珍しいスイーツのお店だったし、もうオープンしてるんだって」

「珍しい? ……ああ、温泉水を使ってるから?」

「ジェラートだって。心愛も食べれるかもしれないから、三人で行こうよ」

「……そうね」



 わざわざ言い出してくれるのなら、その言葉に甘えようと思う。なんとなく、我孫子がいない喫茶店が寂しいのを見抜かれていたのかもしれない。好ましい形が、今時で言う『推す』という言葉が当てはまるくらいには、真波も我孫子の料理には惚れ込んでいたのだ。


 違う形でも、その味が確かめられるのなら家族総出で行ってもいいかもしれない。心愛は一歳を超えたばかりだが、アレルギー反応は今のところ検査では問題ないと出ている。はちみつについても大丈夫だと医師からお墨付きだ。


 外は夏の陽射しで熱いので、冷感対策はきちんと取ってから湊星商店街へと繰り出す。ベビーカーに揺られている娘はぽやぽやしつつも、外の空気が嬉しいのか『あうあう』と話そうとしていた。つかまり立ちなどの発育は順調だが、言葉についてはまだ難しいらしい。



「お? あれかな?」



 夫が南側の角を曲がったあたりで声を上げたので、ベビーカーから少し顔を上げれば……それらしい、行列がたしかに出来ていた。イートスペースもあるのかベンチやパラソル付きのテーブルが設置されているのも見える。


 宣伝は頑張っていたのは知っていたが、物珍しさがあってももうあそこまで人気なのは我孫子自身の腕前と人柄のお陰もあるだろう。……と、並んでいたときには思ったが、自分たちの番になると『もふもふ』した存在がお出迎えしてくれたので、思わず拍子抜けしそうになった。



『はーい。いらっしゃい! 僕はサック!! 店長が戻ってくるの少し時間かかるので、僕でよければご対応しまーす!!』

「「……AI??」」

『そうでーす!! サモエドとロップイヤーMIXの!!』

「へぇ……」



 そう言えば、我孫子が喫茶店を辞めると言い出した少し前からホールになんとなくいたのを思い出した。今思えば、これだけ印象強いのに空気状態でいられるくらいの育成を整えたのは……やはり、我孫子だとしても凄いと思った。夫も初めてみるアンドロイド版のようなそれを見て感心していたから。



「えーっと。ここって、普通のアイス屋みたいにカップやコーンで選ぶ感じ?」

『はい。お兄さんたちの前に見えるショーケースの中から、一種類からお選びいただけます!! 最大でも三種かな~?』

「だって。真波、どーする?」

「そんなに食べれないし……ダブルをふたつとか? 心愛はひとくちくらいがいいだろうし」

「だね? じゃあ、俺は抹茶とミルクコーヒー」

「……私はかぼちゃにレアチーズケーキかな? 両方カップで」

『はいはーい!! 少し待っててください!!』

「サック。お待たせ」

「「あ」」

「ん? ああ、加古さん! ご夫婦でわざわざ?」



 とここで、我孫子がバックヤードから戻ってきてくれた。専用らしいエプロンにキャップが爽やかさを演出するようで、まぶしく見えたのは夏の陽射しもあるせいだろう。



「人気そうですね?」

「おかげさまで。温泉水を取り入れたのがうまくいっています。ご注文は?」

『僕が受けたよ、店長。抹茶とミルクコーヒーがひとつに、レアチーズケーキとかぼちゃ』

「了解。おつくりしますので、少しお待ちください」



 サックのもふもふが少し気になったが、専用ゴム手袋をしているのを見て毛の混入がないのはほっと出来た。サックは夫の方を、我孫子は真波のをつくってくれたのだが……最後に、味見用にとアイス屋では定番のワンスプーンをそれぞれ別の味にしてくれた。


 幼児が食べても大丈夫な味にしてくれたので、せっかくだからと娘に食べさせてやる。甘い味がお気に召したのかすぐに舐め終えたくらいに。


 そのスプーンをウェットティッシュで拭い、改めて食べるのに少し脇に移動してから夫と食べることにした。



「うっま!? え、少し花の香り??みたいな不思議な風味する」

「え? 温泉水?」

「だと思う。食ってみ?」

「……ええ」



 せっかくなので、レアチーズケーキの方をひと口。チーズケーキの風味はもちろんするが、後味にはたしかに花の香りとも言えるような不思議な風味がした。独特の風味なはずなのに、素材の味を殺したりしていないペアリングに……本当に美味しいと口から言葉がこぼれていた。



「我孫子さん、活き活きしてるな?」



 半分くらい先に食べ終えていた夫の言葉に、視線を我孫子に向けてみると。



「ありがとうございます。またのお越しを」



 その笑顔は、喫茶店を切り盛りしていた……それ以上の輝きだった。もふもふもいっしょだと、良き相棒とも言える関係性に『推し』のいる場所は選ぶものじゃないと真波もようやく理解できた。



(通う場所がひとつ、増えたんだと思えばいいわ……)



 暑い夏であろうと、冬の特別なデザートになろうとも。喫茶店とは別で、散歩ついでにこればいいじゃないか。娘もここの味が気に入っただろうし、シーズンごとの味も楽しめばいい。


 そんなことに、今更気づいた真波は夫が独り占めしようとしていた自分のジェラートにスプーンを向けて少し奪った。


次回はまた明日〜

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