第10話 常連客その④(高校生の場合)
ひと目惚れだったかもしれない。
と思うのは、自意識過剰だと思われるだろうが。
まだ中学生だった頃、母とかと商店街の買い物についてったときに、若い男性がチラシ配りとアイスの試食をさせてくれたのだ。
『ジェラート屋をオープンするんです』
と言って、満面の笑みで渡してくれた試食用のスプーンには、少量のミルクジェラート。その味が美味しかったことは覚えているのだが、彼の笑顔に体がかっかしてしまって味についてほとんど覚えていなかった。
「……んで? オープンして半年くらい経つのに、なかなか行けないと?」
「……意気地なし、です」
「いや、そこまで貶してないけど。目合わせる自信がないだけじゃない?」
「……自信がない、の」
「芽衣。あんた可愛いのに、男ひとり悩殺出来ないの?」
「果歩、煽んないの」
「だってさ~? ひなもそう思わない?」
武藤芽衣。十六歳。そろそろ高二になる春を迎えると言うのに……彼氏いない歴年の数。そこそこ校内では人気女子ランクというものに入れられているらしいが、本人は中学からの初恋をこじらせているため、告白はすべて断っているクラッシャーの方が有名かもしれない。
芽衣の友人であるふたりが、ついこの間のイケメン先輩も断ったことに驚きを隠せずに問い質した……ら、芽衣の初恋話をほじくり返したわけである。しかも、こじれにこじれて、肝心のジェラート屋にも行けていないという臆病っぷりだ。
「可愛いのはともかく……あの店長さんに、断られたら。ちょっとどころのショックじゃすまないだろうし」
「イケメンの先輩を振ってもノーダメの芽衣がか? どんなイケメンなの?」
「気になる気になる~。せっかくだし、今からそのジェラート屋行かない? 湊星の方でしょ?」
などと、勝手に行くことを進めようとして止めに入ろうとしたが。いい加減腹をくくれといわんばかりに……あれよあれよ、と帰り支度などをされてしまい。半ば引きずるようにして連れて行かれた商店街の方では、それらしい列がすぐに見えた。
ただ、三人の目にはまず、最後尾にいるもふもふしたものに目がいったが。
「なにあれ……?」
「かっわ!!? え? 着ぐるみじゃないよね?」
「……ロボット??」
滑らかな動作で客を誘導するあたり、着ぐるみにも見えるが異様に細いし小柄だ。
もふもふした毛並みと長いロップイヤーのそれは、どこかで見たような印象を受けたお陰で芽衣も少し思い出せた。たしか、大型専門店では販売しているアンドロイドとも言える機械の一種だ。
「……AI?」
「あ、なんか聞いたことある。育成次第で性格とかもめっちゃ変わるって」
「スタッフ代わりに? わざわざ奮発してすごいな。その店」
ともかく、並ぶか並ばないかで芽衣に視線が集まるが。ここまで来たからには、久しぶりにジェラートでも食べようと言うことになり、もふもふの方へ向かうことになった。
『いらっしゃい~~』
電子音交じりだが、それでもアニメやゲームの音源並みに滑らかな会話技術。相当育成に力を入れたのが、高校生の芽衣くらいでもわかったほどだ。
「ねぇねぇ。君って、AIなの?」
『そだよ~? 僕のマスターが店長~』
「「「へぇ???」」」
果歩が質問すれば、普通に返答してくれるくらいに会話がスムーズだ。ロボットに近い存在でも中身がAIだからかもしれない。
『うちは、北側にある温泉を引いて、『温泉ジェラート』っていうのを作っているんだ~。お姉ちゃんたちも好きになると思うよ~?』
「温泉ジェラート?」
「え? 芽衣、そこは知らなかったん?」
「いや、食べたの結構前だし」
「けど。寒いときに食べるアイスいいよね? 温泉だからって熱いわけじゃないだろうけど」
「「そりゃそう」」
などと、会話が弾んでいる間に芽衣らの順番が来たので……ひとつ忘れていたことがあった。今店を切り盛りしている店長が、芽衣の初恋の本人だということを。
ふたりに背を押され、逃がさないと退路は封じられたので……仕方ないと、深呼吸をしてから前を見た。
「いらっしゃいませ。ご注文お伺いいたします」
約、一年ぶりと言ってもいいだろうか。あの頃と変わらない、人懐っこい笑みはそのまま。結構年上なのはわかっていたが、彼女はいるだろうかとかいきなり聞くわけにもいかないので……普通に、ジェラートを注文することにした。
「えっと。塩ミルクと……チーズケーキ、でお願いします。コーンで」
「はい。今作りますね」
芽衣のことはやはり覚えていないようだ。それは無理もない。ただの通りすがりのひとりでしかなかったし、成長期で背も顔だちも少し変わったのだから。毎日たくさんの人と顔を合わせることで、やっと覚える接客業とはわけが違う。
支払いは現金で560円と少し高めだったが、手づくりと温泉が売りだからそれくらいしても当然。出来上がったものを受け取ろうとすると、スプーンに一種類試食用のジェラートを乗せてくれて。
「……バナナ?」
ケースの名札を見た時に、なんとなくだがあのとき食べた試食の味を思い出したような気がした。
「開店前のチラシ配りの時に、お母さんといっしょにいたお子さんですよね? 大きくなりましたね~」
「え? 覚えて??」
「これでも、人の顔を覚えるの得意なんですよ。よかったら、またお越しください」
「あ、はい」
「じゃ、次のお客様どうぞ」
「はいはーい!!」
果歩とひなの順番を待っている間、茫然としそうになったが冬場でもジェラートは溶けやすいので列から少し離れたところで……ひと口、食べてみた。まずは試食用のバナナだったが、さっぱりとした甘さとバナナの風味に加え、どこか花のような香りといっしょにしょっぱさを感じた。
素直に思う、美味しいと。
それと、自信のなかった、思い出だけにしようとしていた感情を無駄にしなくていいとわかった今。まだ、恋を砕けさせるには早いんだなと思い直した。ほかのジェラートの味も文句なしに美味しく、ふたりが芽衣の方に来るとにまにまとした笑顔なのは少し気持ち悪かったが。
「よかったじゃーん?」
「あのもふもふくんにも、AIだから記憶されているだろうしぃ? 色々理由とやかくつけて、通えば?」
「そんでもって、通い詰めてバイトになりたいとか言って進展しちゃえ~!」
「……果歩。それは無理あると思うけど」
「可能性はゼロじゃないじゃん?」
ふたりも買ったジェラートを溶けないうちに食べていくが、それぞれの味を少しずつ交換しながら芽衣は『そうなったらいいのに』を少し挑戦してみようと思うのだった。
その二年後、大学生になったらそうなったとはこのとき知る由もなく。
次回はまた明日〜




