第13話 常連客その⑤(会長の場合)
湊星商店街は、昭和の終わりから東西南北と組み合わさった、そこそこ規模の多い商店街だ。
ばらばらだった商店街を統一したのが、現会長の光井良治というひとりの老人。もちろん、彼だけでなく同年代の有志たちが募ってくれたお陰もある。
街の名物になるようなものはこれと言ってなかったが、今から三年前に大きな転機が訪れた。北側のテナント跡地に、間欠泉が発掘されたことで市内でも珍しい『天然温泉』がそれとなったのだ。
(最初は銭湯再建も兼ねての、温泉施設だけでもまあまあ人気ではあったが)
市から温泉の水道料金システムを組む提案をされたこともあり、まったくではないが商店街内でも潤いが出たのも嬉しいことだった。
それともうひとつ、水質の関係上『飲料』の審査も通ったことから料理に扱う店舗もいくつか取り入れるようになった。
前々からある店舗から、駆け出しとしての新店舗を含めていくつか。
良治はその中でも、気に入りのひとつがあった。北ではなく南側にわざわざ店を構えた、『ジェラート屋』。
温泉ジェラートという、少し珍しい商品を手掛ける若い店舗だ。店員は元喫茶店の雇われ店長だったが、店員も少し珍しくもふもふした外見の『AI』を導入しているという今風。味はもちろん、珍しいその店員に癒されもすると人気になっているスイーツ店『シルキー』。
定番もあれば、季節限定、きまぐれ限定とか面白いジェラートが行く度にあるというのも気に入っていたが。しばらく、会長業務が立て込んでいて忙しかったため、『シルキー』に訪れていた変化を知らないでいた。
「いらっしゃいませ~。列はこちらです」
三年目にして、ようやく『人間』の従業員を雇うとは思わないでいた。しかも、かなり見目のいい若い少女。
プラカードを抱え、接客を丁寧にと心がけている意思がよくわかる態度だったので、良治は自分が『誰』とは言わずに……今日はまず客として接しようと普通に列に並んだ。長さからして十五分くらいなら、老年であっても今日は初夏の陽射しも和らいでいるので問題ない。
ただし、自分の番が来ると店長の我孫子拓馬には驚かれ、『すみません』と言われてしまったが。
「構わんよ。本当に客として来たつもりでもあったし。若い子がこんなじいさんのことを知らんだろ?」
「いえ、まあ……その。あ、今日は何を注文されます?」
ここのジェラートは甘過ぎずさっぱりしているのが特徴なので、老年でもダブルやトリプルを食べても胃腸を下手に刺激し過ぎないのがいいところだ。ストッカーの中身を見れば、売り切れ寸前のもあれば、まだ余裕のあるものもあった。
ゆっくり選びたいところだが、後方の列もそこそこ出来ているのでさっさと選ぶことにした。
「そうさな? チョコチップとブルーベリーヨーグルト、もうひとつは小豆ミルク」
「今日はカップかコーンだと?」
「気分はコーンだな? 頼むよ」
「少しお待ちください」
『お久しぶりでぇす!! お会計承ります~』
「おう、サック。今日も元気そうだな?」
『会長も元気いっぱいですね~』
「そう見えるかい?」
今でこそなんだが、のロップイヤーにサモエドの毛並みを混ぜたようなぬいぐるみが動いているのには……最初の頃、役に立つのかどうかとか突っ込んだものだが。拓馬のいた喫茶店でも接客のノウハウを学習させたのであれば、商店街の会長としては下手に助言を言うつもりはなくなった。
バーコード決済とかクレカの決済は出来なくはないが、自分が客で回るときは現金で支払うのが癖になっているのでここでも同じにした。三つも頼むとそこそこの値段はするものの、味がいいので問題はない。味見用のスプーンにはパインがついてきた。
「会長。向こうの子、春に雇った新人の子です」
出来上がりを渡されたときに拓馬が新人の従業員のことを軽く説明してくれた。その笑顔の裏にある含みに、ついこちらもにやりと口角が緩んでしまう。
「なんだ? お前さんにもとうとう春が来たのか?」
「い、いえ、そういうわけでは」
「まあ、人件費どうのこうのの説明をこっち側がしても受けなかったのに……あんなかわいこちゃんを雇ったんだ。ちゃんと給金支払えるくらいには、もっと成長しなよ?」
「あ……はい。それは、もちろん」
「んじゃ、俺はそっちで食ってるから」
余計な助言だっただろうが、懐に受け入れた人間に尽くすくらいの手助けはしてやりたかった。人見知りしない性格ではあっても、審美眼には欠けていると自信のなかった拓馬が『わざわざ』雇ってやった人材。
今日も美味いとジェラートを堪能しつつも、半分はあの従業員の接客を観察していた。笑顔を絶やさず、少し重いだろうプラカードをしっかりと抱え、列に並ぶ客の様子も見つつ誘導してあげていた。
(いい子を選べているじゃないか?)
単純な作業に見えて、結構な肉体労働を苦と思わないのはいいことだ。だいたい高校生か大学に進学したあたりか。時間に余裕があり、賃金が安くても構わないというのなら……拓馬を慕ってのこともひとつ視野に入れておくと、良治としてはいくらか面白いと思えた。
AIを導入した以外で、補佐を必要とするのは人気店にとっては当然。それを二年以上も引き受けていなかったのに対して、あのように可愛らしい少女を受け入れたのは、拓馬の変化が大きかったのかもしれない。
先ほど、良治も口にしたように『春が来た』ということが。
時期は初夏であれ、少し溶けやすい時期に食べたくなるさっぱりとしつつも美味なジェラートは格別。老人であれ、スプーンでぱくぱくと口に運んだあとにコーンへ辿り着けば……がりっとかじる音が爽快に聞こえた。
次回はまた明日〜




