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肥後の侍、江戸詰め候  作者: 水前寺鯉太郎


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8/30

隣の浪人に、美味しい大根の煮方を教わった。

投稿者:肥後の侍

 昨日の失態からというもの、私はすっかり意気消沈していた。辛子のない蓮根のきんぴらを噛み締めながら、ただただ肥後の空を想って涙する。そんな情けない姿を、よもや隣人に見られているとは思いもしなかったのだ。

 「おい、侍。夕飯時からずっと、すすり泣くような音が壁越しに聞こえてくるんだよ。湿っぽくて寝られやしねえ」

 突如、長屋の薄い壁を叩く音とともに、野太い声が響いた。隣室に住む浪人、半次郎殿である。私は慌てて涙を拭い、居住まいを正した。武士がホームシックで泣いているなど、知られては末代までの恥だ。

 「……これは失礼した。少々、故郷の風を思い出していただけでござる」

 私が精一杯の強がりを返すと、ドカドカという足音とともに私の部屋の障子が開け放たれた。半次郎殿の手には、湯気を立てた古びた鍋が握られている。

 「能書きはいいから、これを食え。煮すぎて形は悪いが、味だけは保証する」

 差し出されたのは、驚くほど大きな「風呂吹き大根」であった。

 江戸の冬(あるいは初冬の冷え込み)に、これほど心強いものがあろうか。大根は出汁をたっぷりと吸い込み、飴色に透き通っている。その上には、柚子の皮を散らした練り味噌がたっぷりと鎮座していた。

 「……頂戴いたす」

 一口、箸で切り分ける。驚いた。力を入れずとも、吸い物のように大根が解けていくのだ。

 口に運ぶと、まずは柚子の香りが鼻を抜け、次に味噌の濃厚な甘みが広がる。そして最後に、じゅわりと溢れ出す出汁の旨味。江戸の醤油は塩辛いとばかり思っていたが、こうして丁寧に時間をかけて煮出された出汁は、驚くほど深く、優しい。

 「美味い……。身に沁みるようでござる」

 「だろう? 江戸の大根は、練馬のあたりで取れるいいやつだ。下手に故郷を真似て失敗するより、ここにあるものを美味く食う工夫をしろよ」

 半次郎殿はぶっきらぼうにそう言うと、私が礼を言う間もなく、また隣の部屋へと消えていった。

 私は一人、残された大根を大切に味わった。

 お腹の底から、じんわりと温かいものが広がっていく。それは単なる温度のせいだけではないだろう。

 江戸は冷たい場所だと思っていた。しかし、ここにも人が住み、生活があり、そして、不器用ながらも差し出される温もりがあるのだ。

 私は、もう少しだけ、ここで頑張ってみようと思った。

 この黒いつゆの街で、私がまだ知らない「美味いもの」を探すために。

 国元のみんな。私は今日、初めて江戸の人間に助けられました。

 ……江戸の大根も、なかなかに侮れません。

【本日の出費】 〇文(頂き物のため、なし!)

【今日の一句】 煮大根 湯気の向こうに 江戸の空

【今日のひとこと】 武士たるもの、他人の情けを素直に受けることもまた修行なり。半次郎殿、次は私が何か振る舞わねばなるまいな。

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