第12話 雇って後悔しかけている
サックのようなAIとはわけが違う。
拓馬は先日、『採用』をしてしまった元常連客の『武藤芽衣』についてどうすればと考えあぐねていた。まだ喫茶店の店長をしていた頃は、採用担当ではなかったのでバイトの面接についてはオーナーが引き受けてくれていた。
採用されていた彼らの研修をするくらいは、なんとか出来ていたものの……自分の店で『一から』スタートするのはこれが初めて。
ジェラートの製造をいきなりさせるわけではないが、常連ということで接客から会計までの流れを重点的に教えれば問題ないことくらいはわかっている。そんな簡単な研修くらいなら、意気込みの強い彼女のことだから、すぐに覚えられるだろう。
しかし、拓馬が悩んでいたのはそれだけではないのだ。
『店長? なんか悩み事?』
定休日の昼下がり。芽衣の研修もあと二日に迫っているときに、サックが部屋の掃除をしながらも主人の表情の変化には気づかれてしまった。というか、ここ何日か似た問答を繰り返して誤魔化してきたが……そろそろ、AIとはいえきちんと話しておかないと業務への支障が自分に出てもおかしくはない。
そう思い、サックに言うことに決めた。
「あのさ、サック。AIだからって笑わないで聞いてほしいんだけど」
『うん? なーに?』
「……せっかく雇った、芽衣ちゃんになんだけど」
『え? 解雇しちゃうの!?』
「違う違う。……個人的に、お客以上のつもりでいたから。いっしょに居られるのが嬉しいんだ。単純に言うと、好意を持ってるの。likeじゃなくてloveって意味」
『……演算処理したけど。つまり、恋愛意味でってこと?』
「そうなんだ!! 邪な思いで近くに居る人間になりたくない!!」
『……人間の恋愛感情、ねぇ?』
歳の差が大きいことくらいは承知の上。
だけど、義務教育も無事卒業して成人式もとっくに終わっている。年齢制限なんて、よっぽどじゃない限り結婚には問題ない。そこは飛躍し過ぎた思考だが、拓馬が現在二十六歳に対して芽衣が今年で十九歳。
そこそこ歳の差は大きいが、歳の差婚とやらではまあまあある年齢差だ。恋人関係でも現代くらいなら、いてもおかしくはない。
芽衣に恋愛感情を抱いたのがいつからと言われると、明確な時期は覚えていないが。自分たちの作る温泉ジェラートを美味しく食べてもらえる笑顔が『可愛い』から『ときめく』のに……変化したのはいつだったか。
とはいえ、採用してしまった現実は変わらないので、『新人育成』はきちんとやろうと覚悟するしかない。定休日が開けて、すぐの土日が最初の出勤日だったが。
「おはようございます!」
時間ぴったりで、笑顔が今日も可愛いと思う時点で表情筋を変に緩めてはいけないと気を引き締めた。とりあえず、制服は基本用意していないので汚れてもいいラフな格好以外には……サック用にいくつかサンプルでつくったエプロンをひとつ貸し出すことにした。
「おはよう。じゃ、エプロンだけだけど」
「はい! 荷物とか、どこに置けば?」
「そうだね? バックヤードにあるテーブルの上でいいかな? ロッカーとかはちょっと考えるけど」
「あ、いえ! 私が押しかけたようなものですし、すぐじゃなくても」
「あ、そう?」
会話が出来ているか怪しい気もしたが、とりあえず新人研修はきちんとしようと……入念な手洗いを含めて、ジェラートのストッカーの場所なども教えてやった。喫茶店よりは単純な作業がほとんどだからか、あとはシミュレーションも兼ねて接客のルーティンを。
サックが客の役にして、会計は拓馬が。ジェラートの盛り付けを練習するのに、芽衣にはひとつ作らせてあげることにした。種類を覚えるのはあとあとでいいので、まずは練習あるのみ。
「「いらっしゃいませ~」」
声の滑舌も声量も悪くない。次に、サックが客としてストッカーの中身を選ぶところだ。
『塩ミルクと抹茶のダブル。コーンでお願いします~』
「はい。かしこまりました」
二年くらい客として来てくれているので、この流れも覚えてくれているのだろう。ただし、スコップの掻き方については初心者なので、勢いが出ずにゆっくりになってしまうが。いきなり
完璧に出来てしまったら、拓馬たちの方がプロなのに商売あがったりだから当然。
「形を整えるのはあとでいいから、まずスコップの半分くらい掻き出して」
「……こう、ですか?」
「そうそう。ダブルの場合、アイスクリームのディッシャーで乗せるじゃなくて『撫でて置く』って感じ……かな?」
「……倒れない。こんな感じですか?」
「そうそう。別のスコップを使ってもう一種類合わせて」
少し不格好になってしまったが、指導は悪くなかったと思う。そのジェラートはサックは食べれないので給金代わりにと芽衣に食べさせてやった。基本のジェラートを選んだのに、芽衣はとても嬉しそうに食べている顔を見ると……拓馬は、やはり雇ってよかったのかの『後悔』が少しずつほぐれていくようだった。
彼女の笑顔を独り占めは出来ないが、短い時間でも近くにいられるのは男としては嬉しい限りだと。
そして、開店してからは大忙しで彼女の休憩時間を作ってやれなかったことに、謝罪をしまくることになるとはこのときは思わなかった。
経営者として未熟であれど、恋愛初心者としても未熟だった。
次回はまた明日〜




