第29話 バイト以上の思いを
今までのバイト代をつぎ込んで、材料を購入したわけではないけれど。
練習もしつつ、『当日』に向けて芽衣はケーキづくりをしていた。母の祥子からのお墨付きももらった『レアチーズケーキ』のタルトづくりに。
失敗しやすい、二、三回は越えたので、四回目となる今回は成功するに違いないと信じて。
土台となるタルト生地の手順は心配なかったので、それを冷ましている間にレアチーズのところを作る。
粉ゼラチンは少量の水と混ぜて、10分以上馴染ませておく。
クリームチーズは常温に置いていても固い場合は、ビニール手袋で揉み込むようにして砂糖と混ぜていく……雑に見えてこの方がはやいのは、レシピに書いてあったからだが。砂糖が混ざってきたら、無糖のヨーグルトとレモン果汁を入れてまた混ぜていく。滑らかになったら、ゴムベラとチェンジするのを忘れない。
均一なくらいに滑らかになったら、これはこれで置いておく。
次は、牛乳を沸騰させないくらいに火にかけ、コンロの火を止めたらゼラチンを入れて良く溶かす。これをさっき滑らかにした方に混ぜていくのだが、ゴムベラで手早くが大事らしい。もろもろしてしまうとせっかくの滑らかさが台無しになるからだ。
「……あとは。土台ごと入れた型に流し入れて」
冷蔵庫で固まるまで数時間冷やす。これだけだが、土台込みで作るとなかなかに手間のいる作業だった。
大学の秋考査が終わるまでなかなか練習が出来なかったので、もやもやしていたのが一応解決できたことにすっきりはしたものの。これを、我孫子が受け取ってくれるか非常に悩んだ。誕生日プレゼントに渡すなら、お世話になっているバイトとしてなら凝り過ぎじゃないかと思われるのが心配なのだ。
とはいえ、わざわざ切り分けて持っていくのも変かもしれない。どこかで買ったように仕上げるのも、なかなか面倒なので。
「芽衣、出来た?」
とりあえず、片付けをしていたら母親がキッチンに入ってきたので、そのまま夕飯の準備をするのかと聞いたら、そうだというから手伝うことにした。
今日も夜は冷えるということで、キムチ鍋。辛さはマイルドに、〆はチーズリゾットと女子の心を鷲掴みなメニューだ。父親も好きなので、〆は取り合い合戦なのもしょっちゅうである。
「あとは冷やすだけだよ」
「片付けの手際も良くなったわね? 最初はもたもたしてたし」
「……手作りのお菓子って、面倒多いもん」
「お菓子もだけど。毎日の料理もそうよ? レンチンとかの時短もいいけど、手間暇をいかに短縮できるかも……店長さんの仕事手伝いたいなら、覚えて損ないもの?」
「……そうかも」
AIのサックがいれど、ジェラートづくりには我孫子のレシピが欠かせない。ジェラートのミキサーでどれだけ多くの種類が作れるとか、季節や期間限定にしたら客に購入してもらえるとか。商売する上で当たり前のことを、我孫子は真剣に考えて商品に向き合っている。
初対面だったときの、チラシ配りのときに見た優しい笑顔だけでなく……仕入れの一覧とかを見ているときの、あのきりっとした面持ちのときも芽衣にとってはときめきポイントでしかない。
そんな彼に、玉砕覚悟でもいいからとタルトをプレゼントするのはおこがましいかと考えかけたものの、サックの協力もあって挑んだのだから。その助言を無駄遣いにはしたくない。
明日の出勤日が、ちょうど我孫子の誕生日。
11月25日がなにかの記念日となれば嬉しいとか、少しバラ色な考えを傾けかけていたが。
少なくとも、甘い物は大好きな人にプレゼントをして喜んでもらえればにしておこうと……少し、チキンな弱気で行くしかないのか。生まれて初めての恋を、告白に持っていける度胸があるかと言われたら難しいことだ。
せっかくの楽しいアルバイト先を解雇されるのも嫌だし、我孫子との交流についても嫌なところがない。それを砕くなんて、やっぱり嫌だから……せめて、バイトだけはうまく続けられるように『おめでとうございます』とだけ言おうと、当日の朝箱に入れたタルトを片手に商店街に向かった。
「おはよう、芽衣ちゃん」
そして、裏口から入ばもう作業の準備をしていた我孫子の笑顔を見て、挨拶をしてからすぐにタルトの箱を前に出したのだ。
「店長。お誕生日おめでとうございます!」
告白は言えずだったが、我孫子の驚いた顔は見れたので成功だと思うことにして……持たせるのに、少し前に出したら落とさないようにと芽衣の手に添えてくれたのだった。
その手は、何故か異常に熱く感じた。
次回はまた明日〜




