第11話 もふもふの育成過程
名前も何もなかった、と、『記憶媒体』として販売されていたときには思わなかった。
ひとりの青年が訪れ、何回か通ってきてから自分を取り入れて『AI』として組み立てたのが……『サック』というロップイヤーとサモエドをMIXした獣型。
概念がざっくりとしか整っていないと、いくら機械という存在でも『所作』『動作』はあくまで手順でしかない。機械人形と言われればそれだろうが、青年はサックをただの人形ではなく『家族』というくくりにしてくれたのだ。
【家族。基本的に血族のそれをさす。もしくは、『身内』になる存在でも可】
情報として組み込まれていた『単語帳』のようなものを引き出してみても、サックの中にはそれくらいの知識しかなかった。
青年は『我孫子拓馬』と名乗ったが、家族と同時にサックを仕事の仲間としたいために『上下関係』を付け加えてきた。だから、マスターか店長と呼ぶように育成プログラムに取り込んだ。
サックを購入したのは、愛玩としてではなく自分の店を持つための『販売員』として。
ヒトを雇った方が早いかもしれないのに、わざわざ高価なAIにしたのは勤めている喫茶店のオーナーからの助言があったかららしい。たしかに、プログラム設定が安定すれば、商品を出来るだけ同じものにすることは機械ゆえに可能。
拓馬が販売したいのは、少し特殊なアイスクリーム。『温泉ジェラート』だという。
会話構成を整える期間、単語学習も含めて何度も何度もレシピを教え込まれたが……食事のできないサックには『きらきらした色んな色のクリーム』の意識でしかなかった。家事技術、充電、会話技術の上達などが整ってから……の失敗はいくつかあったが。
店舗が無事完成し、拓馬と『シルキー』をオープンしてからはその失敗もだんだんと減って来た。育成が整ってきた証拠かもしれない。
だからか、『感情領域』に少し違和感を覚えたのだ。
(お客さんが増えたのに、店長は僕以外のスタッフを雇おうとしないんだよなあ?)
理由は以前に聞いたことがあった。
売り上げは好調でも、サックの分割払いや店の家賃と自分の給料。それを整えるのに、今は可能な範囲でジェラートを生産するのが手いっぱい。少しずつ種類は増やせてもその日作った分で売切れたらお終い……なのが、サックには少し物悲しい感覚を覚えたのだ。
自分は食べれないが、もっともっと、美味しいジェラートをたくさんのお客に食べて欲しい。量産しても意味がないのはわかっている。金銭面で問題が出てしまうのはわかっているが、サックになにか出来ないのかが……もどかしいし、はがゆく感じてしまうのだ。
もう二年以上経つのに、それは変わりがない。拓馬もサックも人見知りしない性格なのに、そこだけが相容れない部分となってしまっている。
「サックくーん!」
今日もプラカードを手に、最後尾の案内をしていると聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。そちらに顔を上げると、胸元に造花のバラをつけた制服の少女が手を振りながら走ってきていたのだ。常連客のひとりで、週に二回は『シルキー』に通ってくれている女子高生だ。たしか、この季節は『卒業式』が近いことを話してくれていた気がする。
『芽衣ちゃん。いらっしゃいませ~』
「今日ね! 高校卒業したんだ。来月から大学生!」
『大学生。義務教育以上を求める学び舎に通う学生?』
「そう。難しい言い方だとそう変換されるんだー」
『僕、まだ引き出し少ないAIだから~』
「そんなことないよ? 店長さん、今も忙しいんだよね?」
『ちょっとだけだね。店長にお話?』
「そう。お客としてじゃないんだ」
『うーん。あと一時間くらいあとなら、大丈夫かな?』
少し前のストッカーの残数で予測しただけの回答だったが、芽衣には『わかった、ありがとう』と言われて去っていった。
ジェラートを買いに来たわけではなく、別の用事。少ない情報から演算処理をしてみたが、なかなか当てはまらずに『会話をしたいだけ』としか結果が出なかった。
ところが、客足が落ち着いてから再訪してきた芽衣の発言はそんなものではなかった。
「お給料、安くてもいいんで! ここでバイトさせてください!!」
その発言には、サックも回答処理が追い付かなかったが……それ以上に、拓馬の方もぽかんとした表情で、『え、待って?』な言葉を漏らすしか出来ないでいた。
「い、いや? お客さんとしての付き合いは長いけど。……本当に、給料安くしか難しいよ?」
「全然いいんです! ちょっとのお小遣いくらいで」
「え、っと……親御さんには?」
「もう! 義務教育は今日で卒業したんですし。一応十八なんで成人式も済んでます! お酒やたばこはダメでも大人手前ですよ?」
「あ、うん。今はそうだったね……。けど、一応俺も教育指導は久々だし……研修からでいい? ちゃんとバイト代は出すから」
「はい! よろしくお願いします!!」
『わ~! 芽衣ちゃんが店員に?』
性格判断をしても、芽衣のように明るくて笑顔が可愛い『ぴったり』な店員はこの店にとって利益以上のものを得られるだろう。演算処理で百通りの計算をしたが、サックの『判断』でも喜びの感情が漏れ出たので、拓馬も『わかった』みたいな表情で頷いていた。
(芽衣ちゃんのような、若い女の子の『好み』はジェラートのレシピ改善にもきっと役立つ!)
データ収集以外の、リアルな感想を聞ける相手が出来るのは客以上。最大の利点とだけ、このときのサックの性格判断で得た結果だが。
ふたりの、『関係性の変化』までは予測するのは難しかったのである。
店長とバイトの上下関係以外の、その先の関係について……だが。
次回はまた明日〜




