第5話 常連その①(OLの場合)
宮根彩香は、それまで特に趣味や食事にはこだわっていなかった。
なんとなく進学校に行き、なんとなく短大を卒業して就職。OLとしては若手でも二十歳から就職しているから、今はまだ二十三歳。
満員電車にも乗り慣れ、業務のルーティンもそこそここなすくらいになり、ランチも弁当が面倒なのでほとんど毎回同じ店を利用していた。
そのお店である喫茶店の店長が、近々辞めてしまうという会話を聞いたのは、たまたまだったが。
「商店街からいなくなるわけじゃない?」
「自分の店を持ちたかったんです。いなくなるわけではないですよ?」
「けど、残念。店長さんの作るランチ好きだったのに……」
「新店長が決まったら、またよろしくお願いします」
「ええ」
客との何気ない会話。
自分の夢を語る、まだ若くても三十くらいの男性が夢を語るのは楽しそうだった。
自分の店を持つのが夢。それはありきたりのようで難しい夢だ。資金以外にやりくりすることが多いし、事務課の彩香ですらニュース番組やバラエティー番組で見る範囲の知識で考えても『大変』の文字が浮かぶくらいに。
けど、ここの仕事を辞めてまで叶えたい夢には……少し興味があった。なので、その客との会話が終わったあと、彼が彩香のところに来て食器を下げるとき……つい、聞いてしまった。
「あの、何のお店を開くんですか?」
「え? ああ、聞いてしまいましたか?」
「すみません。盗み聞きするつもりは」
「いえいえ。大丈夫ですよ。……ジェラートのお店を開くんです」
ポケットにチラシを入れていたのか、折り畳んだそれを彩香に渡してくれた。可愛らしい色使いで『温泉水ジェラート』の文字が書かれていたのだ。温泉と言えば、たしかこの商店街で発見されたとのニュースはまだ新しいことを彩香も覚えていた。
「温泉水……って、飲めるんですか?」
「市がきちんと調査した上でわかったんです。地方によっては、作ることもあるらしい商品なんですが」
「……出来たら、食べに行っても?」
「もちろんです」
ふいに、口から出てしまった言葉に彩香自身が驚いていた。いつもの喫茶店のご飯が美味しいから、このアイスも美味しいだろうと勝手に思い込んでしまっただけなのに。それと、少し前からホールで接客を頑張っているもふもふしたロボットじゃない『AI』も気になっていた。あの子もいるのなら、きっと楽しい店なんじゃないか……と。
それから、二ヶ月くらいで本当に店長は退職したものの、新店長でもランチの味はそこまで変わらなかった。しかし、味は何故か『普通』の印象しか持てない。それくらい、あの笑顔が優しい店長の方がよかったのか、そのときはよくわからなかったが。
(行って……みるか)
デザートは注文してなかったので、南側にあるとあのときのチラシを頼りに『シルキー』と名付けられたそこへ向かえば。まばらではあったが、客がきちんと列を作っていた。テナントの前には、イートスペースが出来るようにとベンチやテーブルがいくつか。夏だから、テーブルにはパラソルが設置されていた。
客の手には、カップやコーンの上に色鮮やかで美味しそうなジェラートが盛り付けられている。三角の山で、二種だったり三種だったりと。気温が高いこともあって、食べている客らの顔は安心と笑顔ばかり。
その表情を見て、彩香はごくりと唾を飲み込んでしまった。いつもなら暑いから嫌だと列に加わらないのに、今回は素直に並んだ。あの店長は、彩香を覚えているかわからないが順番が来ると『ああ』といった驚きの表情になって。
「来てくださったんですね? ありがとうございます」
「あ、はい。えっと、注文しても?」
「もちろんです。一種からカップやコーンで提供しています」
『僕に言ってもらってもいいですよ~』
「あ、うん」
育成をすればするほど、人間の外見でなくてもアトラクションのキャラクターと同じ知能を持つとされるアンドロイド版AI。喫茶店に居た頃よりも、ずっとすらすら言葉を発していることから接客を頑張っているのだなと伺える。
とりあえず、後ろにも客はいるのでさっさと選ぶことにした。一種じゃ足りないので、二種。
チョコチップといちごミルクにしてみた。せっかくなので、コーンで。
「はい、承りました」
カウンターの下にあるショーケースを開き、スコップでがっがっと掻き出してからコーンへ立つように盛り付けていく。それが横に倒れないように、もう一種類も同じようにして。
『はい、お姉さん。味見用プラスでスプーン持ってくださ~い』
もふもふがそんなサービスを教えてくれたので、支払いを終えてから慌てて受け取った。キャッシュレス決済が出来るのは有難がったが、どっちから受け取れば……と、結局もふもふから受け取ってあげることにした。
「『またのお越しを~~』」
そろって同じ対応をするのが可愛いなと思ってしまった。男性に可愛い……なんて、喫茶店に居た頃は思わなかったのに、不思議なものだ。
それより、ジェラートだから普通のアイスよりも溶けやすいだろうと。まずはスプーンにある緑色のを食べてみた。キウイ味のさっぱりシャーベットのような感じで、爽やかな味わい。後味に、ほんのり塩気があるのが面白かった。
「……これが、温泉水の効果??」
ほかの二種を食べてみても、ふんわり香る塩味のような、花の蜜のような味わいが不思議で堪らない。だけど、癖になってスプーンが進んでしまう。合間にかじるコーンも少しキャラメリゼがかかっているのか、甘くて香ばしい。
「……美味しい!」
珍しい食べ物だからとか、たまたま好みの味に行き着いたからとか言い訳はあるかもしれないが。
彩香は二十四歳になる夏にして、初めて『食べ歩き』の趣味をこの湊星商店街でしていこうと決めた瞬間だった。考えれば、この商店街は温泉発見から復興事業で賑わっていたから。
次回はまた明日〜




