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肥後の侍、江戸詰め候  作者: 水前寺鯉太郎


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22/30

【不穏】江戸の街に広がる、不気味な噂と火の用心

投稿者:肥後の侍


 「火事と喧嘩は江戸の華」などという言葉があるが、実際にその現場に立ち会えば、それがどれほど残酷な冗談であるかが痛いほどわかる。


 ここ数日、江戸の北から東にかけて、不審な小火ぼやが相次いでいる。ただの不注意ではない。火元の不可解さから、街では「放火」を疑う不気味な噂が、冷たい北風に乗って広まっていた。


 私に下された新たな任務は、被災箇所の記録と、避難した町民たちの動向調査である。


 華やかな鰻屋の暖簾をくぐっていた数日前が、まるで遠い前世のことのようだ。私は今、すすの匂いが染み付いた合羽を羽織り、深夜の巡回に同行している。


 「……おい、侍。あんまり考え込むな。火の気配に鈍くなるぞ」


 隣で拍子木を手に歩くのは、半次郎殿だ。彼は浪人の身ながら、町火消しの手伝いもしているという。


 「半次郎殿、この街は……あまりに脆すぎませんか。ひとたび火が回れば、この密集した長屋も、美しい小料理屋も、すべて灰になってしまう」


 私の問いに、半次郎殿は答えず、ただ夜の闇を鋭く睨み据えていた。


 夜風が身を切るように冷たい。


 記録を取る指先がかじかみ、感覚がなくなってきた頃、通りの角に小さな灯りを見つけた。


 「……親父さん、二つもらおうか」


 半次郎殿が呼び止めたのは、石を焼く香ばしい匂いを漂わせた「焼き芋」の屋台であった。


 手渡されたのは、新聞紙に包まれた、はち切れんばかりの大きな「焼き芋」だ。


 半分に割ると、中から立ち上る真っ白な湯気と共に、黄金色の身が顔を出す。


 「……あつっ!」


 指先を火傷しそうなほどの熱さを堪え、一口かじる。


 ホクホクとした食感のあと、サツマイモ特有の素朴で濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。皮の焦げた部分の香ばしさが、冷え切った胃袋を内側からじわじわと温めていく。


 「美味い……。指の感覚が戻ってまいりました」


 「だろう? 贅沢な鰻もいいが、こういう時に本当に救いになるのは、この熱々の芋だ。腹を温めて、目を光らせろ。江戸を灰にさせちゃならねえ」


 半次郎殿の言葉を噛み締めながら、私は再び筆を執った。


 私の記録は、もはや単なる趣味ではない。この街の、人々の暮らしを守るための、戦いの記録なのだ。


 江戸の夜は、今、静かな緊張に包まれています。


 ……お糸殿の店に火が及ばぬよう、私は今夜も、この「生きた街」を書き続けます。


【本日の出費】 焼き芋 二つ。八文。半次郎殿と分け合ったため、心も少し温まる。


【今日の一句】 闇を裂く 拍子木(音)と湯気の 温かさ


【今日のひとこと】 武士たるもの、平和の裏にある危機を忘れるべからず。……焼き芋の皮を剥く私の手は、まだ少し震えておりました。

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