第25話 元師匠の今頃は
湊星商店街、南側ストリートの老舗喫茶店『更紗』には元逸材がいたとされている。
今の店長がまだまだ新人である少し前、独立したいからとの申し出でオーナーである蓮実栄治に懇願したことが始まり。
我孫子拓馬。
彼が大学生だったときからバイトとして雇い、就活最中に接客態度の良さなどから店長昇格を言い渡したのも、蓮実本人。
客たちは我孫子の居心地の良い空気に癒され、『更紗』にあまりなかったゆったりとした空間を求めに利用することが多かった。蓮実をそれを気に入っていたし、ゆくゆくは経営全般を我孫子に任せてもいいと思っていたのだが。
三年前に独立の懇願をされたときは酷く驚いたが、止める言葉はかけられなかった。あまりにも真摯な瞳で、真剣な言葉で蓮実の胸を打ったのだから。その決意は簡単には揺るがないと思って間違いない。
なら、と巣立つための手立てとして、接客は悪くないが微妙に人付き合いの苦手な彼に……店員を雇う前にと、AIの提案をしてみたのだ。ローンはそれなりに組むが、帳簿の取り方が下手でない我孫子になら大丈夫だと。
実際、『更紗』でも少しの間働かせてみたが、思った以上の働きっぷりを見せてくれた。これなら、場所は違えど同じ商人としての仲間になれるだろう。
(今の店長も悪くはないが、まだまだ仕事の良さを見いだせてはいないな?)
身内なこともあり、下手に解雇するとややこしくなる。様子見様子見で数年見てきたが、まだまだ人間としても未熟な部分が多い。それを鍛え直すべく、仕事の話を持ち掛けた時に見た『目の色』で決めた雇い方だったが。
「オーナー、休憩大丈夫ですか?」
「おう。そろそろ、賄いが出来たか?」
「ええ。今日は鉄板ナポリタンです」
「どれどれ?」
賄いはついでだが、我孫子の残してくれたアレンジレシピなどを再現できるかの試作は今もまだ続いている。客足は一時期減った感じはあったが、オーナーが自分のままだというのは知られるようになってからは、自分ひとりで切り盛りしていたくらいには戻ってきた。
我孫子を恨んだことはない。
むしろ、自分の甘えで彼を引き留めてしまったことを後悔したくらいだ。
のびのびと自分の店、『シルキー』を経営出来ているのなら自分の反省点を見出すくらい……いくらでも出来るのだから。
今日の賄いの出来は8割方整っていた。店に出すメニューにはもう少し改良が必要なくらいになってきている。不真面目ではない身内の店長だが、指示されたことへの文句のある態度は三年目の今では少し薄れてきているような気がする。
やはり、我孫子がいなく、自分なりの腕前で店を持てるというのがなにかの自信に繋がっているのかもしれない。
(だが、まだまだ……だな?)
蓮実もだが、新店長の心のうちにある『驕り』を少しでも緩和出来るようにせねば。実質、デザートオンリーだけとは言え、ライバル店になった『シルキー』との差を見ては焦ってしまうのも無理ない。
蓮実はちょくちょく視察ついでに買いにいっているが……毎度毎度、男女問わず虜にしてしまっているあのジェラートには舌鼓を打つばかり。今年の春にやっと雇ったという元常連客の女子大学生ともいい雰囲気だが。
それ以上の関係には、まだ何も進展がないのは残念。こちらの新店長とは違う意味で、人付き合いの苦手な我孫子には……気軽に恋人が出来ないものかと、親心に似たなにかで心配になってしまうのだ。
それはともかくとして、『更紗』の心配をする方が蓮実の優先順位は高い。
一応親として、元ニートだった息子の秀一には今の意気込みを聞くべきか少し悩むのだった。
次回はまた明日〜




