第42話 春到来、進級
芽衣は大学二年生になった。
一年の講義は半年まで慣れない眠いとか色々あったけど、終わったらバイトが出来る楽しみがあるからと乗り切れた。
大学から少し離れた場所にある湊星商店街の南側にあるジェラート屋『シルキー』。
高校卒業と同時に面接の打診をかけ、押し切った感じではあるが雇用してもらったところだ。
もともとは高校から行きつけの店だったが……店長の我孫子拓馬に恋心を抱いていた芽衣は、叶うことならいっしょに働きたいと勇気を出した甲斐があった。毎日が楽しくて仕方がない。
もちろん、定休日もあるから正確には毎日ではないけれど。
それでも、たまに試作の関係で都合があえば休日出勤することもある。ちゃんと給料ももらっているので問題ない。薄給だと最初言われたものの、繁盛しているおかげで最低賃金分は支払ってもらえている。
二年生になって、変わったことは進級して講義の数が増えたこと以外あまりない。遊べるのなら今のうち、とも言われているが。高校のときの友人たちはそれぞれの進学先で頑張っているため、たまの休みしか都合があわない。最後に遊んだのも春休みの中でも一日程度。
校内の友人はいなくもないが、話す程度でそんなに遊んだりはしなかった。芽衣がバイトに明け暮れているせいもあるだろうが、それについては別に気にしていない。
(いいよね? 別に。自分の生き方だし)
不満がないと言われれば嘘にはなるが、勉強もおろそかにしていないしバイトは楽しい。
だけど、来年進級したら少しずつ『就活』を始めなくてはいけない時期になる。芽衣個人としてはシルキーにそのまま勤務したいところだが、まだ拓馬にはその意志を伝えていない。
断られるかも、と、そこは臆病な気持ちになっているからだ。一度は社会に揉まれる経験をした方がいいだろうとも聞くし、バイトからの正社員は流石に雇えないかもしれない。
だが、芽衣以外のバイトを雇う気配もないし、卒業まで勤めるつもりではいるが……それ以降はきちんと誰かを雇うのか。そう思うと、男女どちらであれ嫉妬しそうな気持がもやもやと湧いてくる。
決めるのは拓馬なのに、勝手に彼女みたいな考えを持ってしまう。まったく、恋と言うのはきらきらした感情だけじゃないのがよくわかった。
「あ、武藤さん」
シラバス……授業計画書を提出するのに、ロビーのテーブルにいたせいか目立ったのだろう。ときどき、シルキーにも来てくれる同級生の堀越千早が気づいてくれた。彼女もひとりなのか、向かいに座っていいかと聞かれたのでもちろんだと答える。
「堀越さんもシラバス?」
「うん。……武藤さんは、もうほとんど?」
「だいたい決めたかな。資格は取るつもりないから、5限はあんまり入れない感じ」
「そうなんだ。私は学芸員の資格のために、結構入れようかなって」
「すごいなぁ。あたしはそこんとこの進路ぼんやりなんだー」
「……バイト先でそのまま、とか?」
「あ、わかりやすい?」
「あのAIくんとかと、楽しそうに仕事してたから……なんとなくだけど」
「うん。サックくんとの仕事は楽しいよ」
人間並みどころかそれ以上の知能に対話術。
飲食こそ出来ないが、芽衣以上に美味しいジェラートを仕込ことも出来るスーパーロボットと言っていい。だが、行列がそこそこ出来てしまうので接客が店長と彼だけだと大変だから……という心配もあって、バイトの打診を頼んだのだ。
結果、色々頼ってもらえているし、芽衣自身も接客で勉強になることが多い。サックはアンドロイド版であれど、先輩に変わりないが敬語は不要と同僚のような関係で接している。
そんな感じで、仕事が楽しい。
だけど、踏み入れていいのかわからない。その輪のもっと先に進んでいいのかを。
恋もだが、仕事にまで臆病さが出てしまうのが……どうしたらいいのか、最近わからなくなってきていた。拓馬には5年近くも想いを寄せていても、結局手作りケーキを渡した以外の進展はなにもない。
逆にあったらあったで、気まずくなるのが嫌だと告白も言えずじまい。なにをしたいのか、あれ以降わからなくなってきたのだ。サックにまで相談するくらいなのに、自分の気持ちがとんとわからない。
「……でも、ひとつの目標になるんじゃ?」
「え?」
少し会話が途切れたあとに、千早の方から切り出してくれた。うつむきかけていた自分の顔を上げれば、真剣ほどではないが引き締めた表情が見えた。
「武藤さんの進路は武藤さん自身で決めることだけど。最初から無理って決めつけるのはよくないし、マイナスの方面に考えるのもよくない。それとなく、店長さんに聞いてみるのも有りだと思うよ」
「……いいのかな?」
「うん。続けたいのが仕事でもなんでも。諦めるのはよくないよ」
「……だね。ありがとう」
たしかに、臆病になり過ぎて『やりたいこと』から退こうとしていた。
そんなに話をしたことのない部外者からの言葉だったが、たしかにその通りだと頷ける。
礼を言ったあと、せっかくだからと学食のときもいっしょにどうかと、誘うまで話に花が咲き。
この日から、千早ともだが大学生活のなかで少しずつ同級生から『友人』が出来るようになってきた。勉強だけが青春じゃないのを、芽衣は無意識に諦めようとしていたのにも気づけたから。
だから、シルキーのことも、拓馬のことも諦めたくなかった。
次回は月曜日〜




